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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第6話   宋江、友人ができる

 宋江は公孫勝という男をミステリアスで陰のある人物で、浮世離れした道士らしい男であると思っていた。

 それが間違いであると知ったのは、なにげなく科挙を受けた理由を聞いた時であった。


「科挙を受けた理由? そんなもの陛下が好みの女だったからだ。これまでは『千里眼』を使って遠くから観察するだけだったが、こうして生で見るのは最高だな!」


「そ、そんなことでこの国最難関の官僚登用試験受けたんですか貴方は!?」


「デカい胸! 犬属性! 金髪! そして程々の愚かしさ! 正に俺が脳内で妄想した理想の彼女そのまま!

 分かるか宋江殿! 自分が理想と思い描いた女が存在していることを知ったら、男としてはお近づきになりたいものだろう!」


「な、なるほど」


 皇帝にお近づきになる一番の近道は、科挙を良い成績で及第して側近候補となるか、宦官となって後宮へ入るかの二択である。

 公孫勝の目的から去勢して宦官になるのは論外。ならば科挙に通るしかない。理屈はあっている。理屈しか合っていないが。

 しかし宋江も俗物全開な動機で科挙を受けたことには変わりない。互いに俗物であるという共通点が手伝い、すぐに宋江は公孫勝と仲良くなった。

 それから程なく宋江は道案内をしてくれた縁で徐寧とも親しくなり、しつこく話しかけて王倫とも友達付き合いするようになった。

 官僚として働き始め一年も経った頃には宋江、王倫、公孫勝、徐寧は時間がある時は一緒に酒を飲む間柄となった。

 その日も宋江は公孫勝と徐寧と酒の席を囲っていた。王倫は残念ながら仕事があったため不在である。


「軍のほうは相変わらずだ。どれだけ良い装備を支給され、教頭である私が熱をいれて指導してやっても、それを受けるほうにやる気がない。八十万禁軍が聞いてあきれる」


 酒の力で荒い口調になりながら徐寧が愚痴る。


「都に配備されてる軍は見栄えさえ良ければそれでいいのでしょう。帝は軍事にはろくに興味がありませんからね」


 軍事にも精通していた宋江は、禁軍の弱さも見抜いていた。いや見抜くまでもないといったほうがいいだろう。

 宋の軍隊が弱いのは、誰もが知っていることだ。

 唐代に力をもった武官が軍閥化して中央政府を脅かせた反省からの『文治主義』であるが、そのせいで宋の軍隊は歴代王朝でも最弱となってしまっている。


「禁軍とは反対に呼延灼将軍のように陛下の目の届かない地方を守る軍は、練度もやる気もあるが碌な装備が支給されない。

 宰相の蔡京曰く、軍閥化を防ぐためだそうだが、もしも呼延灼将軍が外敵に襲われて敗れるような事態があれば、どのように対処するか考えているのか?」


 中華を統一した宋だが、敵は多い。

 特に北部の燕雲十六州を中華より切り取って、皇帝を名乗る遼国などは、かつて何度も宋を苦しめた大敵だ。

 宋は莫大な貢ぎ物を遼へ贈り続けることで安全を買っているが、遼が領土的野心から南下を始めれば、宋の治世は一気に揺るぐことになるだろう。


「そんなことを考えるほどの勤労意欲が宰相にあれば、現状はもう少しマシだったろう。あの男は俗物だ。奴が考えているのは自分と一族の保身だけだろう」


「我が身が可愛いなら、なぜ自分を守る軍の練度管理を疎かにするのか。理解できんな」


 徐寧の言葉に公孫勝が嘆息した。


「蔡京は保身能力は一流ですから、国がどうなろうと自分は助かる算段はしているのでしょう。まったく同じ俗物としては徐寧さんの言うことは耳が痛い限りです」


「同じではない。俗物であることそれ自体に罪はないのだ。俗な我欲のため生きようと、崇高な志をもって生きようとそれは個々人の自由」


 他ならぬ俺も俗物だしな、と言った公孫勝は「だが」と続ける。


「蔡京が罪深いのは自らの職責を果たさず、権力を自らの利益のために利用していることだ。自分の仕事を完璧にこなしている上で金儲けしている宋江殿とは違う」


「状元の公孫勝さんにそう褒められるとこそばゆいですね」


「よしてくれ。好みの女一人として物にできんつまらない経歴だ」


 女一人に入れ込んだ皇帝は歴史上に数多くいる。だが皇帝を自分の女にするために、科挙で一位をとるような馬鹿は、きっと公孫勝以外にはいなかっただろうし、今後も生まれることはあるまい。

 色んな意味で公孫勝は天下唯一の人材だった。


「で、肝心の皇帝陛下とはお近づきになれたんですか?」


 宋江が質問すると、公孫勝が苦虫を噛み潰したような顔をする。


「実は陛下へ媚を売って出世しようとしているのだと、蔡京に勘違いされてな。別の場所に飛ばされることになりそうだ。

 陛下を物にするために官僚になったのに、これでは意味がない」


 悲痛な表情の公孫勝に宋江も徐寧も同情する。

 このままでは本当に職を投げ出しかねないとみた宋江が、新しい赴任先についてきくと、


「北京大名府だ」


 そういう答えが返ってきた。

 北京大名府は蔡京の娘婿である梁世傑が長官を務める地である。北方からの侵攻を阻止する宋国の最重要拠点であり、都の東京開封府に匹敵する軍隊が常駐している。

 長官である梁世傑も人格には良い噂をきかないが、将としての実績は豊富で、有能な武官を多く配下にしているという。特に急先鋒という渾名で知られる索超は、猛将として有名だ。


「……蔡京を庇うわけではありませんが、この人事についてはわりと妥当なものだと思いますよ」


「ああ。左遷というより将来の重臣候補に経験を積ませるための栄転じゃないのか?」


「そうなのか?」


「科挙で一位になるほど学があるのに、やっぱりちょっと世間に疎いですね。北京大名府でしっかり仕事すれば、中央への復帰も叶うと思いますよ」


「宋江殿がそう言うなら、まだ暫くは官に留まるか。あれほど極上の女を諦めるのは男が廃るからな」


 徽宗は既に子持ちなのであるが、それは言わぬが花というものだろう。

 時として色恋の熱情は倫理観を超越するのだ。


「ところで宋江殿。実は今度紹介したい人がいるのだが」


「おや? もしかして徐寧さんの良い人ですか?」


 徐寧は妻帯者で子供もいる身だが、この時代、女を複数人囲うくらい別におかしいことでもなんでもない。

 徐寧ほどの器量があって女が正妻一人だけというほうが珍しいくらいだ。


「残念ながらそんなに愉快な話ではない。その方は宋江殿が賢者であるという話を聞いて、相談があるそうなのだ」


 その方、というフレーズを宋江は聞き逃さなかった。

 徐寧ほどの武人が確かな敬意の念をこめて敬称をつけるほどの人物。只者ではあるまい。


「……その方の名前は?」


「八十万禁軍総師範・王進殿だ」


 徐寧の口から出てきたのは、宋国武術界の頂点に君臨する男の名だった。



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