第二章 其ノ参
ぽーんぽーんと赤い玉を空中に放り投げ、そんなことを考えていると、円香が息を切らせながら階段を勢いよく上がってきた。
「恭平、ヤバいぞ。逃げろ」
キョロキョロと周りを見回し、こちらを見つけたとたんにわけのわからないことを言う円香。
訝しげな表情を浮かべて恭平は聞き返した。
「円香さん、急にどうしたんですか? 逃げろって言ったって、外は土砂降りですよ」
コンクリートに囲まれ、詳しい外の様子は伺い知れないが、入口の扉越しに聞こえる雨音がそれを確信づける。
「いいから、早く逃げろ! ヤツが来る!」
怒鳴りつける様に円香は言った。
階段の奥からカラカラと金属のようなものを引き摺る音がする。
「って、それよりも基子はどこに……」
恭平は円香に近付き、階段の下を見た。
そこには燭台を片手にゆっくりとこちらに向かってくる基子がいた。
「基子! 大丈夫か!」
果たして、お祓いは成功したのだろうか?
階段を降りて基子に駆け寄ろうとした瞬間、円香に肩を強く掴まれた。
「やめろ! いいからすぐに逃げるんだ!」
「逃げるって何か……っ!」
円香の方を振り返ると、彼女は不自然に脇腹を抑えていた。
「円香さん、怪我!」
手の隙間から滲み出る赤黒い液体が、白い装束を染めている。
「平気だ。いいから早く逃げろ!」
彼女の額からこぼれ落ちる汗が、大丈夫ではないことを物語る。
「平気じゃないでしょ! 早く病院に行かないと!」
「逃がさないよ!」
階段下から基子の怒声が響いた。
突然の出来事に、わけがわからず固まる恭平。
今まで、彼女のこんな声を聞いたことはない。
基子はにたあと怪しく笑うと、片手で引き摺っていた燭台を両手に持ち替え、こちらに向かって走り出した。その異質な行動に、恭平は思わず「ひっ!」と後退る。
「恭平、逃げろ!」
どんと肩を押された。
バランスを崩した恭平は、その場で派手に転げる。
そして、ドスっと鈍い音が聞こえた。
恭平は顔を上げて円香の方を見る。
彼女は基子に覆いかぶさるようにして立っていた。
「は、早く、逃げろー!」
円香は再び怒鳴るように恭平に言った。
そして、濃い鉄の匂いが鼻腔をかすめる。
恭平はどうしたらいいのかわからず、叫びながらばたばたと慌てて立ち上がると、バタンと扉を勢いよく開けて、そのまま土砂降りの雨の中に転げるように逃げ出した。
ザーと雨の音が耳の奥に響く。




