第一章 其ノ拾弐
佐々木から自転車の鍵を借りて、昨日ぶりの赤い彗星「ちゅんちゅん丸(基子が勝手に命名)」にまたがる。
今日は宿を出てすぐのT字路を右手に曲がり、緩やかに続く上り坂をのんびりと進んだ。
昨日とおなじように空は青く、自由気ままに育った緑の隙間から、きらきら輝く太陽の光が、優しい陰影を基子の身体に映し出している。
「気持ちいいー」
髪を靡かせる風と一緒に、鳥たちの声も頭上を通り過ぎていく。体に纏わりついてくる空気が湿気を含んでいるのか、少し重たくて、もうすぐ夏がやってくることを感じさせた。
道をまっすぐ進んでいくと、徐々に傾斜がキツくなってきた。基子はペダルの上に立ち上がり、自身の体重をかけながら漕ぐ。しばらくして、今度はY路に分岐していた。
キッとブレーキをかけて止まる。
左は白く綺麗に舗装されていて、自転車で進みやすそうだ。右手は明らかに、森の中に続いていて、道路も既に舗装されていない。赤い彗星「ちゅんちゅん丸」で進むには少々骨が折れそうだ。
基子が左側に進もうとペダルに足をかけた時、ちょうど分岐の真ん中に、朽ちかけた木の標識のような物が目に止まった。
『南台所神社→』
——あった!
行き当たりばったりもまた一興とウエストバッグにしまったマップを出すことはなく、自身が思っていたよりも早く目的地が見つかり、さすが私と得意になる。基子はハンドルを右に切り返して、自転車をガタガタと揺らしながら獣道を進んだ。進むにつれて、脇に生えている草たちが、どんどんと道の中心まで侵食してきていた。だんだんどこが道なのかわからなくなってくる。
しばらくして、少し拓けた場所に着いた。目の前にボロボロの鳥居が見える。きっとこの先が「南台所神社」なのだろう。基子は自転車を止め、鳥居に近づいた。ザワザワと風に揺られ、木々が騒いだ。
鳥居の先はさらに急勾配になっていた。足元には丸くて苔むした大きな石が敷き詰められている。
恐らくこれが滑りやすいと噂の『玉石』階段だろう。その脇に生える草たちは、更に大きく背伸びをしていて、重力に負けた先端は垂れ下がり、トンネルの様になっていた。
これは……「階段を上る」のではなく、「階段を登る」ようだ。
基子は「よし!」と小さく気合いを入れると、足元に気をつけながら石段を登り始めた。
滑らないように慎重に、一歩一歩確実に進む。
やっとのことでその石段を登り切り、息を切らしながら基子は後ろを振り返った。
そこには、木々の隙間から見える綺麗な景色が……なかった。鬱蒼と生い茂る植物たちに視界を遮られ、瞳に映るは緑色。辛うじて空は臨めるが、それもまた感動するには程遠かった。




