第一章 其ノ拾
「ちぇっ。なら別の話でもしようか。観光と言えば——そうだ! 嬢ちゃんはこの村に伝わる伝承って聞いたことあるかい?」
「で、伝承ですか?」
基子が聞き返すと、円香の声は明らかに「これから怖い話をしますよ」的なトーンで「あぁ」と頷いた。
「その昔、恋人『おつな』との仲を島民に引き裂かれた『浅之助』っていう男が、島民七人を斧で切り殺し、四人に大怪我を負わせ、自らは海に身を投げ自殺したって言う話しさ。その後、おつなも浅之助の後を追うように自害しちまうんだけどな。山の上に南台所神社ってのがあるだろ。そこは行ってみたかい?」
「ナンダイショ神社?」
本日のサイクリングワークで神社を巡った記憶はない。基子が首を傾げていると、円香は言葉を続けた。
「南の台所って書いて『南台所神社』って言うんだけど、島民は凶悪事件を起こした浅之助の無念と怒りを鎮めるために、その『南台所神社』に二人を祀ったんだ。悲恋の末、結ばれなかった浅之助とおつなは、今では縁結びの神様として信仰されてるぜ」
不敵ににやりと笑う円香。
「まぁ、縁結びの御利益も正面の石段の方から登らないと効果はないらしいけどな。もし行くなら、気をつけて行くといい」
正面から行くのは当たり前ではないのだろうか? 気をつける?
基子は円香が何を言っているのかわからなかった。
「南台所神社の正面の石段は『玉石』と呼ばれる石でできてるんです。名前の通り丸くて、それでいて滑りやすく結構危ないんですよ。しかも、整備もされてないから草は伸び放題で視界も悪いですし」
無意識に怪訝な表情をしていたのか、それを感じ取った佐々木が、円香の話を補足するように言った。
「どのみち今日はもう遅いですから、良かったら明日行ってみてください」
「行ってみろってお前が連れてけばいいだろ」
佐々木の言葉に反論する円香。
「明日はキョウヘイがこっちに来るから忙しいんだよ」
「キョウヘイが来るのか! ずいぶんと久しぶりだなぁ」
——キョウヘイ?
「キョウヘイってのはこいつの甥っ子で、たまに島に遊びに来るんだ」
今度は円香が基子の表情を読み取ったのか、補足してくれた。
基子にも恭平という名の知り合いがいた。鎌倉に住んでいた時の幼なじみで、東京に引っ越してからは全く連絡もとっていない。
「じゃ、島の案内をあいつに任せればいいじゃん。どうせ暇なんだろうし」
「いや、でもキョウヘイには手伝ってもらいたいことあるんだけどなぁ……」
「案内もなしで一人にしちゃ、嬢ちゃんがかわいそうだろうが」
佐々木の肩を組んで、半ば脅迫のように言葉を置く円香。
「……わかった。来たらあいつに聞いてみるよ」
観念したのか、佐々木はため息と一緒に言葉を吐いた。
「なんか、すみません。お手数お掛けしてしまって……」
「いやいやいや! 猿渡さんは気にしないでください! 本当は自分が案内できれば良いんですが、別の仕事が立て込んでて……むしろ、こちらの方こそ本当にすみません」
頭を下げながら慌てて言う佐々木。
「実はこいつ、民俗学の研究者なんだぜ」
秘密の話を打ち明けるように、円香は声を小さくして基子に言った。
「民俗学ですか?」
それにつられて基子の声も静かになる。
「そう。今はこの島のことを研究してるんだと。詳しいことはよく分からんが、暇そうに見えて、暇だそうだ」
「だから、暇じゃないって言ってるだろ!」
くつくつと笑う円香の腕を振り払うと、佐々木は不機嫌そうに言った。そんな二人を見ていて、基子はついつい笑みが漏れた。
「やっぱり、仲が良いんですね」
くすくすと微笑みながら基子が言うと、円香も面白そうに笑った。佐々木だけは曖昧な表情を浮かべて、たははと力なく笑っていた。




