第一章 其ノ参拾弐
恭平の気持ちはずっと前から知っていた。しかし、その気持ちに応えることは出来なかった。もちろん、彼のことは好きだ。ただ、この気持ちは「家族」としての好きに近かった。小さい頃からずっと一緒にいたからこそ、それが当たり前すぎて、異性としての好きを飛び越えてしまっていた。
「仲が良いのは結構だけど、いちゃつくのは宿に戻ってからにしてくれないかい?」
不意に聞こえた円香の声にびくりと肩を震わせ、恥ずかしくて顔が熱くなる。
「すみません……」
基子としてはいちゃついていたつもりはないが、条件反射でついつい謝ってしまった。
「じゃ、夜になったら大里神社に集合ね。場所は恭平が良く知ってるから、二人で一緒に来なさい」
「わかりました。ありがとうございます」
そう言ってぺこりと頭を下げ診察室を後にした。
会計を終わらせ外に出ると、薄曇りだった空はすっかりと鼠色に染まり、ぱらぱらと雨も降り出していた。
「車、入口に着けるからここで待ってて」
二人とも傘は持っていない。とは言え、傘をささなくても車まで走って行けないこともない。
「大丈夫。私も行くよ」
軽く言ったつもりが、大真面目な表情で否定された。
「ダメだ!」
「なんで? これくらいの雨なら大丈夫だって」
はぁとため息をつかれ、恭平は言う。
「お前、さっきまで倒れて寝てたの忘れたのかよ」
「うっ!」
思ったよりも体の調子が普通だったため失念していた。
「だから、ここで待ってろ。すぐに車取ってくるから」
「うん、わかった。ありがとう……」
バタバタと車の方に走っていく恭平を見送り、基子は玄関ポーチで待機する。
——雨、強くなりそうだなぁ。
見上げた空の遥か彼方で、ゴロゴロと不機嫌な音が響いた気がした。




