追憶:秋
哀れな花嫁は、寂しい夫婦生活の中でも幸福を探そうと努めた。
例えば、ごく稀に夫と食卓を囲むことができた日。静けさがあるのみだったが、用意した食事は綺麗になくなって、嬉しかった。
例えば、気まぐれに畑を耕す夫と一緒に働いた日。夫の背中を追いかけて帰る道で、全てが橙色に染まる光景に心が震えた。
そういうささやかな思い出を見つけては、胸の奥に仕舞いながら娘は日々を過ごした。小さなものでも、積み重なれば大切な宝物になると信じていた。信じていなければ、挫けてしまっていたに違いない。
一昨日は義父に「あれには勿体なかったな」と舐めまわすように見られた。
昨日は義母に「まだ生娘なんて信じられない」と嘲られた。
夫は相変わらず呑んだくれるだけで、妻を庇うこともしない。というより、妻が義理の家族から蔑まれている事も知らないのではないか。夫婦の床が清いままなのは、なにも娘のせいではないのに、彼女は嘲笑されるのを静かに耐えていた。
若い夫婦は何も変わらないまま、集落では豊穣を祝う祭りが始まった。
祈祷と祝宴が連日続くだけと言えばそうなのだが、ご馳走の匂いが漂い、陽気な歌声がそこかしこから聴こえてくれば、娘も年相応に楽しい気分になってくる。気分転換も兼ねて外に出よう、という彼女の考えは大きく裏切られた。どういう風の吹き回しか、夫は祭りの間中ずっと家にいたのである。今まで家に寄り付かなかった人間が、よりにもよって娘が出掛けようとした時に居座るとは。なんとまあ頃合いの悪いことか。
しかしながら、娘は文句の一つも言わずに、ちびちび晩酌する夫のため、せっせと料理を運んだ。どんな意図があったにせよ、夫婦らしい時間が持てるのは、娘にとって何より嬉しいことだったのだ。
哀れな花嫁は、足元に転がっていた真の幸福に気付いていなかった。
実際のところ、夫は知っていたのだ。息子の嫁を邪な目で見る父を知っていたからこそ、彼女を祭りに行かせなかった。酒の入った父のところへ、美しい娘を近付ければどうなるかなど、想像に難くない。
ただ、哀れな青年には引き止め方が分からなかったのである。
哀れな花嫁が本当の夫に出逢うのは、次の季節が訪れてからのことだった。