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俗物水滸伝  作者: 孔明
34/64

第34話  楊志、乾杯する

 柴進からくすねた金で楊志と武松は即席の宴会を開く。

 皇帝の末裔の柴進の酒蔵にあった一品だけあって、中々の美酒であった。

 刎頚之友になったことを祝いながら、他愛ないことを話していると、おもむろに武松が切り出す。


「そういや楊志。他の奴等が噂しているのを小耳に挟んだことがあるぜ。ここに来る前に豹子頭・林冲だかと戦ったり、色々とすったもんだしてたんだって」


「うむ。沢山のことがあったでござるよ。まったく拙者は普通に出世して、普通に寿命を迎えたかったのに、一度の失敗で人はこうも身を崩せるんでござるなぁ」


 楊志は他人事のように言いう。もはや過ぎ去った過去のことだった。


「達観してんなぁ。なにがあったか聞いてもいい話か?」


「構わんでござるよ。ま、拙者からしたら面白くない話でござるが、酒のツマミくらいにはなるでござろう」


 そうして酒を酌み交わしながら楊志は話し始める


「あれは、そうでござるな。縁もあったことだし花石綱の運搬任務に失敗してからを話そう」


 花石綱の輸送任務に失敗し、その罰を恐れて逃げ出した楊志だったが、直ぐに行き詰まることになった。

 楊志は開封府生まれ。若くして武挙に及第し、仕官して直ぐに殿司制使(近衛隊長)にまで出世した。順風満帆な出世街道を歩んできた男である。

 都を追われて根無し草の浪人暮らしの経験などあるはずがない。

 軍人として厳しい行軍訓練をしたことはあるが、それとはまったく話が別である。

 しかし楊志は過酷な環境を生きる天性の逞しさをもっていた。

 少ない手持ちの金を使いつくした後は、虫やきのこなどを食べて繋ぎ、そして自分にうってつけの金の稼ぎ方を見つけたのである。

 切っ掛けは街中で拾った一枚の手配書だった。


『追い剥ぎ犯 金平唐 500貫』


 手配書にはそう書かれていた。要するに賞金首である。

 楊志はこれしかないと思った。

 賞金首にされるような連中はすべからず凶悪犯だ。

 役人を殺して逃亡した者や、中には山賊の親分もいる。賞金額が高ければなるほど危険性も増す。

 そして賞金首なんていうのはそうそう見つけられるものでもないので、普通はそれだけで生活することはできない。賞金稼ぎは副業で、本業を持っている者ばかりだ。

 しかしそれは安定性と安全を考えて、余り高額ではない賞金首を狙ったり、複数人で徒党を組んでやっているからである。

 一人で高額賞金首を狙えば、一度成功するだけでそれなりの額を手に入れることは可能だ。

 危険極まることであるが、楊志にはそれをやってのけられるだけの武力があった。咄嗟の判断力と度胸もある。

 そして物は試しと高額賞金首がいるという二、三十人ほどの山賊の寝床へ足を運んだところ、あっさりと山賊たちの討伐に成功してしまった。

 一応逃亡中の身なので直接役所へ行って賞金を受け取ることはできないが、そんなことは大した問題にはならない。賞金を一部分けることを条件に、人を雇って代わりに行かせれば済む話である。

 こうして纏まった金を手に入れた楊志は、久しぶりに宿に泊まり、ご馳走や酒を思う存分に飲み食いした。それからは蓄えが少なくなれば賞金首を討ちに行き、またぐうたらと浪費を始めるの繰り返しである。

 けれどそんな堕落した日々にも終わりがきた。

 大赦が出たのである。

 大赦とは恩赦の一つで、なにかめでたいことなどがあると、その祝いとして罪人の罪を免除することである。場合にもよるが死罪に相当する罪すら免じられることもあった。

 そして此度の大赦での免罪対象の中に楊志は含まれていた。

 このことを聞いた楊志の心境はお祭り気分であった。

 賞金稼ぎとして日々ぐうたらとした日々を過ごしてきた楊志だが、この境遇に慣れはしたものの満足していたわけではない。

 もう一度中央で武官に戻り、立身出世して、偉そうにしたいという欲望が楊志には残っていたのだ。

 楊志は復職のために都へ戻ることを決心した。

 しかし幾ら大赦が出たとはいえ、のこのこと戻って復職が認められるとは楊志も思っていない。名門楊家といえど所詮は武門。文官優位の宋王朝では、そこまで強いコネがあるわけではないのだ。

 そこで楊志は今までより熱意を入れて賞金稼ぎをすることにした。


「待て待て。賞金稼ぎの境遇から抜け出るために復職しようってのに、なんで賞金稼ぎに熱を入れるんだよ!」


 話を聞いていた武松がツッコミを入れる。


「簡単でござるよ。いいでござるか、武松。世の中は金なんでござる。復職にかける拙者の思いの強さを、開封府の高官たちに理解させるためには、誠意を代金で示す必要があったんでござるよ」


「要するに賄賂じゃねえか!」


「人間、綺麗事ばかりで世の中は渡っていけんのでござるよ」


 目を半月にして睨む武松にも、楊志はどこ吹く風だ。

 こほんと咳払いを一つしてから楊志は昔語りを再開する。


「それで賞金稼ぎに熱を入れた拙者はある男の手配書を見たんでござる」


 その手配書の男こそが豹子頭・林冲だった。

 皇帝からの寵愛をいいことに、国政を私利私欲で思うが儘にする大悪党・高球。

 彼と諍いを起こしたことで、罪を犯す羽目になった林冲には、なんと7000貫という破格の賞金がかけられていた。

 7000貫という莫大な金があれば、復職活動のための必要金額に余裕で到達できる。

 誰もが相手が豹子頭ということで、賞金額の高さにも拘らず手出しを躊躇する中、楊志はこれに飛びついた。

 しかし闇雲に探したところで広い中華の大地。見つかる筈もない。

 そこで林冲が向かうであろう場所を予測し、先回りすることにした。

 楊志が目をつけたのは『宋家村』。

 宋家村は名前の通り宋氏が代々保正(村長)を務める村である。

 元々は普通の村にすぎなかったが、宋家に宋江という傑物が生まれたことで大いに発展して、宋家は柴進のように広く人材を集めるようになっていた。

 絶対に林冲が宋家村に行くという確証はなかった。他にも林冲が逃げそうな場所はある。

 しかし楊志の体は一つ。全ての可能性を潰すことはできない。どれか一つに当たりをつけなければならなかった。

 最終的に楊志は宋家村を選んだ。根拠はなく、ただの勘である。

 そして林冲が来ることを待った。

 空振りすることは十分有り得たが、楊志は運が良かったのだろう。

 開封府から逃げてくる林冲を見つけることに成功したのである。

 賞金稼ぎと賞金首が出会えばやることは一つ。

 林冲は古の張飛が愛用したとされる蛇矛を構え、楊志は先祖伝来の宝剣・吹毛剣を抜いた。


「戦いはどうなったんだ?」


 武松が固唾をのむ。早く先の話を聞かせろとウズウズしているようだった。


「拙者の勝ちでござった。紙一重ではあったがな」


「とんでもねえ話だな」


「最終的には宋家村で保正代行をしている宋清殿という人物が間に入り、宋清殿が8000貫を拙者に出すから、林冲のことは見逃すということで決着したでござる」


「まあ金も手に入って、林冲も死なずにすんで良かったんじゃねぇか?」


「8000貫を手に入れた拙者は意気揚々と開封府へ戻ったんでござるが、ここで想定外のことが発生したんでござる」


 楊志は怒りを込めて高球に言われた言葉を、絶妙な声真似をしながら語って聞かせる。武松は呆れた顔をした。


「まったく酷い話でござろう。己の一存で拙者の復職を妨害するなど、腐敗ここに極まれりでござる」


「いや。高球の奴は悪臣の典型みてぇな野郎と聞いているが、こればっかは高球のほうが正論だろ」


 そしてもはや開封府へいられなくなった楊志は、それから北京へと流れた。北京の梁世傑は文官ではあったが戦名人で、優秀な武官を広く集めていることで有名だったからだ。

 そこで首尾よく梁世傑に気に入られ、念願の再就職を果たすのである。


「もっとも再就職した北京では、長官の生辰綱に諫言したことでクビになっちまったんでござるが。まったく短い再就職でござったよ」


「なんでまたそんなことをしたんだよ? 賄賂に嫌悪感なんて感じる性格じゃねえだろ。これまでの話的に」


「いやぁ。皆が口を噤む中で一人だけ堂々諫言したりしたら、周りにカッコいいと思われるではござらんか」


「んな理由かよ!」


「目論見は成功したでござるよ。柴進殿曰く、拙者って天下の義人扱いらしいでござるし。まあどうせこんな諫言くらいじゃ、ちょっと長官の気が悪くなるだけだとたかをくくっていたら、まさかの一発クビでござるから、大局的には大失敗でござったな」


「本当にしょうもねぇな、おい。だが酒のツマミにゃ中々面白い話だったぜ」


「はははは。だったらいいでござるよ!」


 もう一度、乾杯する。

 空は二人の出会いを歓迎するように、星が瞬いていた。


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