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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第4話   宋江、徽宗に拝謁す

 科挙の試験が終わって、結果が発表される。

 今回の合格者は全員合わせて23人だった。当然その中の一人に入っているのが宋江である。


「ぶっつけ本番でしたが……まぁ、まずまずな成績ですね」


 宋江は都でも英才との呼び声が高く、及第してみせたことに驚きは少なかった。

 しかし科挙というのは本来その生涯をかけて勉強し、及第するほどの難関試験。それをさらっと勉強しただけの殆どぶっつけ本番で及第したのだと知れば、金槌で殴られたような衝撃が試験官を襲うだろう。


「うぉおおおおおおおおおおお! ぎりぎりだが受かったぁぁぁああああ!!


 そして今回の科挙には細やかな驚きが一つあった。

 科挙に受験するようになって十七回目。万年不合格で遂には『白衣秀士』の渾名まで頂戴した王倫が、初めての及第を果たしたのである。


「ふふふ。科挙合格……これで白衣秀士などという渾名ともおさらばだ。ウッハウハッの未来が俺を待っている!」


「王倫さんと私、やっぱり気が合うと思うんですよねえ」


「そこ静かにして。では宋江、王倫を含めた23人には陛下が試験官をなされる殿志へと進んでもらう。くれぐれも無礼なことをするんじゃないぞ」


 試験官が真剣な顔で釘を刺してきた。

 宋国において皇帝は絶対だ。極端な話だが殿志で皇帝の不興を買えば、それだけで死刑になりかねない。皇帝とは法律の上に君臨する絶対者であり、その勅命は法を超えて重いのだ。


(まあ当代皇帝の徽宗は良くも悪くも血生臭いことは苦手なので、すぐ処刑とはならないでしょうが……ま、触らぬ神に祟りなしですね)


 殿志は面接試験だ。せいぜい徽宗が喜びそうな耳障りの良い言葉を頭の中に思い浮かべておく。これを適当に言ってよいしょすれば、それなりの成績はとれるだろう。

 もしも殿志で失敗しても、殿志まで進んだ時点で科挙には及第している。できれば成績上位三人には入りたいが、無理に高くを望む気はなかった。


「ん?」


 宋江は自分を監視する視線に気づいた。

 視線を向けていたのは道士服を着た男だ。ここにいるということは彼も受験生だったのだろう。

 徽宗が道教に傾倒しているからか宋全体でも道教は人気なので、道士の恰好をした人間など探せば幾らでもいる。しかしあそこにいる男は恰好だけの道士もどきではなく、本物の気配を放っていた。

 じろりと赤い双眸が宋江の足を縫い留める。この宮中で仕掛けてくるのかと宋江が警戒を剥き出しにした刹那。


「宋江!!」


 ずんずんと宋江のところに進んでくる王倫。すると道士服の男はその場で姿を晦ませた。


「おや王倫さん。お互い及第できてなによりでした。どうでしょう。これもなにかの所縁ですし、ここは一つ改めて酒の席でも……」


「――――――――」


「王倫さん?」


「…………宋江。俺を殴れ」


「は? どうしたんです藪から棒に」


「自慢にならないがこの王倫。科挙を志し受験すること十七年。何度も何度も試験に臨んではその度に落ちてきた。

 白衣秀士なんて屈辱的な渾名まで頂戴してしまい、もう合格することなど諦めていた」


 嘘ではない。今年不合格だったならば政府の連中への意趣返しにと、地元の連中と旗揚げして、一念発起して盗賊にでもなろうと真面目に考えていた。

 それが最後にと受けた科挙でギリギリとはいえ及第。


「都合がよすぎるだろう! きっとこれは夢なんだ! だから殴れ! 夢だから痛くないはずだ! さあ! さあ! さあ! 本気で、こい!」


「どうやら言っても分からぬようですね。ならばお望み通り痛みでこれが現実だと理解していただきましょうか」


 拳を鬱血するほど握りしめた宋江は、渾身の力を込めて王倫の顔面を殴り飛ばした。

 不細工な悲鳴をあげながら王倫がぶっ飛んでいく。

 死んだか、と見下ろす。王倫の耳はピクピクと動いているので、どうやら死んではいなさそうだった。


「痛い!!」


 王倫が復活する。呆れた耐久力である。


「そんなに強く殴る奴がいるかっ!? 俺を殺す気か!」


「でも夢からは覚めたでしょう?」


「あ、ああ。これは現実現実だ……本当に俺が合格……ふふふっ」


「浮かれてばっかもいられませんよ。これから殿志なんですから」


「宋江。実は合格するなんて思ってなかったから、最終試験の殿試というやつがよく分からん。皇帝陛下自ら試験官をするというが、どういう問題が出るんだ? ここでヘマしたら不合格になったりするのだろうか?」


「殿試は合格者の順位付けをつけるためのもので合格不合格はありませんよ。どういう問題が出るかは……私にも分かりませんね」


「そう、か」


「そろそろ皇帝陛下が参られます。静かにしてくださいね」


 試験会場がしーんと静まった。文武百官を引き連れ、一人の人間が堂々と風を切って歩く。

 そしてこの中華で最も尊い人間しか座れぬ玉座に、その人間はあっさり腰を下ろした。


「面を上げよ」


 月明りを溶かし込んだような髪に豊満な胸、この世の幸せに満ちたなんの憂いもない表情。

 宋国八代目皇帝・徽宗。徽宗は宋王朝始まって以来の女帝であった。




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