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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第54話  西門慶、笑みを浮かべる

 武松と会えなくなって仕送りする機会がなくなったことで、藩金蓮は体を売ってまで金を用意する必要がなくなった。

 なので金蓮が妓楼を辞めたことは当然の流れではある。だが金蓮が妓楼をやめたのには、もう一つの理由があった。

 西門慶である。

 最初の接触以来、毎日のように妓楼に足を運んでは西門慶が藩金蓮を指名するようになったのだ。

 それでいて西門慶は客として藩金蓮を抱こうとはせず、酒を飲みながら他愛もない世間話などを話すことだけを求めた。

 商売で抱かれるのではなく、ただの一人の女として抱かれることを望んで欲しい。それが西門慶の主張である。

 世の頭の軽い女であれば、西門慶のような美男の金持ちにそんなことを言われれば黄色い声をあげるのかもしれないが、良くも悪くも武松に一途だった金蓮には、ただ気色が悪いだけだった。

 例え抱かれずとも、西門慶と同じ部屋で長時間過ごすのも苦痛だったため、それから逃れるためにも金蓮は妓楼を辞めたのである。

 しかし西門慶という男はそれでも金蓮を諦めようとはせず、武大が仕事で留守の日を見計らっては、口説きに現れた。

 諸葛孔明は劉備に三度庵を訪ねられて、ようやく仕官を了承したという。西門慶が金蓮を口説きに現れた回数は三度どころか三十度すら超えようとしているので、熱意だけは劉備の十倍である。もっとも西門慶に対して一欠片の好意も抱いていない金蓮にしてみれば、西門慶の行為は彼への不快感を積み重ねる結果しか生んではいなかった。


「金蓮め。この私が自分の女にしてやると言ってるのに、武松とかいう虎一匹殺した程度の男のために、こうも断り続けるとはな」


「そういう女だからこそ、口説き落とすのも一興……ではなかったんですか?」


 西門慶が呟くと、お抱えの用心棒の李欣が聞き返してきた。


「そうだが、私があの女を口説き始めて早数ヶ月。私の胃もそろそろ限界だ」


「ならばどうします?」


「金に靡かず、口説きも無意味な女だ。そんな女を私のモノにするなら、後は力だろう」


 この街に西門慶に逆らえる者はいない。

 愚かな庶民たちは元より、街の役人達の頭である知事ですらが頭を下げる。

 そんな自分にこの街で唯一逆らい続けた女が藩金連である。それも西門慶が下らないと思う武松などへの愛のために、だ。

 口説き落としてみせようという自信が、西門慶の中で怒りへと変わりつつあった。


「もう遠慮はせん。手段は選ばずにあの女を手に入れてやる。李欣……分かるな?」


「はい。何人か子分を集めておきます。いつも通りに一人になったところを、襲って眠らせてから、お屋敷に連れて行けばいいですか?」


「それではつまらん。あの女は特別この私に労力を使わせながら、それを袖にしたのだ。単に攫うだけじゃ私の気が治まらない」


 人の幸せを自分の幸せに感じることが、善人たる証というのならば、西門慶はその正反対の性質の持ち主だった。人の不幸を、自分の幸せに感じる外道である。

 藩金連を苦しめて自分のモノにする算段を考える西門慶は、天上の美酒を飲んだかのように蕩けていた。


「武大だ。あの醜い男が、金連のような美しいものを妻にしていることが気に入らん。猿が冠を被っているようなもの。余りにも分不相応だ。まずあいつを叩きのめして、離縁状を書かせてやれ。

 どうせ疎んでいる武大が痛めつけられようと金連は、私のモノになることを頷きはしないだろう。だが一先ず離縁させることが重要だ」


「……西門慶様。武大はともかく兄の武松はちと厄介ですよ。万が一鉢合わせでもしたら、十人や二十人程度じゃ返り討ちにされっちまいます。幾らなんでも街中で百人二百人を動かすわけにはいかんでしょう。鼻薬をかがせてる知事でも、流石に無視できなくなりますよ」


「案ずるな。武松は事に及ぶ日は、出張に出てこの街にはいない。そういうように手配する」


 虎殺しの英雄だなんだのといっても所詮は一介の都頭。

 西門慶が少し金をばら撒けば、動かすことは容易いことだ。


「今日は良い酒が飲めそうだ」


 豪華な屋敷から見上げる月は、西門慶の口元と同じ三日月の形で、妖しく輝いていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] いよいよ来てしまうか なんだか作者も心持ち引き伸ば・・・ 誰か来たようだな(ここで筆跡は途切れている
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