第一章 其ノ弐拾肆
「おまたせ。じゃ、行こうか」
ぼーと考えを巡らせていた基子は、不意に声をかけられてビクッと肩が跳ねる。
「どうした?」
不思議そうに聞いてくる恭平。
「えっ? あ、うん、大丈夫。ちょっと考え事してた」
「そっか。じゃ、行くべ」
にこりと満面の笑みを浮かべる恭平が、基子の心のもやもやを少しだけ軽くさせた。
二人は車に乗り込み、学校の反対側にある図書館へと向かった。
駐車場で車を停めて、先導して歩く恭平の後ろについていくと、図書館とは違う建物から見知った顔がこちらに向けて大きく手を振っていた。恭平はぺこりと頭を下げ、基子もそれに倣う。
「恭平、久しぶりだね。二人ともどうしたのこんなところに? 嬢ちゃんの観光案内にしちゃ、随分と味気ない場所だけど」
円香は小走りでこちらに近づいてきた。
「ちょっと図書館に用事があって。円香さんは休憩ですか?」
「あぁ、煙草を吸いにね」
恭平が聞くと、円香は手に持っている紙タバコを上げた。
「ところで、嬢ちゃんが不思議そうな顔をしてるから言うけど、そこがこの村の診療所なんだ」
円香は自分の後ろを親指で指しながら言った。突然のことに基子は面食らってしまい、「えっ?」と小さく声を漏らす。
にししと悪戯に笑う円香。
——私、そんなに顔に出てた?
恥ずかしさで顔が熱くなり思わず俯く。
「基子は昔からわかりやすいからな」
なぜか得意げに話す恭平。
「し、知ってたなら教えてよ!」
自分のことなのに、自分が一番知らなかったことにおさまりが悪くて自然と声が大きくなる。そんな二人のやり取りを見ていて、円香は不思議に思ったのか聞いてきた。
「二人は知り合いなのかい?」
顔を見合わせ、そう言えば説明していないなと基子は思ったが、恭平が先に口を開いた。
「幼馴染なんです。まさかこんな所で再会するとは思ってませんでしたが」
「へぇ、幼馴染。そっかぁ……」
なぜか罰が悪そうな表情を浮かべている円香。
再び二人は顔を見合わせた。
「何かありました?」
恭平の問いに、円香は慌てて返す。
「いや、何かあったとかそう言うことじゃないんだ。二人は気にしなくていい——そう言えば恭平。『霊大祭』の準備は順調かい?」
「はい。昨日の夜に少し手伝いましたが、ほとんど終わってました。呼ばれたので来ましたが、自分来なくてもよかったんじゃないですかね」
——霊大祭?
「あぁっと、『霊大祭』って言うのは、本土の『お盆』みたいなものだよ」
恭平が基子の顔を伺いながら言った。
この人達はエスパーなのだろうか。基子の心の声が聞こえているかのように回答してくれる。
——それだけ顔に出やすいってことね……
基子はしゅんと項垂れた。
「そういえば、嬢ちゃんは南台所神社には行ってきたのかい?」
にやにやとした表情で円香は言った。一体、彼女は何を期待しているのだろうか。
「あ、はい。円香さんに教えてもらったとおり、正面から行ってきました」
「正面から行ったのかい! 草ぼうぼうで登りにくかったろうに」
心底驚いたように言うと、感心したのか肩をぽんと叩かれた。
「良いご縁はありそうかい?」
微笑を浮かべ、恭平の方をチラリと流し見て言った。
「えっ? えっと、そうですね——こうして円香さんたちに会えたことが良いご縁だと思ってます」
昨日の今日で即効性はないだろうと思いつつも、にこりと微笑み返して言う。
「あっ、そ、そうかい。それはなんだかありがたいねぇ」
期待していた答えと違ったからか、頬をぽりぽりと掻いて、少し照れくさそうにする円香。
「円香さん、仕事大丈夫ですか?」
そして、恭平が促すように言う。
「あぁ、そろそろ戻ろうかね。足が痛いだ腰が痛いだと口癖のように言ってる爺さん婆さんが待ってるから」
微苦笑を浮かべ、踵を返して診療所に戻っていく円香。
「それと、後で霊大祭の件で叔父さんがそっちに行くと思いますが、あんまり飲ませないでくださいね。介抱するの面倒くさいので」
その背中に声をかける恭平。
「あぁ、わかったよ」
円香は振り向きもせずヒラヒラと手を振り、そのまま診療所の中へと消えていった。
二人はそれを無言で見送り、次の行動を促すように「さて、行くか」と恭平は言った。




