第一章 其ノ拾壱
目を開けると、知らない天井が広がっていた。
そういえば、と起き抜けの頭を回転させ、基子は昨日からここ、民宿『おぺら座の海神』でお世話になっていることを思い出した。
ふぁーと大きく欠伸をして、脳に酸素を送る。
腕を上に大きく上げて、ぐぐっと背中を伸ばす。
——さて、今日はどうしようか。
枕元の上で充電していたスマホを手に取り時間を調べる。もうすぐ八時だ。
基子は身支度を済ませると、下の階にある大広間に向かった。
階段を下りてソファのあるところを右に曲がると、廊下の奥の壁に掛かっている絵の中の武将と目が合った。どきりと心臓が跳ねて、おもわず足を止める。
——絵にびっくりするとかって……ねぇ。
昨晩の円香の話が尾を引いているのだろうか。基子は空笑いを顔に浮かべ、すぐ脇の襖を開けて大広間に入った。
大広間は座敷になっていて、二十畳程の広さに、間を衝立で仕切られたテーブルが数台並んでいた。その中に、箸やお椀が置かれたしてある。基子はその前にすっと腰を落とした。すると、基子が入って来たところから、佐々木が顔を出した。
「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」
お盆に乗せた食事を運んで来てくれたようで、テーブルの反対側に回り、基子の前に食事を並べている。
「ありがとうございます。はい。お酒も少し入ってたのでぐっすり眠れました」
微笑を浮かべ、基子は言った。
「そういえば昨日は『あおちゅう』を飲んでましたね。あのお酒も時期や造り手によって味が微妙に違うんですよ。確かあそこの居酒屋は……氷野さんの使ってたから、酸味と渋味がちょっと強いはずです」
お盆に乗った料理を出し終えた佐々木は、自分の背後にある湯呑み入れから、濃緑色をした湯呑みを取り出した。その横のポットからじょろじょろとお茶を注ぎ、ことりと基子の前に置く。基子は「ありがとうございます」と言ってそれを受け取ると、ずずずと一口啜った。
「名前は同じでも造り手にさんによって味が違うって、なんかお家のカレーライスみたいですね」
「カレーライス、ですか……確かに、そんな感じですね」
ふむと顎に手をかけて佐々木は言った。
いただきますと小さく呟き、用意された朝食に箸をつける。
メニューは白いご飯に味噌汁と焼き魚と目玉焼き。サラダと漬物も付いていて、ボリュームはかなりある。
「うわ、この焼魚美味しいですね!」
白いご飯をパクリと口の中に放り込み、隣に並んだ良く焼けた魚をつつく。
「その魚は島で取れた『クジラヨ』ですよ」
「クジラヨ?」
聞きなれない言葉に首を傾げる。
「そうです。えっと——わかりやすく言うとテンジクイサキです。青ヶ島ではクジラヨって言われているんですよ」
「テンジクイサキ?」
再び、聞きなれない単語に首を傾げる。
「イスズミの仲間ですね」
「あっ! イスズミなら聞いたことがあります! 食べたことは……おそらくないですが」
YouTubeだったか、何かの釣り番組だったか忘れたが、そんな映像を見た記憶があった。
「冬になると刺身でも美味しいんですが、この時期だと臭みが強くて……焼いたり、揚げたりと調理しちゃった方が、食べやすくなるんです」
「へぇー。そうなんですね」
そう言われてみると、確かに磯臭さがあるような気がする。
「ところで今日はどうされますか? うちの甥が到着するのがお昼過ぎみたいで、それからなら案内できると思いますが——」
昨日、藤井に言われたらからだろうか。一応、基子のことを気にしてくれているようだ。
「午前中は自転車お借りしても良いですか? 昨日、藤井さんがお話ししてた神社に行ってみたいなと」
「南台所神社ですか?」
「はい。折角なので」
「わかりました。では、出かける時に事務所に寄ってください。鍵お渡ししますので」
「ありがとうございます」
佐々木はニコリと微笑むと、そのまま大広間を出ていった。
——さてと。
基子はずずずと味噌汁を一口啜った。
中身を見るとサツマイモなのか、紅く皮のついた扇子の形をしたものが入っていた。それを箸で摘んで口に運び、ゆっくりと咀嚼する。サツマイモ独特の甘味が口の中に広がり、味噌の旨味と絡まって、なんとも優しい味になっていた。
「これも、美味しい……」
おもわず溜息と一緒に言葉が溢れでる。
一つ一つ味わいながら朝食を平らげると、やはり量が多かったのか、お腹を見るとポコっと膨らんでいた。
——た、食べすぎた……
お茶で口をリセットさせ、そのまま後ろにバタンと倒れたい衝動に駆られる。誰も見ていないとはいえ、さすがにそれは行儀が悪いと思い、後ろ手で身体を支えるまでにしておく。
ふうと虚空に息を吐き、「よし」と気合いを入れ、出かける準備をしようと立ち上がると、料理の美味しさに気を取られて足が痺れていたことに気がつかなかったのか、おもいきり転びそうになった。




