第30話 索超、隠蔽する
公孫勝からの手紙で阮小二の妻を無事に取り戻したことや、生辰綱強奪計画に加わる旨を告げられた宋江は、その手紙を処分すると――――特になにもしなかった。
なにか力になりたいという気持ちがないわけではなかったが、開封府で官僚として働いている宋江に、強奪計画のため東渓村へ出かけている余裕などありはしない。公孫勝のように窓際に追いやられていたら話は別だが、今の宋江は若手のホープとしてそれなりの期待を受けている身だ。
なので宋江は計画成功を祈りつつ、普段通りに過ごし、普段通り仕事帰りに妓楼に行こうという話になった。
「公孫勝さんが前に通っていた店なんですけどね。そこの李師師という遊女はたいそうな別嬪で、芸事も一流ときていて、陛下もお忍びで通っているそうなんですよ。皇帝すら篭絡する傾国の美、興味ありますよねぇ」
「そういう店の看板遊女は、何度も通って常連にならなければ相手などしてくれんぞ。だいたい妓楼に通わないでも、お前には妾がいるだろう」
「ああ、閻婆惜さんのことですか」
王倫の言う通り宋江には一人、閻婆惜という妾がいた。
年齢は十八歳で耳を撫でる柔らかい風のような声をした女である。異民族の血を継いでいるのか、髪は金砂のようで大層な美人であった。
「妾といっても父親の葬儀代を工面してあげたら、母親からどうしてもと押し付けられただけなんて、特に思い入れも興味もありませんね。
まあ放り出すのも可哀相なんで今は侍女として扱っていて、もう暫くたったらいい縁談でも見つけてあげようかと思っています」
「結構可愛いのに勿体ない。じゃあお前はどういう子が好きなんだ?」
「そら、おっぱいですよ!」
間髪入れずに断言した。
王倫も宋江が閻婆惜に興味を示さない理由を一発で納得する。閻婆惜は目の覚めるような美女であったが、胸は平であった。
他愛ない下ネタ話をしながら宋江と王倫は夜の街へ消えていく。
その頃、宋江の家に置き去りにされている閻婆惜は、蝋燭の明かりが揺らめく中で、じっと公孫勝のところから飛んできた伝書鳩を見つめている。
「宋江、様」
そして伝書鳩を見つめながら、愛おしそうに名を呟いた。
晁蓋たちが黄泥岡から去って暫く。並外れた生命力を持つ索超は一番に意識を覚醒させた。
そして改めて自分が生辰綱を奪われる大失態を犯してしまったことを思い知らされる。
索超は座り込んで頭を抱える。
このまま北京大名府へ戻れば、間違いなく自分は責任をとらされるだろう。
額が額だ。どう楽観的に見積もってもクビは免れない。最悪の場合は死刑もありうるだろう。
(いや後ろ盾のないワシは、ほぼ確実に死刑にされる。莫大な賄賂でも送れば別だが、ワシにはそんな蓄えはない)
索超は必死になって自分が助かるための方法を考える。
今から犯人を追って捕まえるというのは論外だ。犯人の顔を見たとはいえ、それが誰だか分からないし、どこへ逃げたのかも不明だ。
そうなると方法は一つしかなかった。
「逃げるしかない」
三国志の魏の司馬懿も言っていた。戦うも守るもできないなら、逃げるしかないと。それすら出来ないのであれば降るか死ぬかだと。
死ぬのは御免の索超は先人の金言に従い逃げることにした。
しかし問題はまだある。
「あいつら、だな」
チラリと索超は未だに眠りこけている部下たちに視線をやる。
このまま自分が逃げ出したとしたら、根性なしの部下たちは責任逃れのために自分を賊の内通者に仕立て上げ、全責任を押し付けることだろう。
ならば一緒に逃げるか?
論外である。索超はこんな根性なし共と生死を共にする気などさらさらなかった。
「…………」
護身用の剣に視線を落とす。兵士たちは未だに痺れ薬の影響で、目覚める気配はない。
「そういえば、殺されたって動くもんかと一丁前に言っておったな」
索超は部下に有言実行させてやることにした。
元々不甲斐ない部下たちに苛立ちを覚えていた索超は、鬱憤を晴らすように気絶した兵士たちを次々に殺していく。
「おっと。全員同じ武器で殺されていると怪しまれるな。なるべく別の方法で、殺さなければな」
索超は剣を鞘へ納める。そして手近にあった石で撲殺、拳で頭を潰すなど様々な方法で19人の部下を全員皆殺しにした。
もう自分が強奪犯の内通者であると証言する者は何処にもいない。あとは比較的自分と背格好の似た兵士の身包みをはがして、かわりに自分の着ていた服を着させる。そしてその兵士の頭を潰してから、死体を滅多切りに損壊させることで、死体から身元の判別を分かりにくくする。
これで完璧だ。誰の目にも自分含めた輸送隊は、盗賊に皆殺しにされたと思うだろう。
死体が19人分しかないが、無関係な人間を連れてきて殺すわけにもいかないので止むを得ない。賊に奴隷として連れ去られたとでも推理されることを願うだけだ。
「あ、そうだ」
索超は近くにあった木に血文字で『生辰綱10万貫悉く徴収せり 梁山泊』と書いておいた。
こうしておけば捜査の目もそっちへゆくことだろう。
全ての偽装工作を終えた索超は、誰かに見つかる前にさっさと逃亡した。
10万貫の生辰綱が悉く強奪されたという報は、惨劇の場を目撃した旅人によって北京大名府へ知れ渡った。
報告を聞いた梁中書は抱いていた女を突き飛ばして激昂する。
「奪われた……奪われただと!? 輸送の指揮をしていた索超はなにをしていた!!」
「鉄棒みたいな鈍器でやられたのか顔面を潰されて死んでましたよ。きっと百人近い賊に一斉に襲われたんでしょうね。ご丁寧に梁山泊の奴等……。犯行声明まで残していっていました」
「おのれ梁山泊め!」
聞達から全ての報告を終えた梁中書は、梁山泊に対して怒りを露わにする。
旅人や聞達までもが頭から梁山泊が犯人であると疑いを持っていなかったために、梁中書もそれを疑うことはなかった。
一方で困惑したのは公孫勝である。
何食わぬ顔で北京大名府へ戻った公孫勝は逸早く報告を聞いたのだが、その報告が自分たちの犯行とまったく違っていたのだ。困惑しないほうがどうかしている。
真相を究明したかったが公孫勝の立場で露骨な動きを見せるのは、自分が犯人であると匂わせるようなもの。
仕方ないので晁蓋と呉用に密かに連絡をとりつつ、対応を決めることにした。
が、公孫勝は意外なほど早く真相を知ることになった。
『うちの清のところに最近新しく食客が加わりました。張索と名乗っているのですが、外見の特徴や武勇から察するに……生辰綱強奪事件で死んだとされる索超殿なのではないかと』
東京開封府から届いた宋江の手紙である。
索超が生きていて、宋家村で食客になった。それだけ知れれば公孫勝の頭脳はあっさり真相に辿り着いた。
要するに索超が生き延びるためにやった偽装工作だったのだろう。
真相が分かったことで公孫勝はほっと胸を撫で下ろした。




