第一章 其ノ拾漆
「——っていう話しだよ。詳しいことは佐々木さんの方が知ってると思うけどね」
基子はお礼を言って頭を下げると、恭平の元へと小走りで戻った。
「どうだった?」
恭平は車にもたれかかり、煙草をふかしながら聞いてくる。
「うーん……どれも昨日聞いた話とおんなじかな」
「そりゃそうだろう。俺が知ってるのも同じ内容だし」
「やっぱり、そうだよね……」
溜息をつき、肩を落として基子は言った。
「やっぱり、気のせいだと思う! ほら、白昼夢ってやつ」
「白昼夢だったら、それもそれでヤバいだろ」
「ま、まぁ、そっか……」
不安を振り払う様に言ったものの、否定されて更に落ち込む基子。
お昼の時に、島で獲れた新鮮な魚のお寿司を美味しくいただきながら、南台所神社で起きたことを恭平に話した。
久しぶりに会ったというのに、恭平は基子の様子がおかしいことに気がついていた。
オカルト体験なんて、生まれてこの方一度もない。ましてや、怖いものは苦手である。さっきのことだって、できれば気のせいであってほしい。頭の中から記憶を抹消しようとしていると、その不安が滲み出ていたのか、「何があったんだ」と問い詰められ、「こいつ頭おかしんじゃない?」と思われるのを覚悟して打ち明けた。
思いのほか恭平は真面目に話を聞いてくれた。本気で心配もしている。そして、島の人がいたら話を聞いてみたらどうかと言う提案を受け、観光地を巡りながらゆるりと情報収集をしていた。しかし——今の所、これと言って有力な情報はない。
そもそも、浅之助の伝説が絡んでるんじゃないかということさえ基子の憶測だ。
不可思議な現象が起きた時に、誰かが「浅之助」と泣き叫んでいたことや、新神様として南台所神社に「浅之助」が祀られていること。それに加えて、基子の直感。
——あわよくば、他の人も同じような体験をしたことないかな?
基子が期待していた回答もなく、思ったよりも早く目ぼしい観光地は回りきってしまった。
最後に「大杉」を見に行こうと言う恭平の提案で、天明の大噴火の時にできたと言う「丸山」の麓まで車を走らせた。路肩に車を停め、他人のお家の畑を横切り、恭平はどんどんと奥へと入って行く。
「午前中の出来事は気のせいだ!」と思い込むことにした基子。怖さを紛らわせるためにわざとはしゃいでみる。
「これは何育ててるの?」やら「この草、大きい! やばっ!」などと騒いでみたものの、段々と道が険しくなると、自然と口数も少なくなっていく。
観光地巡りのノリで、しかも散歩程度の心持ちだった基子。しかし、それは見事に打ち砕かれた。
——ジャングルウォークだよこれ……
草を掻き分け、なんとか無事に大杉に到着する。樹齢二百年以上の杉の木が、大きな幹を悠然と地面に突き刺して佇んでいる様は実に見事だった。この島が多湿なせいもあるのか、木の表面は苔むしていて、樹皮を守るようにもう一枚緑色の皮が覆っている。
基子は静かに木の幹に触れた。
冷たくて、それでいて温かいような——うん。よくわからない。
残念ながら、基子に機微を感じ取るような繊細な思考はもちあわせていなかった。
ただ、「大きいなぁ」と言う感想を残したまま、大杉を後にする。




