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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第43話  武松、酔っぱらう

 楊志と武松が柴進の屋敷を出て幾日かが過ぎ、二人は景陽岡と呼ばれる地に辿り着いた。

 この岡を超えれば、武松の故郷である清河県まで直ぐである。

 しかし岡を超える前に二人にとっては極めて大事な問題が発生した。


「喉が渇いたでござる」


 楊志が重々しく大事な問題を告げると、武松も頷いた。

 ふざけてはいない。大真面目である。


「こんな喉がカラカラで岡超えなんかした日にゃ、途中で倒れっちまうでござるよ」


「ああ。近くの居酒屋で酒を飲んでこうぜ」


 ここで水ではなく酒を求めるのが、二人が豪傑である所以だといえるだろう。

 幸いすぐに居酒屋は見つかった。店の外からでも良い香りが漂ってくる。これは上質な地酒があるに違いないと二人は確信した。

 楊志と武松は以心伝心すると居酒屋の暖簾をくぐる。すると上客の気配を感じてか、直ぐに気のよさそうな店主が奥から出てきた。


「これはこれは、いらっしゃいませ。なにをお出ししましょう」


「酒だ。酒をもってこい」


「できるだけ沢山持ってくるでござる! 柴進殿から余計に路銀貰ってきたから金はあるでござるよ!」


「へい。今すぐお待ちします。……ですがお客さん、ここの地酒はとんでもなく強くて、どんな酒豪もたちまち酔い潰れっちまうんです。だからお一人様につき三碗までしかお出ししないようにしてるんでございます。ですのでお二人様合わせて六碗までということにさせて下さい」


 客が酔い潰れてしまえば、その面倒を預かることになるのは店主である。店主の言ったことは極めて真っ当であっただろう。


「馬鹿野郎! 素面で故郷に帰れるわけねぇだろ! 金は払うから景気よく100碗くれぇ持ってこい!」


「え、しかし」


「こっちは喉が滅茶苦茶渇いてるんでござる! いいから持ってくるでござるよ!」


「ひっ! わ、分かりました! 分かりましたから!」


 剣に手を伸ばしかねない剣幕で迫られた店主は、泣きそうになりながら店の奥へ引っ込み、仕方なく酒を持ってくる。

 真っ当な理屈は、酒に飢えた馬鹿二人には通用しなかった。

 出された酒を前に、二人はこりゃ美味そうだ、と口を揃える。

 そして「一気飲みは止めたほうがいい」と店主が忠告するより早く、二人は碗に入っていた酒を一息に飲み干してしまう。

 渇いていた喉にたちまち瑞々しい水分が潤い、心地のよいアルコールが胃の中に満ちる。

『美味い』

 二人は口を揃えて言った。

 都の上品な酒とは違う。地から湧き上がってきた味わいだった。

 楊志と武松は蟒蛇となる。

 飲んでは飲み、酒をツマミにして更に酒を飲んだ。

 限界など無限に飲み続けるかという勢いであったが、二人の快進撃はピタリと止まる。居酒屋の在庫のほうが枯渇したのだ。


「いやぁ! 飲んだ飲んだでござる! 言うだけあってちょっと強かったでござるな!」


「お、お見逸れいたしました。酒豪という言葉は貴方達のためにあったのですね。私もこの店の店主になって長いですが、お二人ほどの飲みっぷりは初めて見ましたよ」


 常人であれば三碗で酔っぱらってしまう酒を二人で50碗ずつ。常人の15倍以上である。

 最初はただの乱暴で面倒くさい客だと思っていた店主だったが、こうも見事な飲みっぷりを見せられたら、居酒屋の店主として感服する他なかった。

 武松は100碗分の代金をテーブルに置くと立ち上がる。流石の豪傑も強い地酒を50碗は結構きたようで、酔いのせいで足がふらついていた。


「ふぃー。いい感じに酔いが回ったことだし、さっそく岡超えといこうぜ」


 武松の発言に店主が慌てて止めた。


「お、お待ちください! あの岡には今獰猛な人食い虎が出没していて、岡を超える時は大人数で、腕利きの猟師たちと一緒にと決まっているのです! そんな酔っぱらった状態で二人だけで行けば、確実に虎に喰い殺されてしまいますよ!」


「あぁ゛!」


 店主の常識的な発言も、非常識人共にはまったく届かなかった。

 酔っぱらっていてテンションのおかしいことになっていた武松は、虎と聞いて怯えるどころか燃え始めた。


「はっ! 虎畜生風情が人間様の邪魔をしようとは、虎の分際で不逞野郎だ!」


「そうでござる! なんで人間が虎の事情で予定変更しなけりゃならんのでござる! 虎の癖に生意気でござるよ!」


 酔っぱらった二人は、虎に理不尽に怒り始める。店主は理解できないという表情をしたが、二人のほうも自分で言ってることを理解していなかった。


「よっしゃぁ! 岡超えついでにその虎野郎はオレがぶっ殺してやらぁ! いくぞ楊志ぃ!!」


「ヒャッハー! 今宵の吹毛剣は血に飢えているでござるよぉぉ!!」


 狂ったように雄たけびをあげると店主の止める声も無視して、二人は居酒屋から出て行った。

 店主は去っていく後ろ姿を黙って見送るしかなかった。あの様子では下手に止めたりしたら、狂った殺意の矛先が自分に向いてきかねない。赤の他人(しかも自分の忠告を聞かない)の客より、自分の命が惜しいのである。


「死んだな、あの二人。酒は万薬の長だが過ぎたるは毒ってか。くわばらくわばら、食い殺されても化けて出てこないでくれよ」


 これから仏になるであろう無謀な二人の冥福を祈り、店主は手を合わせた。


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