第一章 其ノ拾捌
いつの間にか結構な時間が経っていたのか、空に輝く太陽が西の影に身を潜め、空全体をゆっくりと茜色に染め上げていた。二人は車に乗りこむと宿に向かった。
宿に戻る頃には夜の帳が完全に下り、辺りはほとんど真っ暗だった。
車から降りて空を見上げると、雲の隙間から見える星たちの瞬きが、都会とは比べ物にならないほど力強く、異様な存在感を放っている。
「明日は天気悪いってさ」
立ち止まってを空を見ている基子が天気を気にしていると思ったのだろう。恭平はそう言うと、車をロックして玄関の方に先立って歩いていく。
「残念……」
湿度が高く、天候も不安定な日が多いというこの島。昨日今日と天気が良かったのは本当に恵まれていると思った。
「ところで恭平。今日のご飯は何かな?」
小走りで彼の横に並び、下から顔を伺うようにして聞く。恭平は基子の顔をちらっと見ると、すぐに目を逸らして言った。
「し、知らん。叔父さんが何か準備してるだろ」
「それはそうだけど、この島の料理って美味しいから、ついつい期待しちゃうんだよね」
恭平の横顔に向けて、にこりと微笑み言う。
「まぁ、それは確かに——」
ガラガラと玄関を開けて、恭平は「ただいま」と中に向けて声をかけた。しばらくすると、パタパタと忙しそうな音をたてながら「おかえり」と佐々木が顔を出し言った。
「猿渡さんもおかえりなさい。食事の準備はできてるので、いつでもどうぞ」
「ありがとうございます。荷物置いたら伺います」
ぺこりと会釈をして部屋に戻り、ボディーバックを広縁のテーブルの上に置いて一階の広間に向かう。
襖を開けて広間に入ると、朝、基子が食事をした席の前で恭平が腰を下ろして本を読んでいた。
ストンと席に腰を落とすと、すぐに佐々木もカラカラと襖を開けて入ってくる。
「なんだよ、恭平。そんなところに座ってないで手伝ってくれよ。って、猿渡さんに失礼だろ」
佐々木は恭平の横に両膝をつけて座り、料理を配膳しながら言った。どうやら本日の夕食は魚の刺身のようだ。
「さっきも説明したじゃん。基子は幼なじみなんだって」
「それとこれとは関係ない。猿渡さんはお客様で、お前はうちの人間なんだからちゃんとしなさい」
昼ご飯がお寿司だったため、焼き魚あたりが良かったのだがいた仕方ない。用意された小皿に醤油を垂らし、いただきますと小さく呟く。
「はいはい、わかりましたよ。って、基子の夕飯は刺身か?」
佐々木とのやり取りを適当に流して、唐突に声をかけてくる恭平。おかげで基子は「ほぇ?」と変な声を出してしまった。
「昼間も寿司だったから、生魚だとあれだろ。ちょっと待ってな」
そう言うと、恭平は本をテーブルの上に置いて、ひょいと刺身の皿を丸ごと手に取った。そして、直ぐにすくっと立ち上がり、スタスタと広間を出て行こうとする。
「なっ! ちょっ、恭平!」
驚く佐々木の静止を無視して、部屋を後にする恭平。二人して唖然とその後ろ姿を見つめる。
はっと我に返った佐々木が申し訳なさそうに基子に言った。
「すみません、猿渡さん。すぐに止めてきますね」
焦るように立ち上がり、急いで後を追おうとする佐々木に基子は慌てて声をかけた。
「あっ、全然大丈夫です。恭平もお昼の時にお寿司だったので、気にしてくれただけだと思います」
恭平は昔からそういう奴だった。
ぶっきらぼうに見えて、結構周りに気を配っている。
基子が小学校の低学年の頃、お残し禁止のクラスで苦手な野菜を勝手に食べてくれたり、デザートに好物の冷凍クレープが出た時にはさりげなくくれたり。中学生に上がると、お互いバスケ部に所属して、「お腹すいたねぇ」なんて基子がチームメイトと話してたところ、たまたま通りかかった恭平が餌付けをするが如くカロリーメイトをくれたり。
基子は小さく頷きながらにこりと微笑む。
「えっと……そ、そうですかね」
何故か照れくさそうにする佐々木。
「とりあえず、様子は見てきますね」
そう言って、佐々木はそそくさと広間から出ていった。




