第二章 其ノ伍
なぜ円香が殺されなければならなかったのか。
恐らく、円香は基子のお祓いに失敗してしまったのだろう。
そして、基子に憑いたオボシナサマが、基子の身体を乗っ取った。
今の彼女は、基子であって基子ではない。
恭平は思考を巡らせながらも、辺りの様子を伺いつつゆっくりと玄関に向かった。
そして、ちょうど入口が見えた辺りで、キョロキョロと周りを気にしながら外に出てくる人影が見えた。
扉の横に灯りがあるものの、恭平のいる場所からは逆光で顔が見えない。
相手はこちらを一瞥すると、驚いたのか「ひっ!」と肩を震わせ後退った。
「な、なんだ、恭平か——」
聞き慣れたその声音は、安堵の色が含まれていた。
「叔父さん、基子は?」
「そんなことより早く逃げろ! 殺されるぞ!」
焦りながら佐々木は小声で言った。
もう既にずぶ濡れだったが、恭平は雨を避けるように軒下に避難した。
開け放たれた玄関から、異様な雰囲気を感じる。
「叔父さん、基子はどこ?」
滴り落ちる水滴を払うように、前髪をかきあげながら聞く。
「猿渡さんは……外に出ていった」
佐々木の表情を恐怖が支配していた。
「わかった」
恭平はそう一言だけ呟くと、再び土砂降りの雨の中に歩を進めようとした。すると、ガシッと腕を掴まれ止められた。
「わかったって、どこ行く気だ! 彼女は正気じゃない!」
正気じゃないのは理解している。
追いかけたところで、自分に何ができるかなんてわからない。
しかし、幼馴染をこのまま放っておけるわけもない。
——それ以前に……
「円香さんと約束したんです」
「円香? 円香が何か言っていたのか?」
不思議そうに恭平の顔を覗き込む佐々木。
つい先ほどの情景が頭を過り、ぎりっと歯を食いしばる。
「おい、恭平! 円香が、円香が何か言ってたのか? 円香に何かあったのか?」
恭平が黙ったことで不安を感じ取ったのか、佐々木は焦り始めた。
「……殺され、ました」
恭平がそう呟くと、佐々木はがくりと膝から崩れ落ちた。そして、そのまま地面にうずくまり、拳を強く握って泣きはじめた。
「円香が……円香が……」
「叔父さん、すみません。 俺は——なにもできませんでした」
彼女の名前を呻くように繰り返す佐々木。恭平は彼の背中を一瞥すると、土砂降りの暗闇の中に飲み込まれていった。




