第一章 其ノ拾肆
——えっ? 何ここ? 暗闇? って言うか、神社の中にいなかったけ?
焦りながらキョロキョロと辺りを見回すと、フワッと生ぬるい風が頬を撫でた。
——風?
しばらくして目が慣れてきたのか、遠くに山らしきものの輪郭が見えた。どうやら外にいるようだ。上を仰ぎ見ると、空は曇っているのだろうか。月も星も見当たらない。更に良く目を凝らしてみると地面には畑のようなものが見えた。
——何なの……これ?
混乱する基子のすぐ後ろから、悲鳴が聞こえた。
「た、助けてー! 誰かー!! 誰かぁー!!」
薄ぼんやりとした黒い影が、ジャリジャリと砂利を蹴飛ばしどんどんと近づいてくる。
基子はそれを避けるように道を開けると、黒い影はその横を猛スピードで駆け抜けていった。すると、もう一つ黒い影が、奇声を上げながら同じように猛スピードで通り過ぎていく。そして、どさっと何かが倒れた音がしたかと思うと、ブンと空を切る音が続いた。すぐにどしゅと鈍い音が聞こえ、その後に断末魔が響いた。
基子は恐怖のあまりぎゅっと強く目を瞑ると、その場にしゃがみ込み混んで両手で耳を塞いだ。
——何? 何が起きてるの?
耳を塞いでいるはずなのに、悲鳴と共にざしゅ、ざしゅと何かが抉れる様な音が漏れ聞こえてくる。そして時折、ゴスと硬いものにぶつかる音もする。
一体どれくらいそうしていたのだろうか。時間にするとほんの少しの間でも、基子にはとってはとてつもなく長い時間に感じた。
音がやみ、辺りは静寂に包まれた。基子は恐る恐る耳から手を離し、ゆっくりと目を開ける。ぼんやりと視界に映る黒い影が、ゆらりゆらりと揺れながら立ち上がった。すると……
「ははははははははははははははははははぁぁ」
突然、その影は雄叫びを上げるように大きな声で笑い出した。声は明らかに愉悦を含んでいて、基子の背筋にゾクッと悪寒が走る。
雲の切間から、月が一瞬顔を覗かせ光が刺した。その光が影を照らし、キラリと何かに反射した。
「ひっ!」
基子は咄嗟のことに声が漏れた。慌てて両手で口を塞ぐ。
そこに立っていたのは艶々と濡れた服を纏い、右手に大きな鉈を持った『鬼』だった。般若のような顔は赤く染まり、手に持った鉈からぽたりぽたりと雫が滴り落ちている。鈍色の刃物が揺れて月光に照らされるたびに、赤と白のコントラストが基子を恐怖に縛り付け、金縛りにあったかのように身動きを取れなくさせた。
——こ、声が……
ガクガクと足が震え、立ち上がることすらままならない。
すると、ジジジと目の前に映る景色が揺れ、再び大きな耳鳴りが聞こえた。恐怖で混乱する基子を暗闇が襲い、テレビ画面が切り替わったかのように再び違う景色が眼前に広がる。
「こ、今度は何っ?」
パチパチと何かが弾ける音が聞こえ、目の前が急に明るくなった。基子は眩しさから逃れるように腕で目を覆う。
「浅之助? なんでっ……浅之助ぇ!!」
耳をつんざく悲鳴が聞こえた。
基子はそちらを振り向き見ると、髪の長い女性が誰かを抱き抱え蹲っていた。
辺りは炎に包まれ、重なり合った二人はゆらゆらと黒い影を落とし、バチンと爆ぜる木々の隙間を埋めるように嗚咽混じりの鳴き声が響いている。
先ほどのことといい、一体これはどういう状況なのか。何が起きているのか全くわからない。基子は、ただ呆然とその二人を眺めることしか出来なかった。
すると、ズキンと胸を切られたような痛みが走った。
「痛っ!」
咄嗟に胸を押さえつけ、その場に蹲る。
——い、息が……
痛みのせいか、呼吸が上手くできない。
基子は水面に浮かんだ魚のようにぱくぱくと口を動かし、酸素を肺に取り込もうとした。しかし、目の前が緞帳が下りるように暗くなりはじめた。そして、だんだんと意識が遠のいていった。




