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追憶:夏

 エル族に嫁いできた娘は美しいだけでなく、優しい娘だった。放牧の暮らしから耕作の毎日へと変わり、四苦八苦していても文句の一つもこぼさずによく働いた。暮らしぶりも食べる物も異なる生活は、苦労の連続だったに違いない。

 同じ時期に結婚した娘達は腹が目立ち始めているというのに、エミマは腹は薄いままだ。初夜に置いてきぼりにされて以来、一向に夫が同衾しようとしないため、致し方ないことである。その件で周りの人間から心無い言葉をぶつけられることもしばしばだった。しかし彼女は泣き言を吐かなかった。吐ける相手も居なかった。

 誰かを怨むでもなく、朝早くから黙々と働き、断りもせず家を留守にする夫の帰りを辛抱強く待つ。そして時折、夫が追加の酒を取りに家へ帰ると、娘は変わらぬ笑みで出迎えたのである。

 夫はというと、いつでも綺麗に整えられた家の中を見ても、明け方であろうと温かな食事が出てくる事にも、ただ黙って享受するのみであった。同衾するのを拒むばかりか、碌に目も合わせようとしない。唯一まともに喋ったのは、自分の名を呼ぶなと怒った時だけである。酔っ払って覚束ない足取りの夫を心配し、引き留めたらこの仕打ちだ。名前で呼ばれるのが嫌いだったらしいのだが、それ以上の説明も無しに名を呼んだだけで叱られた妻の心情を考えると、哀れでならない。けれども、落ち度の無いはずの娘が謝り、親しみを込めて愛称で呼ぶように心がけるのであった。夫としては本名で呼ばれなければ何でも良かったのか、妻が使い始めた愛称については特に文句は付けなかった。

 愛称で呼ぶと、少しだけ夫婦として一歩前進した気がして、娘はまた微笑むのだった。

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