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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第57話  潘金蓮、離縁する

 武松が手を回した通りに出張へ行ったのを見計らい、早速李欣とその子分四人は動き出した。

 西門慶のために悪鬼羅刹の所業に奔ることに迷いはない。こういう汚れた仕事に手を染めるのに相応しいだけの金は貰っている。

 そもそも西門慶の同類の彼らに、人を苦しめる愉悦はあっても、それに対する罪悪感などありはしなかった。最初の頃は躊躇いがあった者もいるかもしれないが、何度も似たようなことをしていれば感覚は麻痺する。

 悪に慣れるのだ。

 李欣は武大の家の前にくると、まずは挨拶がわりにと門を蹴り破る。

 蹴り倒された門を踏みつけながら李欣は子分たちと屋内へ踏み入った。


「藩金連! 藩金連はいるか!」


 李欣が怒鳴りつけてやると、家の奥から飛び出してきたのは武大だった。

 高身長の武松と比べれば悲しくなるほどの小躯に不細工な顔つき。話にきいていた特徴そのものだった。


「な、なんだお前達は! 金蓮に用があるならで、出直せ!」


 護身のための木の棒を構えながら武大が威嚇する。こういう荒事の経験はないのか、武大の膝はぷるぷると震えていて、額には冷や汗が滲んでいた。

 西門慶の用心棒として荒事慣れした李欣からすれば、恐くもなんともない。

 木の棒などではなく、人を殴るための棒の感触を掌に落として確認しながら脅し文句を言う。


「お前が武松の兄貴の木偶の坊か。痛い目にあいたくなけりゃ直ぐに金連との離縁状を書きな。金連はテメエみてえな醜男にゃ勿体無い。うちの旦那様が所望してるんだよ」


「ふざけるなっ! 誰がお前らみたいなのに、金蓮を渡せるか! 早く帰らないとゆるさ――――」


 最後まで言い切るより早く、李欣が棒で武大の腹を殴りつける。

 李欣の腕力に武大の小躯はあっさり吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「ひっ、ひぃ……」


「誰が誰を許さないって? テメエみてぇな小物が一丁前の口をきいてるんじゃない」


「お、俺の弟は虎殺しの、」


「るせぇ!」


 合図をすると四人の子分も一緒になって、武大を殴りつけた。だが武大はよろよろと立ち上がり抵抗しようとする。

 これが李欣たちの嗜虐心に火をつけた。

 まず立ち上がる両足を棍棒で殴りつけて砕く。次に両手を足裏で踏みつけて潰した。

 両手両足が動かなくなり、文字通り手も足も出なくなった。

 李欣と手下の四人はそんな武大を好き放題に殴り蹴り、唾を吐き捨て鼻頭を砕いた。痛みで気絶したら水を被せて無理やりに覚醒させた。

 それでも武大は離縁状を書こうとはしなかったので、西門慶から貰った薬品を傷口に塗りたくり、痛みを何十倍にも引き上げてやった。

 これだけやっても武大は首を縦に振らない。


「お前も強情だね。どうせ降って沸いた幸運で手に入れただけの女だろう。さっさと離縁状書けば楽になれるぜ」


 流石に痛めつけるのにも飽きてきた李欣が言うと、武大は怒鳴り返した。

 手も足も出ない武大にはそれだけが抵抗だった。


「五月蝿い! お前達に……お前達になにが分かる! 俺と違って、普通の顔で生まれたお前達に俺の心のなにが分かるんだ! 

 こんな顔に生まれて、ずっと苦労してきた俺のところへ、この顔のおかげで金蓮がやってきた! 金蓮は俺の幸福の全部なんだよ!

 それを手放しっちまったら、またあの惨めで暗い生活に逆戻りじゃねえか! そんな思いをするくらいなら、いっそここで死んだほうがマシだ!」


 武大の魂の絶叫にも李欣は顔色一つ変えない。


「じゃあ死ねよ。死別だって離縁っちゃ離縁だろう」


 棍棒を振り上げ止めを刺そうとする。だが棍棒を振り下ろす直前、


「待ちなさい!」


 鋭い声とともに、女が割って入った。

 藩金蓮である。

 李欣は目を丸くした。西門慶のたてた計画では金蓮を浚うのはまだ後だった。今日は武大を痛めつけて離縁状を書かせるだけのつもりだったのである。

 それがまさか武大の危機に金蓮が出てくるなんて想定外もいいところだ。


「私はこの人と離縁するわ。……それが西門慶の望みなのでしょう。だから彼に酷いことをするのはもうやめて」


「おやおや。こんな醜男に同情でもしましたか? これはちょっと意外ですね。貴方はこの男のことを嫌っているとばかり思ってましたよ」


「確かに私は女としてこの人を愛することもできなかったし、恋することもできなかったわ。でも虫のいい話だけど、この人のことは優しい人だと思っていたのよ。

 少なくとも貴方達や西門慶みたいな下衆より、彼はよっぽど素敵よ」


 李欣は肩をすくめた。自分が下衆であることなどとうに理解している李欣である。今更面と向かって下衆と罵られようとなんとも思わない。


「い……行かないでくれ、金蓮……頼む……」


 武大がボロボロの体で手を伸ばし懇願する。その手が金蓮に届くことは、二度となかった。


「さようなら武大。それとごめんなさい。もしも武松に会ったら、同じように謝って貰えるかしら」


 武松にしたような妖しい微笑ではなく、母のような慈愛の笑みを浮かべると、藩金蓮は武大のもとを去っていった。


「いやあ、予定とはちょっと外れましたが、抵抗せず大人しくこっちに従ってくれて助かりましたよ。貴女の柔肌に傷の一つでもついたら、西門慶様が五月蝿いんでね。あの人、そういうところ神経質なんですよ。この街も肉に虫が混入してたとかで大騒ぎして……」


「別に話さないでいいわ。西門慶のことなんて興味ないもの」


「……確かに必要ないことでしたね、貴女には」


 勿体無い、自分を見ながら李欣が漏らした言葉がやけに金蓮には気になった。



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[気になる点] >この街も肉に蟲が たぶんこの前も肉に蟲がの誤字でしょうか [一言] うわぁ次回ついにくるのか
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