第38話 晁蓋、梁山泊の首領になる
頼みの切り札であった聞煥章が敗れ、梁中書は狼狽した。
だが狼狽している時間を梁山泊は許してくれない。ジャーンジャーンと銅鑼の音がすると、討伐軍を囲うように梁山泊軍が飛び出してくる。
「今だ! 呆然自失となっている討伐軍に総攻撃を仕掛けろ!」
晁蓋の号令に梁山泊騎兵隊が雄叫びをあげながら、討伐隊に突撃してきた。
梁中書は歯噛みする。
まず火の術で先制攻撃をして聞煥章を倒したのは囮だ。派手な術で回りの意識をそこへ向けておいて、その隙に軍を回りこませて、討伐軍を叩く。それが梁山泊側の作戦だったのだろう。
単純な策だ、子供だましともいえるかもしれない。
しかし梁山泊に聞煥章以上の術者がいると知らない梁中書には効果的だ。
「ようやく出番か! 師匠との修行で上がった腕前を見せてやるぜ!」
「ゆくぞ史進! 挟み撃ちだ!」
まず殺到したのは王進と史進の師弟率いる梁山泊騎兵隊だった。
頭領でありながら先頭に立って棒を振るう王進と史進は、一振りで複数の兵士を薙ぎ倒しながら突き進んでくる。
「母さんの敵討ちだ! 梁中書の首はなんとしてもとるぞ!」
「斬刑に処す。その六銭無用と思え」
「ぶち殺し確定だオラァ!」
歩兵隊の勢いも凄まじい。特に阮三兄弟率いる歩兵部隊は、自分たちが傷つくことをまるで恐れず、次々に討伐軍の兵士たちを切り伏せていく。
梁中書は必死に軍を纏めて迎撃するが、天を衝くほどの士気で襲い掛かる梁山泊軍に死者が増えるばかりだった。
「りょ、梁世傑様! こ、このままでは……!」
「梁山泊に術使いがいたことも予想外なら、この数も予想外だな。一万人以上いるんじゃないのか」
凡将であれば慌てふためくだけだが、流石に北京大名府を預かる梁中書は名将だ。
冷静に戦場を俯瞰し、梁山泊軍の数を見極めていた。
「おい、聞煥章は生きてるか?」
「息はあります。ですが意識がございません」
「そうか、つまり今は使い物にならねえってことだな」
兵の報告で梁中書はこの戦いに勝ち目がないことを悟る。
相手が軍だけならまだどうにか立て直しができたかもしれないが、相手に聞煥章以上の術者がいるなら勝ち目はない。
勝てない戦いならば逃げるだけだ。梁中書は近くにいる部下に声をかけた。
「おい、そこのお前」
「はっ……!」
「……その昔、趙の李同は小役人でありながら決死隊を率いて秦軍に突撃し、国を救ってみせたという。李同は奮戦の果てに戦死したが、その武勲は大いに褒め讃えられ彼の父は李侯に封じられたと伝えられている。つまりそういうことだ」
「いや、どういうことです?」
「お前が俺の李同になるんだよ!」
「な、なんですって!?」
「悪くない話だろう。殿軍を務めて死んだらお前の妻子には相応に報いてやるし、万が一生きて帰還できれば将校にしてやる。逆にもし断って生還しても、お前に未来はない。どうだ?」
部下は悩んでいるが無駄である。最初から辿り着く答えが一つになるような言い回しで梁中書は命じた
「分かりました……家族を頼みます、梁閣下」
「よく言った。お前のことは忘れんぞ」
殿軍を任せられた無名の兵士は、預けられた部下と共に梁山泊軍に突っ込んでいく。それを見て梁中書は一目散に撤退した。
梁山泊軍は逃げた梁中書を追撃しようとするが、無名の兵士が暴れに暴れてそれを許さない。
「ゆくぞ梁山泊! 宋国の兵士の意地を見ろ!!
梁中書に殿軍という大任を押し付けられたことで、ただの一兵卒にすぎなかった男は覚醒した。
今李同ここにあり、人は決死となれば鬼となれるのだ。
「なんだあの男は? 装備からしてただの一兵卒だが、まるで歴戦の豪傑の如き迫力がある」
無名の兵士の奮戦っぷりは、王進をもってしてそう言わしめるほどのものだった。
梁中書が撤退し他の兵士達が死に絶えても、男は戦い続け、遂に百人の敵兵を斬り殺したところで、
「……――――お前には、負けたよ」
史進によって討たれた。
100人斬りの大暴れをした兵士を討った史進に、喜びはない。ただ梁中書の命に手をかけておきながら、みすみす逃してしまった敗北感だけがあった。それは他の梁山泊の頭領や兵士も同じだった。
(梁中書を逃がしたのは痛いが、増上慢は消し飛んだな。礼を言うぞ、名前も知らぬ勇者よ)
そんな将兵の顔を見渡しながら、晁蓋は死んだ兵士に黙祷した。
後の話であるが、梁中書はこの無名の兵士に報いることはなかった。自分の経歴が汚れるのを嫌い、戦いがあった記録を抹消したからだ。
そのため無名の兵士の名は史書にのることはなく、ただ『今李同』の渾名のみが残された。
戦いが終わった後、戦後処理を終えた頭領たちは聚義庁に勢揃いしていた。
首領の宋万が『大事な話がある』と布告したためである。
「宋万殿。それで話とはなんなのだ?」
晁蓋が質問すると、宋万は緊張した様子で口を開く。
「話とは他でもありません。晁蓋殿たちの今後の待遇についてです」
「それなら副首領ってことでいいんじゃないか。晁蓋殿の指導力も他の天道地進一党の力もみせてもらえたし、誰も文句を言う奴なんていないだろう」
史進の提案に誰もが頷いた。だが宋万だけが首を横に振る。
「晁蓋殿が副首領になるのに、納得がいかねぇんですかい?」
「おい、小二兄さん」
不穏な目つきになる阮小二を、阮小七が制する。女関係の問題を呉用が解決してから、阮小七は大人しくなった。今ではこうして阮小七が阮小二のストッパーをすることもある。これもまた成長の一つだろう。
しかし阮小二の不満に同調する者は他にもいた。というよりこの場にいる全員が困惑していた。晁蓋を副首領にしないならどう扱うのだと視線が訴えている。
宋万はどこか悪戯っぽく笑うと、
「実はな。俺はこの際、晁蓋殿に首領の座を譲りたいと思うのだ」
しんと、場が静まる。
まさかの首領の禅譲発言に、不満を露わにしていた者たちの顔が凍り付いた。
皆が困惑する中、呉用だけが笑っている。
「俺を評価してくれるのは嬉しいが、俺は新参者。それが一度功をあげたからといって、いきなり首領というのは問題があるだろう。それに梁山泊の真の首領は――――」
「これは宋江様とも何度か手紙で相談して決めていたことなんだ。俺は数百人の手下を率いるのが限界で、とても1万を超える手下を統べる器じゃない。
これまでは王師範と史進の補佐で取り繕っていたが、もう能力的にも体力的にも限界なんだよ。どうか引き受けてくれないか?」
宋万は懇願するようだった。
兵力が一万を超えれば、もはや賊というよりは群雄である。小国の王といってもいいかもしれない。かかる重圧は普通の山賊の首領の比ではない。
こう弱音を吐かれてしまえば、宋万のためにも引き受けないわけにはいかなかった。
「良かろう。では本当の塞主がここに来るまでの間、首領の役目を引き受けた」
「ありがとう」
宋万に代わり晁蓋が梁山泊首領が座る椅子に座った。
玉座とは到底呼べない、岩を削って作った椅子。しかし晁蓋にはどんな玉座よりも座り心地がよく感じた。
晁蓋が座った瞬間、聚義庁の屋根を吹き飛ばすほどの歓声が上がる。誰もが晁蓋の首領就任を祝福していた。
「なぁ皆! 新首領の就任と戦勝とめでたいことが続いたということは、やることは一つだろう!」
「おう! 分かってるじゃねえか阮小七。やっぱあれしかねぇよなぁ!」
阮小七と劉唐の言うあれが晁蓋には勿論分かっていた。
「うむ! では今日は戦勝と宋万の勇退と俺の首領就任を祝して宴会だ!! 無礼講である! 飲め! 食え! 騒げ! そして飲め!!」
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
無礼講は三日三晩に渡って続き、うわばみのような好漢たちはとにかく酒を飲んで飲んで飲みまくった。
そしてその宴会費用に7000貫が吹っ飛び、呉用が頭を抱えることになった。




