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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第52話  武松、仕事に逃げる

 妓楼での藩金蓮との遭遇で、武松の精神はもう限界に達していた。

 金蓮のことを想像するだけで、ムシャクシャして周囲にあるものをぶち壊したくなる。どの妓楼へ行っても金蓮がいそうな予感がして、楊志にまた誘われても無下にするようになった。ならばと眠ったら、自分が金蓮を押し倒す夢を見るという始末だ。いっそ浴びるほど酒を飲めばとも思ったが、酔った勢いで自分がなにをしてしまうか恐かったために、できなかった。

 酒に恐怖するなど武松の人生で始めてのことである。

 食欲、睡眠欲、性欲。

 人間がもつ三大の欲求全てが逃げ場にならなくなった武松が、最終的にすがったのは仕事だった。


「……仕事だ。仕事をしよう。仕事に集中している間は金蓮のことを考えねえで済む。これからはなるべく役所に寝泊りして、家には帰らねぇようにしよう」


 武松は自分が都頭という職を得ていたことに心から安堵した。いくら金蓮でも流石に仕事場にまでは顔を出せない。

 こうして武松は色恋という夢想から逃げる為に、仕事という現実に溺れたのである。

 それからというものの武松は、かつてない熱心さで仕事をするようになった。

 他人の仕事を率先して手伝う、誰もやりたくない大変な仕事を進んでやる。誰よりも早く出勤して、誰よりも遅く退勤した。退勤しないまま次の出勤時間を迎えたこともある。休日も休まずに仕事をした。

 それでも流石に強制的に休ませられる時もあったが、できてしまった自由な時間は全て勉強にあてた。

 何か別のことに全力を注いでいれば、その間だけは金蓮のことを考えなくて済む。武松は無我夢中だった。

 これらは武松本人にとってはただの逃避にすぎないことであったが、事情を知らない第三者には、武松が無私の精神で勤労に励んでいるようにしか見えない。

 結果として誰よりも熱心に働く武松に対する周囲の評判は、徐々に良くなっていった。


「武都頭は、他の都頭様なら適当に流すような相談でも親身に聞いてくださる」


「虎を殺すほど強いのに、その強さに奢らずに勉学にも励んでいるだとか」


「私の息子の手本としたい」


「最近は彼と同じ地位で同じ給料を貰っていることが申し訳なくなってきたよ」


 同じ職場に勤める同僚や、県の民たちまでもが武松の働きぶりを褒め称える。


「最初は不慣れさが目に付いていたが、最近の武松は他の者に見習わせたいほど熱心に仕事をしているな! 彼を取り立てたのは大正解だ!」


 果ては知事の耳にまでその働きぶりが届くほどだった。


「彼ほどの人物をこんな小さな街に留めておくのは、この国にとって損失かもしれないな。もう少ししたら中央に推薦してみるのもいいかもしれん」


 知事の発言に反対する者はいなかった。

 誰もが武松の仕事熱心っぷりを無邪気に称えていたのである。

 ただ一人を除いては。


「武松……」


 刎頚の交わりをした間柄である楊志だけは、武松の心に起きている異常について察していた。


(武松がおかしくなったのは、拙者が妓楼に誘ってからでござる。店主の話だとあの日、武松はいきなり叫び声をあげて店を飛び出してしまったとのことでござるが……)


 自分の指名した娘と遊んでいて、その叫び声に気づけなかったのは痛恨の極みであった。


(あの日、なにがあったのか拙者は聞いておらん。武松が聞いて欲しくないという顔をしていた故、敢えて聞くまいと思っていたでござる。しかし)


 これ以上、放置すればなにかとんでもないことになる。最悪、武松は自ら命を絶ってしまうかもしれない。

 縁起でもない想像だが、今の武松の様子から十分有り得ることだと楊志は判断した。

 武松の心に気を使って、そのせいで武松が死んでしまったら本末転倒である。

 腹を決めた楊志は部下に武松への手紙をもたせた。


『今夜、家にて待つ。話したいことがある』


 簡潔な内容ではあったが、それで十分だった。


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[一言] 楊志、武松を何とかしたってくれ
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