第一章 其ノ弐拾漆
トイレから戻ると、恭平は席に着いて黙々と本を読んでいた。
基子が帰ってきたことに気がついたのか、ページを繰る手を止め顔を上げる。
「随分とゆっくりだったな」
後ろに振り向きながら微笑を浮かべる恭平。
「ト、トイレ行ってたの!」
その言葉に角が立って聞こえ、ついつい声が大きくなる。基子は慌てて口を抑えた。
「なに怒ってんだ?」
怪訝そうにこちらの顔色を伺う恭平。
「怒ってない」
ふんと顔を反らせそっぽを向く。
「いやいや、怒ってるだろ——」
恭平は溜息をつくと、ついさっきまで読んでいた本を開いたまま基子の方に差し出した。
「とりあえず、伝承ではないんだけど、これなんかどうだ」
基子は渋々それを受け取り、恭平の顔が隠れるように本を上げて読んだ。
そこには『藍ヶ島の風習と信仰』と書かれていた。
「さっき、図書館の人に話を聞いてみたんだけど、噴火の前のことが書かれた史料ってのがほとんど無いんだってさ」
その昔、藍ヶ島は土地も肥沃で食料に困ることも無く、近隣の島からは『楽園の島』とも呼ばれていた。
当時は今の丸山がある辺りに池があり、人々はそこを囲うように集落を形成し暮らしていた。
幕府が置かれていた江戸から遠く、上陸するのも容易ではないため、外部からの干渉も他の地に比べ少なかったこの島。そのお陰か、藍ヶ島独自の風習や信仰が根付いていた。特に顕著だったのは、男尊女卑の世間とは違い、島では女性が敬われ、男性はそれに付き従う「女尊男卑」。閉鎖された島では「子を増やせる」女性が大事にされ、崇められていたのかもしれない。
そしてそれは信仰にまで及んでいた。
現在の藍ヶ島には大まかに一つの寺と四つの神社がある。
まずは、島唯一の寺「清受寺」
はるか昔からある島の総鎮守「大里神社」
還住の際に建てられた「金毘羅神社」と「渡海神社」
そして、今回の不思議体験の鍵となっている「南台所神社」
当時、村の神事は神主、博士、卜部、社人、巫女の五人で執り行っていた。
神主は神事を纏める元締め。奥山神主家の世襲で卜部の能力も求められるため、ただ管理をするだけの存在ではなく、状況に応じて神事にも参加していた。
博士はそう言った役職があったとの記載がされているだけ。名前から想像するに、研究者なのだろう。
卜部は神事の際、太鼓を叩きながら祭文を読み上げ、社人や巫女の動きをリードする。神主不在時は神主の役目も果たすそうだ。
社人は男性が、巫女は女性がなり、卜部と神主は経験を積んだ社人や巫女がなる。
しかし、社人や巫女は誰でもなれる訳ではないらしい。
「巫女気」と呼ばれる霊的素質を兼ね備えていることが前提となる。その「巫女気」は先天的、あるいは後天的に備わるとされ、親兄弟で遺伝するものではない。
すなわち「巫女気」とは、巫女または社人になるための資格である。
そしてその「巫女気」を持つものが神様に選ばれると、「乱心」と呼ばれる軽い心的異常をきたし、「カミソウゼ」と言う儀式を経て、晴れて巫女や社人となる。




