第一章 其ノ弐拾弐
美味しい朝食も食べ終えて、恭平オリジナルのブレンド珈琲を一杯いただき、それを持ったまま事務所裏のソファーに移動した。
深く腰を下ろしてふうと一息つく。
廊下側の窓から外を見ると、昼間なのに薄暗く、庭に植えられた木々がザワザワと揺れ、今にも雨が降り出してきそうな様子を漂わせている。
——出かけるなら早い方が良さそう。
先程、朝食をとりながら佐々木に、「浅之助の伝承」について何か知っていることはないかと尋ねてみた。佐々木曰く、先日の居酒屋で円香が話したものも含め、いくつかあるとのことだった。
一つは円香が教えてくれた「浅之助とおつなの仲を村人が引き裂き、逆上した浅之助が村人を殺して自らも海で入水自殺する」というもの。
佐々木はその話をさらに細かく教えてくれた。
宝暦七年、名主の倅「浅之助」が、恋仲のおつなと他火小屋で逢引をしていた。
この当時、藍ヶ島では女性の月経を穢れとして忌み嫌い、月経が終わるまでの期間、他火小屋に隔離する風習があったそうだ。そして、その他火小屋に男が近づくことは禁忌とされていた。
二人の仲は村でも周知されていたが、おつなには許嫁がいて、親や村人からも別れるように言及され、二人とも仕置きを受けていた。しかし、恋は盲目なのか。そんな困難も乗り越えて、一緒になることを願ってやまなかったそうだ。
そしてある日、事件が起きた。
他火小屋での逢引を村人に目撃されてしまったのだ。
先の通り、男が他火小屋に近づくのは禁忌である。
村人はそれを名主に報告すると、名主は怒り狂い、手に槍や斧を持った村人を数人引き連れ、実の息子である浅之助を追い回した。
もちろん、素手の浅之助が武装した村人に対抗できる手段など持ち合わせていない。
なんとか村の外れにある高倉まで命辛辛逃げ延び、そこで静かに身を潜める。そして、その縁の下で錆びた斧を見つけ、七日七晩磨き、村人たちに反撃に出た。
浅之助は七人を斬り殺し、四人に重傷を負わせた後、とある家に押し入った。実はその家というのが恋仲の「おつな」の実家だったそうだ。
浅之助は家人を見つけ、斬りかかろうとした瞬間――奇跡が起きた。その家人が日夜拝んでいた観音様が助けに入ったのだ。しかし、家人の身代わりとなって浅之助の攻撃を受けた観音様は、全壊はしなかったものの、残念がらぼろぼろになってしまった。そして、浅之助が使っていた斧も刃こぼれして使い物にならなくなった。
武器を無くした浅之助。
逃げるようにその場を去り、再び追われる身となる。
そして、神子ノ浦までやってきた浅之助はもう後がないと思ったのか、覚悟を決めて海に飛び込んだ。
しかし、藍ヶ島の周りは潮の流れが速く非常に危険だ。打ち寄せる荒波に揉まれた浅之助は、海に飲み込まれ、結局そのまま帰らぬ人となってしまった。




