scene_03 スカウト?
お母さんお手製の唐揚げを食べ、満腹で閉じそうになる瞼を何とか堪えながら望み薄ではあるものの一応試してみたアイツへの電話。
結果は当然のように『おかけになった番号は現在使われておりません』の機械音声。つまり楽に接触する方法は現時点では存在しないと言うことで。ワンチャンぐらいの期待だったとはいえ楽できるならしたかったなぁ。
それに芸能界入り、子役なると言うのは簡単だけどその筋道はどうするか。
現在わたしは4歳と3ヶ月くらいだけど、上手くお母さんを説得できたとして大成できるか不明だし新たな子役としては少し年齢を取りすぎてる気がする。
子役と一言に言っても色々あるだろうが、普通に考えて大体の子は2〜3歳くらいには事務所に入って仕事はレッスンをしているだろうし早ければそれこそ赤ん坊の時分からという子もごろごろいるだろう。
そんな中にいきなり飛び込んでいって、裏側と接触できる程度に目立つ。つまり、ある程度大成できるか。それ以前に事務所に入ることができるか。
ちょっと考えれば関門がいくつも飛び出してきて、お母さんに心配をかけない為には仕方ないとはいえ、この歳で表側に身を置き続けながら裏側に接触するということの難易度の高さを痛感する。
それでもと考えれば考えるほど無理くり感が増してきて、ウダウダとあーでもないこーでもないと考えているうちにわたしはいつの間にか眠ってしまっていた。
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「あらあら。澪ちゃんったら」
少し張り切りすぎてそれ相応に長くかかってしまった夕飯の片付けが終わり、一緒にお風呂に入ろうと声を掛けようとリビングに来てそこで目に入ったのはクッションを抱きしめながら可愛らしい寝顔をしている愛しい私の娘の姿だった。
二年前に夫と死別して以来、寂しさを失くすために仕事と育児に没頭してきた。その甲斐あってか、この歳にしては業界内での知名度を得ることができたし最近は反抗期気味だったとはいえ澪も明るく元気に育ってくれていて、少なくとも私の中ではなんだかんだ充実した日々を送っていた。
だからこそ澪が交通事故に逢い、昏睡状態になってしまった時は気が狂いそうだった。
そもそも、自動運転と事故防止システムが発達した現在において軽い接触事故ならまだしも、人身事故が起こることなんてほぼほぼあり得ないことなのだ。
一応、調査をした警察と車のメーカーの話では普段ならなんてことは無いコンピュータの小さなバグを起点として、気象条件や澪の身長などなど様々な要因が重なり合って起きた悪い方向に奇跡的な事故と説明は受け、損害賠償も結構な額を貰えるらしい。
けど、澪が目を覚ました今ならともかく、取り乱していたあの時はそんな説明はなんの意味もなかったし、担当の人に酷い八つ当たりをしてしまっていた。澪が目を覚まして落ち着いてから謝罪の連絡をしたら、『気持ちは十分理解できるので気にしないでください』と苦笑気味に言われて更に恥ずかしくなったのだけれど。
そして、肝心の澪は目を覚ましてから数日ではあるけれど事故前と少し変わったと思う。
もっともそれは澪がまるっきり別人になったと言うわけではなく、本質はそのままに急成長したような変化だ。
例えば事故の前まではなにかにつけて口答えしたりワガママを言ったりと小生意気だったのが、目を覚ましてからは落ち着いた雰囲気を纏いながらも何かあれば甘えるようになった。
どうしてそうなったのかそれとなく聞いてみれば返ってくる答えは「怖かったから」
確かにそれは本当のことではあるのだろうけれど、真実でも恐らく無い。
ただまぁ、そこを詳しく追求するつもりは私には無い。澪がかわいい澪なのは変わらないし、必要になればいずれ澪の口から話してくれると思っているから。
ひとまずお風呂は明日の朝、一緒にシャワーを浴びることにして仕事の準備をしてしまおう。会社にも迷惑をかけてしまったし、明日は師匠の紹介での打ち合わせだ。師匠と会社の顔に泥を塗らないよう頑張らないといけない。
「おやすみ、澪ちゃん。いい夢を」
ただ、気を使ってくれたのだろうけど、師匠もメッセージでそういうことは連絡しておいて欲しかった。
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次の日。
今日はネットの海を渡って情報収集の続きと、軽いロードマップを作れれば良いなと思っていたら、お母さんから「今日はお昼からお母さんと一緒に、お仕事にお出かけね」と言われてしまった。
わたしの記憶上、お母さんはあまりわたしに留守番をさせたくないらしく、基本的に一緒に仕事に行っていた。
前に何度か「おるすばんくらいできるもん!」と反抗したことがあったけど、なんだかんだと結局付いていくことになっているし、特に今は退院したてでお母さんもいつも以上にわたしに留守番をさせたくないだろう。
もっとも、お母さんとしてはわたしが心配というのは大前提だけど実務的な面でも私がいるとなにかとやりやすいのもあると思う。
俺の母さんも着付けとかをやっていたからわかるが、お母さんはヘアスタイリストだ。
記憶上、基本的にはわたしは引っ付いていって隅っこや別室、行った場所に託児所があればそこで大人しくお母さんのしごとが終わるのを待つだけだけど、偶に呼ばれて何人かの前で髪を弄られたことがあった。
これはつまり、わたしはお母さんの臨時モデルでもあるということだ。
実際、その手のマネキンは大きくて嵩張るから持ち運びに不便だし、これは理にかなっていると思う。今はホログラムとかもあるみたいだけど、話の流れで手直しするとなったら実物があった方がいいだろうしね。
そんな訳で午後が潰れることが確定し、少し気落ちしたわたしだったけど、まさかこれで関門のいくつかを乗り越えることができるなんてこの時は思ってもいなかった。
「こんにちは。本日14時からお招き頂いた、雪沢スタジオから参りました藤崎 鈴音という者ですが、龍宮さんはご在社でしょうか?」
午後、家からタクシーで一時間弱かけてお母さんとやってきたのは見た目5階建ての雑居ビル。
昼下がりという時間のせいでもあるのかホールに人は殆どおらず、わたしとお母さんは楽に受付に行くことができた。
「14時からお越しの藤崎様ですね。お話は伺っております。こちらの入館証をお着けになり、3階の第2会議室に娘さんとご一緒に直接お越しくださいとのことです。」
「3階の第2会議室ですね。ありがとうございます」
そう言ってお母さんは受付の人からリストバンド型のものを2つ受け取ると、直ぐに手首に巻いてからわたしの手首にも巻いてくれた。どうやらこれが入館証らしい。
「澪ちゃんは今、アレグが無いから手を繋ぎましょっか?」
「うん!」
現在はこういう建物の中まで入館証や社員証なんかを外部端末としてアレグでナビができるようで、わたしも「もしお仕事のところで迷子になったら矢印通りに歩きながら、周りの人に聞きなさい」と言われていた。
けれど今、わたしはアレグが喪失中なのでもしはぐれたりしたら入館証があるからほぼ大丈夫だとはいえ万が一がある。だからはぐれないように中でも手を繋ごうということだろう。
「失礼します。雪沢スタジオから参りました藤崎です。本日はよろしくお願いします」
「失礼します!」
とはいえまぁ、普通のビルな訳で特に迷うことなく指定された第2会議室にわたしとお母さんは辿り着いていた。
「おお!君が藤崎君か。私が龍宮だ。雪沢君から話は色々聞いてるよ。そちらが娘さんか」
部屋の中に入ってみると、コの字に机が並べられていてその端っこに50代後半ぐらいの男性が一人座っており、お母さんと私を認めると立ち上がって近くまで歩いてきた。
「師しょ···雪沢社長がどのように私のことを話していたのかは存じませんが、改めて藤崎です。この度は私を指名してのご依頼ということで誠にありがとうございます。先日は私どもの連絡の手違いで失礼を致しました。澪ちゃん、挨拶して?」
「藤崎 澪です!こんにちは!」
お母さんに促されてわたしは少し大げさにあいさつをする。
イメージとしては、前のわたしに少し純真さを加えたような天真爛漫で無邪気な元気っ娘みたいな感じ。
わたしの中での考えだけど、幼い子どもは元気で少し媚びてるというか甘えた感じのほうが大多数に対して受けがいいと思う。
その考えのもとで外行きの顔を作ってみたのだけど、どうやらこの龍宮というおじさまにはクリーンヒットしたらしい。
なぜなら正に好々爺といった感じに顔を綻ばせながら、目線をわたしに合わせて頭をなでてくれているから。
お母さんもいいけど、たまにはこういうあまり知らない人からのナデナデもいいかもなあ。
「んん。元気にあいさつできて偉いね。・・・ちょっとこれからお母さんとお話があるからあの辺りで待っててくれるかな?」
と思っていたら龍宮さん急にどこか神妙な表情になり、反対側の隅の椅子の辺りを指し示してきた。
「うん!わかりました!」
その指示にわたしは大人しく従っておき、お母さんと龍宮さんの会話に耳を澄ます。
こういう大人同士の会話というのは子どもにとって貴重な情報源なのだ。大人になるとついつい忘れてしまいがちになるけど、子どもにはわからないと思って気にせず話すことも実は結構子どもなりに理解していたりするし、わたしに関してはいわずもがな。
情報というものはいつどこで使えるかわからない。だからこそ、普段からできるだけ集めておくというのは俺の時に学んだ教訓だ。
「さて、こちらも改めて。はじめまして。乙葉プロダクションマネジメント部部長の龍宮です。こちらこそ、この度はありがとうございます。実は今回の案件の会議はあと30分後なのですが、個人的に藤崎さんとはお話をしたいと思い少し早めに来ていただきました。」
「そうなのですか。個人的な話というのは雪沢社長についてですか?」
「確かに最近の雪沢君の話も聞いてみたいけどね。それはそのうち彼女と飲みに行くよ。本当に単純に藤崎さんと話したかったのです。雪沢君のことは高校の頃からの付き合いだが、彼女は滅多に人を褒めない。そんな彼女が「少し危ういところもあるが頑張り屋」と褒めているうえに、最近よく耳にする名前だからね。だからどんな人なのだろうかと興味を持ってね」
「それは、はい。ありがとうございます」
どうやらお母さんは照れと困惑、龍宮さんのほうは純粋な興味という感じで会話が進んでいる。
どうやらお母さんのことを龍宮さんに紹介して、仕事に繋げたのは雪沢さんというらしいけどどんな人なんだろう?聞いた限り厳格な人みたいだけど。
「しかし、やはり人とは直接会うものだな。最近はホログラム越しのリモート会議が主流だが、私はそれがどうも苦手でね。藤崎さん、あなたはまだまだ上を目指せる。いろいろ苦労もあるだろうが今回の案件を含め頑張ってほしい。急に何をと思うかもしれないが、私の癖みたいなものだから許してほしい」
「いえ、過分な評価ありがとうございます。精一杯、腕を振るわせてもらいます」
「うん。期待しているよ。それで話は少し変わるのだが、娘さん・・・澪ちゃんだったかな?変わった輝きをしているね」
「変わった輝き・・・ですか?」
ん?どうやらわたしのことに話が変わった?
「そう。オーラとも言ってもいいかもしれないね。これを言うと知り合いからは怪しい詐欺師扱いされるんだが、こういう人をたくさん見る仕事をしているとなんとなくそういうのがわかってね。そして娘さんは
今まで見てきた中でも初めて見た輝きだ。例えるなら染め上げるような白と包み込むような黒、そしてその奥にある引き込まれるような闇と無色・・・本当に初めて見る」
「は。はあ・・・」
っつ・・・!
この人見える人か!
表側にもそういう人がいるにはいるけど、ここまではっきりとわかるっていうのはこの人、きちんとその道に行けばすごい術者になったかもしれない。お母さんは「え?いきなり何?この人」みたいな感じで引いてるけど、結構的確な表現をしてるとわたしは思う。ただ、闇っていうのがよくわかんないけど・・・
「ああ、すみません。どうにも説明しようとすると怪しい言い回しになってしまう。悪い癖だ。もっとシンプルに行きます。藤崎さん。あなたの娘さんは稀にみる逸材です。どうでしょう?もしよろしければわたくしたちでプロデュースさせていただきたいのですが」
え?これってもしかしてスカウト!?
昨日今日と考えてでてきた難関を早くも解決できたりする!?
私事ですが引っ越しをしましてドタバタしており、先週は投稿できませんでした。読んでくださっている方、すみません。
それはそうと、ブックマークだけではなく星評価までしてくださった方、ありがとうございます。今までそんなものされたことがなかったのでビックリしました。
これからもゆったり続けていくのでよろしければお付き合いください。
もし脱字などがありましたら、報告していただけるとありがたいです。
それでは、また次話でお会いしましょう。
一言でも感想があれば、おそらく嬉しくて踊ります。