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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第29話  呉用、うっかりする

 晁蓋たち天道地進一党は念には念を入れて、倒れている兵たちを確認する。

 索超含め全員が酒に混ぜた痺れ薬にやられ意識を失っていた。

 計画が完璧に成功したことで呉用はほっと胸を撫で下ろす。知恵者と評判の呉用であるが、10万貫強奪なんて大事をやったのは初めてである。特に自分を頼りにする阮兄弟には見せまいとしていたが、少なくない緊張があったのだ。


「やりましたね晁蓋殿。上手くいきました」


 簡潔だが万感の思いを込めて呉用が言った。晁蓋は黙って背中をポンポンと叩いてやる。呉用が少しだけ微笑んだ。


「万が一にも看破された場合は、あの急先鋒相手に大立ち回りを覚悟していたがな。こうして平和裏に事が済んでなによりだ」


 公孫勝が倒れる索超を見下ろしながら言う。

 索超は一番多くの酒を飲んだ。それはつまり一番多くの痺れ薬を摂取したということである。なのに意識を手放したのは一番遅かった。

 気力体力が並外れている証拠だ。もしも交戦となっていたら、犠牲者が出た可能性は大いにある。


「おいおい、そんなことよりさっさと10万貫を運んじまおうぜ」


 劉唐が「こんな大金見たこともねぇよ」と飛び跳ねながらはしゃぐ。

 それを見ながら阮小二が疑問を口にした。


「なぁ先生。思ったんだけどよ、この奪った10万貫をどうやって運ぶんだ? とんでもねえ重さだぞ」


 索超含め生辰綱輸送に当たっていたのは合計20人。うち索超は一人で1.5倍の荷物を運んでいたので、20.5人分の荷物だ。

 対して天道地進の一党は合計8人。普通に考えたら持ち帰るだけでも無茶な量であった。

 阮兄弟や劉唐、それに白勝の期待に満ちた視線が呉用に集まる。呉用ならばきっとそのことを考えて策を練ったに違いないという信頼があったからだ。


「しまった! そのことを失念していた!」


 期待していた全員がずっこけた。


「お、おいぃぃいい! 現代の諸葛孔明がなにしてんだよぉ! 持ちきれない分は置いてけってのか!?」


「すまん、ついうっかり」


 劉唐が頭を抱えた。仮に八人分だけ持ち帰り、残りは置いて行ったとしたら6万貫を置き去りにすることになる。

 4万貫でも大金であるが、6万貫という額は捨てるには惜しすぎた。

 しかしここで救世主が現れる。晁蓋だった。


「案ずるな劉唐。俺の渾名を忘れたか?」


「渾名……ハッ! そういうことか!」


 まだ晁蓋が保正になったばかりの頃、運城県一帯では妖怪が出没するようになった。

 そこで東渓村の隣の村は魔除けの宝塔を建てこれを退けたのだが、ここで問題が発生した。隣村に妖怪が出没しなくなったせいで、東渓村に妖怪の出没が集中することになったのだ。

 晁蓋は当然文句を言ったが隣村はこれを無視。激怒した晁蓋は単身隣村へ乗り込むと、宝塔を強奪して一人で担いで持ち帰ってしまったのである。

 挙句の果てには東渓村に集まっていた妖怪を、宝塔を振り回すことで撃滅してしまい、これには東渓村のみならず隣村の住人までが平伏すばかりだった。

 このことから晁蓋は軍神になぞらえて托塔天王と称えられるようになったのだ。


「晁蓋殿なら常人の三倍の荷物だって背負える! いや三倍とはいわず五倍くらい背負っても大丈夫そうだな!」


 興奮する阮小七に晁蓋は口端を釣り上げる。


「五倍? 俺のもう一つの渾名を忘れたか? 十一人力だ。こんな荷物、11倍は背負ってやろう」


「托塔天王・晁蓋の腕力は十一人力。まさか言葉通りの意味とは恐れ入った」


 公孫勝が戦慄する。道士の中には物体を軽くする秘術を使い、巨岩だって持ち上げる者はいる。けれど晁蓋のそれは術という外法を用いたものではなく、純然たる腕力だ。物が違う。

 有言実行。晁蓋は十一人分の荷物を一纏めにすると「ふんっ」と気合を入れて背負ってしまう。


「凄ぇ……」


「人間じゃない」


 阮小二は純粋に尊敬で目を輝かせ、凡人の白勝は尊敬を通り越してドン引きしていた。

 晁蓋が11人分を背負ったので残るは9人分。これなら7人で分割して全て持ち帰ることは十分可能だった。




 無事に生辰綱を晁蓋の屋敷まで持ち帰った一党は、早速分け前について話し合いを始めた。

 最初に発言したのは晁蓋である。


「奪った10万貫であるが、金が欲しいもので山分けだ。元々は民のものだから、民に返すべきかとも思ったがな。10万貫を公平に民に分配する方法など見当もつかんからな」


 それに余り派手に金をばら撒いたりなどすれば、自分たちが犯人であると梁中書に教えてやるようなものである。そういう意味でもこれは論外であった。

 次に発言したのは計画の言い出しっぺの劉唐。


「俺はもちろん金が欲しいぜ! っていうか金が欲しいから晁蓋の旦那に話を持ち掛けたんだしな! お前たちはどうだい?」


 劉唐が欲の皮が張った視線を周りへ向ける。


「俺はいらん。十分に蓄えはあるしな」


 とは晁蓋。


「俺もいらねえ。俺は梁中書の野郎が許せなかったのと、晁蓋殿たちのためにやっただけだからな」


 とは阮小二。


「俺も別にいらん」


 とは公孫勝。


「俺達が動いたのは兄者と同じ。漆黒の炎に胸を焼かれたからだ。断じて山吹色の輝きなどに心を奪われたからではない」


 とは阮小五。


「母さんを殺した男の賄賂など、頼まれてもいるもんか!」


 とは阮小七。


「私もいらん。理由はだいたい皆が言ったのと同じだな」


 とは呉用である。


「この空気じゃちょっと言いづらいんですけど、僕はちょっと分け前を貰えたらなって。博打のツケとかも溜まってるんで」


 最後に白勝が気まずそうに手をあげた。


「別に無理していらんと言い張る必要はないぞ。どう取り繕おうと生きるために金が必要なのは当たり前のことだ」


 晁蓋がそうフォローすると、白勝は安心したようだった。

 八人中六人が分け前不要なので10万貫は劉唐と白勝の二人で半分ずつ山分け……ということになる直前、呉用が待ったをかけた。


「いくらなんでも10万貫の大金を二人だけで山分けというのは、色んな意味で不味いだろう。

 ここは劉唐と白勝に1万貫ずつ分けて、残りの8万貫は有事のために隠すというのはどうだ?」


 呉用の意見に分け前を不要とした全員が賛成した

 白勝も5万貫もの大金は身に余ると思ったのか了承したし、劉唐も渋々と頷く。劉唐にしてみても元々10万貫は八人で分割するつもりであったし、ここで強硬に反対して晁蓋を敵に回すほうがずっと不利益だと弁えていたのだ。

 こうして生辰綱10万貫は、天道地進の党により悉くが強奪されたのである。


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