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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第37話  聞煥章、術をもって対抗する

 宋万から迎撃の総司令官を任せられた晁蓋は、早速聚義庁で軍議を始めた。


「首領の宋万殿より説明があったが、官軍迎撃の総指揮をすることになった晁蓋だ。

 荒事の経験はあるが、俺は梁山泊の地理は入山したばかりで詳しくはない。古くからの幹部である王進と史進の二人は特に頼りにさせてもらうぞ」


 晁蓋が軽く挨拶をすると、前に進み出て威勢よく拱手したのは、見事な体格の美丈夫だった。露わに晒した上半身の背には見事な九つの竜の入れ墨がある。

 彼こそ王進の弟子である梁山泊屈指の豪傑、九紋竜・史進であった。


「お任せください晁蓋殿! 官軍の弱兵共に師匠の調練を受けた俺たち梁山泊軍の力をおもいしらせてやりますよ! なあ皆!」


『応ッ!!』


 史進が言うと梁山泊出身の兵たちが雄叫びをあげた。

 相手が官軍だというのに盛り下がるどころか盛り上がっている。戦の勝敗を分ける要因の一つに兵の士気があげられるが、この分なら問題はないだろうと晁蓋は安心した。


「作戦を立てる前に、まずお聞きしたいのは梁山泊の現有戦力です。どのくらいの兵力がここにあるのでしょうか?」


「わしが入山した頃は4000そこそこであったが、わしと史進とで盛大に官軍の食糧庫や悪徳商人を襲うなどして大暴れしたら、宋国中に名が轟いて、入山希望者も増えていってな」


 呉用の質問に王進は一拍置いて、


「今はざっと15000だ」


 とんでもないことを言ってのけた。

 晁蓋たちは勿論、梁山泊軍の兵が官軍が想定しているよりずっと多いであろうと予想していた呉用もこれには驚く。増えていても5000ほどだろうと思っていたのだ。しかし嬉しい誤算である。


「それだけ宋を見限るか、いられなくなった者達が多いということか」


 とは阮小七。


「っていうか官軍の倍以上の兵力あるんだから、この戦い楽勝じゃね?」


 とは阮小二。


「じゃあ普通に真っ向から戦って終わりか?」


 とは劉唐である。

 相手が自分たちの半分以下の兵力であるということで、全体に楽観的な気分が漂い始めていた。

 晁蓋はそれに危うさを覚えるが、気を引き締めるためにわざと負けるわけにもいかない。今後の課題だろう。


「真っ向勝負でも勝つには勝てるだろうが、正面決戦となればこちらの被害も多くなるだろう。ここは策をもって戦うべきだ」


「呉用、策とは?」


「そう複雑なものではありませんよ晁蓋殿。あんまり難解かつ複雑な策を立案しても、実行するには将と兵の完璧な意思疎通が不可欠。

 晁蓋殿は大人物で梁山泊軍も精鋭ですが、晁蓋殿は総司令官になって日が浅いどころか一日もたっておりません。これでは複雑な作戦を立てても意味はありません。

 なので単純で分かりやすく、効果のある策でいきましょう」


「勿体ぶらずに具体的に言わんか」


「公孫勝の術をぶっぱします」


「本当に単純だな!?」


 思わず晁蓋がツッコんでしまう。

 いきなり作戦の肝を任せられた公孫勝はといえば平然としていた。術者としてではなく高い頭脳をも持ち合わせた公孫勝である。呉用の立案する策を予想していたのかもしれない。


「公孫勝、念のためにもう一度確認するが、聞煥章の術者としての実力は君に劣るのだな?」


「ああ、世の中には絶対はないから絶対とは言わんが、十中八九はそうだ」


「ならばよし。では――――」


 呉用は策の詳細について一同に説明する。

 なるほど驚くほど単純で分かりやすく、効果のある策だった。




 二仙山で道士として修業をしていた頃から、聞煥章が憧れるのは仙人ではなく、軍人だった。

 切っ掛けがなんであったのかは覚えていない。ただ気付けば術の修行よりも、大昔の英雄豪傑と戦争の話を聞くのが好きになっていた。

 徐々に術の修行に費やす時間よりも、師の本棚で埃をかぶっていた兵法書を読みふける時間のほうが増えており、それが完全に逆転した時、聞煥章は下山を決意した。

 止める者がいなかったわけではない。道士としての才能もあったので、師を含め兄弟子弟弟子の多くが引き留めた。ただ一人兄弟子の公孫勝だけは『一度きりの人生だ、好きに生きて好きに死ぬといい』と言ってくれた。突き放すような言葉だが、聞煥章にはそれが一番嬉しかった。

 下山した聞煥章は、まず志願して兵となった。

 自分の修めた軍学は所詮は机上のもの。理論という骨子に、血肉を与えるのは生の戦場を経験するのが一番だと思ったからだ。

 二年間、兵士として戦った。

 敵は様々である。異民族であることもあったし、山賊であることもあった。

 時には死にかけたし、仲良くなった同僚は実際殆ど死んだ。あわや腕を切断するやもという怪我を負ったこともある。たまたま安道全とかいう医者が近くの村で診療していなければ、今頃は隻腕になっていたことだろう。

 辛い目にはいくらでもあったが、軍学者となる道を諦めたいとは思わなかった。寧ろ本物の戦場で戦を経験するごとに、思いは強まるばかりだった。

 なんのことはない。聞煥章は生まれつき戦が好きで好きでたまらない、戦争ジャンキーだったのだ。

 そして兵役を勤め上げた聞煥章は、今度は軍師として自分を売り込んだ。

 最初は碌に話も聞いてもらえず追い返されるばかりだったが、根気よく足を運んでいると話だけは聞いてもらえるようになり、そこで認められ軍師として従軍を許された。

 軍師としての初めての戦場は酷い負け戦だったが、そこの撤退戦で活躍したことで、撤退戦の名手という評判を頂戴するようになり、多くの将からもしもの時の命綱として雇われることが多くなった。

 なので今回の梁中書の求めも、そういう役割を期待されてのものだろう。そう思っていたのだが、聞煥章は少し梁中書という人物を侮っていた。


「お前が二仙山で道術を修めた道士であるという話は、既に聞いている。たいそうな腕前だったそうだな」


 聞煥章は兵士であった頃も、軍師だった頃も道術を使ったことはない。聞煥章は戦に勝ちたいのではなく、戦をしたいだけだからだ。

 だというのに梁中書はどこからか聞煥章が道士であるという情報を掴み、術を振るえという。

 無論聞煥章は拒絶したが、


「逆らえば、お前が術者であることを世間に暴露するぞ。そうすれば誰も軍師としてもお前に期待する者はいなくなるだろうな。術者としてしか望まれなくなる」


「俺になにをせよと?」


「簡単だ。俺の指揮下で働く時だけ、術を使え。それ以外の戦場ではお前が好きに戦えばいい。

 俺は術者としてのお前を独占できて、お前は俺以外の下ではただの軍師として戦える。互いに利があるだろう」


「考える時間は?」


「ない。今すぐ答えを出せ。これから出陣だ、時間がない」


「……分かった。そのかわり他言は決して無用でお願いする。約束を破れば、俺の術者としての全てを尽くしてお前を殺すぞ」


 こうして梁中書との間に契約は結ばれ、聞煥章は初めて『道士』として戦場に出ることになった。

 梁山泊まで近づいたところで、梁中書が口を開く。


「梁山泊まではあとどれくらいだ?」


「もう半刻とかかりますまい、梁中書殿。梁山泊相手に7000の兵力では――――」


「たかが賊に7000は多すぎると言いたいのだろう。確かに奴等の兵力は事前の調べによれば3700たらず。しかし守っているのが山賊とはいえ梁山泊は天然の要害だ。確実に勝つためにはこれくらいは必要だろう」


「逆だ。そもそも3700というのは、一年ほど前の調べによるもので、そこから増えていない保証がどこにあるというのです?」


「だからこそのお前だ。例え梁山泊軍の数が倍に増えていようと三倍に増えていようと、お前が術でねじ伏せればいい話だ」


「……それはまた、つまらない戦で」


「お前のような戦狂いと一緒にするな。つまらなかろうと無粋だろうと勝てばいいのだ」


 聞煥章は契約があるので何も意見しなかった。

 その時。梁山泊のある方角でなにか光るものがあった。一瞬聞煥章は日光がなにかに反射したのかと思ったが、違う。

 光源の正体は炎だ。燃え盛る業火が意思をもっているかのように、真っすぐに討伐軍に奔ってきた。


「下がれぇ!」


 聞煥章は叫んだ。

 炎が周囲の林を焼かず、こんな風に軍隊目掛けて真っすぐに奔ってくるはずがない。この不自然さは明らかに『術』によるものだった。

 聞煥章は短剣を手の甲に刺して自身の生命を刺激して、急速に気力を練り上げた。


「覇ッ!」


 聞煥章が起こした雷風と業火がぶつかり合う。

 術と術とがぶつかり合えば上回るのはより優れた術だ。一瞬にも永遠にも感じられる三十秒ほどの拮抗。敗れたのは聞煥章だった。


「くっ、これは――――!」


 業火に呑まれる直前、親しい兄弟子の顔が脳裏を過った。


「そう、か……官僚になったと聞いて……血の臭いを纏った俺は会うまいと……そう定めていたが……」


 そこにいたのか、と呟き聞煥章は意識を失った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最初にこの戦いの様子を読んだ時には、いきなり公孫勝の妖術を使うってのはまた随分と派手な事だなと思いましたが、これがまさに上策だったのでしょう。強大な戦力や優秀な武人を擁していながら、用い方を…
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