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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第28話  索超、苛立つ

 索超の気分はすこぶる悪かった。

 汚泥の如き政治事に関わりたくないから距離を置いてきて、戦働きでしか期待されないよう振舞ってきたというのに、生辰綱の運搬なんて仕事を押し付けられてしまったからである。楊志のことは嫌いではなかったしクビにされたことを同情もしているが、少しだけ文句を言いたい気分だった。

 けれど一度引き受けた任務を放り出すこともできないし、適当にわざと失敗するなど論外だ。この上はそつなく任務をこなして、開封府で上手い酒でも飲もう。索超は都の酒の味を想像しながら不満を奥に封印した。

 翌日。索超は自分の部下となる兵達の前に立つ。兵達は全員が軍装ではなく行商人の格好をしていた。それは索超も同じで、隠せるものではない図体を除けば、誰がどう見てもそこいらの行商人のオヤジだった。

 前に開封府へ生辰綱を輸送した時は、物々しい護衛をつけたばかりに悪目立ちしてしまい、まんまに盗賊の罠にはまって積荷を全て奪われてしまった。だからこそ今回は隠密作戦でゆくことにしたのだろう。行商人の服を着ていても怪しまれないよう、筋肉隆々の精鋭ではなくひょろりとした兵士ばかりなのもそのためである。


(……大丈夫なのか、こいつらで?)


 梁中書の意図は分かる。分かるのだが、それにしても体が細すぎる者ばかりだ。行商人に擬態させることを優先する余り、梁中書は生辰綱がとんでもない重量の『大荷物』であることを失念しているのかもしれない。

 もしもこの兵隊が『将』としての自分の部下に配属されてきたならば、根性叩きなおす以前に除隊を進めるところだ。

 だがこの土壇場になって作戦変更なんてできるはずもないし、そうすれば楊志の二の舞は避けられないだろう。例え部下が貧弱だろうとやるしかないのだ。

 一抹の不安を抱きつつ、索超率いる生辰綱輸送隊は北京大名府を出発して、


「ええぃ! この根性なしめ!」


 直ぐに索超の懸念が現実のものとなった。

 夏の炎天下に10万貫の大荷物を背負っての行軍、限界は索超の予想以上に早かったといえる。これまでの道中に休憩すること度々。回数は数えていないが二十以上。飲み水はとっくに尽きて、歩くペースも亀のように呪い。


「索超様ぁ……この暑さじゃもう無理ですよ。休みましょう」


「休憩ならさっきとったばかりだろう! いいから進め!!」


 余りにも不甲斐ない部下に索超は怒鳴った。

 索超自身、他の兵士の五割増しの荷物を背負って、自分の分の飲み水も兵達に分け与えてやったせいで喉はカラカラ。だというのにこんな弱音を吐かれれば、よっぽど人間のできた聖者でない限り怒りたくもなる。


「そ、そんな……。でも俺達もう足が棒みたいで」


「喧しい! お前たちは兵士だろうが! 行商人はこの程度で泣き言を言ったりせんぞ! 兵士のお前達がそんなんでどうするというのだ! しゃきっとせんか!」


 烈火の如く説教すると部下達は渋々歩き出す。しかし歩いた距離も渋かった。どうにか黄泥岡という地まで進むと、体力に加えて根性までが平均以下の部下達は直ぐにへばりだす。

 部下達はその場でへなへなと座り込み始めた。


「もうこれ以上は無理だ! 歩けない!」


「例え鞭でうたれようと、殺されたって動くもんか!」


「ええぃ! ならば本当に一人か二人殺してやろうか!!」


 この醜態に索超はキレた。

 行商人の護身用という名目で下げている剣を抜くと、部下の鼻先に突きつける。


「お、脅したって無駄だ……へへっ……俺を殺したら……俺の分の荷物は……どうすんですかねぇ……」


「貴様ァ!」


 よし、殺そう。殺して見せしめにしよう。怒鳴りながら索超の頭は極めて冷静にそう判断した。


「まぁ落ち着け。そこのデカいの。この猛暑だ、彼等がへばるのも無理はなかろう」


 だが背後からかかった声に、振り上げようとした手を止める。

 振り返ると日影になっている場所に座り込む七人の男達がいた。索超に声をかけてきたのは、七人の中で一番図体のデカい男だ。

 自分より体の大きい男を見たことのなかった索超は、少しだけ驚く。


「貴様等は誰だ? まさか盗賊ではないだろうな」


 盗賊という言葉に反応したのは、奥にいる怪我もしてないのに左腕に包帯を巻いて、眼帯をつけた痛々しい男だった。


「盗賊だと? 俺達をそんな矮小な雑種共と一緒にするな。聞いて恐れるがいい。俺達は――――」


 痛々しい男は、隣にいた顔立ちの似た男に殴り飛ばされ強制的に沈黙した。


「こいつの言うことは気にしねえでくれ。この暑さで持病が悪化してるだけだから」


「俺達は棗売りの行商人だよ。アンタたちの同業者だな」


「この暑さに飲み水もすぐになくなっちまったから、日陰で休憩してんのさ」


 手をうちわにして仰ぎながら行商人達が言う。

 念のために積荷を確認させてもらうと、本当に棗しかない。武器の類も護身用という剣が一本しかなかった。これでまったく武器を所持していなかったら逆に怪しいが、取りあえず一本だけ念のためというのがそれらしかった。


「そうだ。そちらは飲み水などは余っていないか? 金は出すから分けてくれればありがたいのだが」


 行商人のリーダー格であろう巨漢が、すっからかんになった飲み水の袋を見せる。


「すまんがこっちも飲み水はとっくに尽きた。すまんが分けてやることはできん」


「そうか。まあこの炎天下では仕方がないか」


「へへ。落胆するには早いぜ旦那」


 無精髭を生やした行商人が指を差した。

 索超も釣られてその方向を見ると、天秤棒に二つの桶をぶら下げた平凡な顔立ちの酒売りが鼻歌を歌いながら歩いてくるところだった。


「おおっ! 良い所に来たぞ酒売り! その酒、桶ごと買おう!」


 巨漢の行商人が満面の笑みを浮かべながら酒売りを呼び止めた。


「すみません。これは麓の村で売るために運んでいるんでちょっと……」


「そう言われても俺達もこの暑さに救いの酒を逃すことはできんのでな。相場の倍額払おう! これならどうだ?」


「倍ですか! それならいいですよ! じゃんじゃん飲んでください!」


 現金なもので酒売りはあっさりと了承すると、天秤棒にぶら下げた桶の一つを行商人たちに差し出した。

 この炎天下で疲弊していたこともあるのだろう。行商人達は狂喜して酒に飛びついて、我先にと喉を潤していった。

 ごくり、と唾を呑み込む音がする。索超の部下達だ。


「さ、索超様。俺達も買いましょうよ! お金なら俺達で払いますから」


 やはりというべきか部下達を代表して副官の男が進言する。


「駄目だ! 旅人が勧められた痺れ薬入りの水や酒を飲んで、追剥される事件が多発しているのを知らんのか! 酒は麓の街についてから飲め!」


 この発言に部下達より先に酒売りが怒った。


「なっ! 失礼なこと言わないでくださいよ! 痺れ薬なんかいれるわけないでしょう!」


「そう言うな酒売り。最近は盗賊も増えて物騒であるしな。神経質になるのも仕方がない」


 それにしてもこの酒は実に美味だ、と言いながら巨漢の行商人が酒売りを宥める。

 料理の最高の調味料は空腹とはよくいうが、酒の場合は炎天下らしい。行商人たちはこのまま天に昇っていきそうな至福の表情で酒を飲んでいた。

 桶の中の酒を全て飲み尽くすのにそう時間はかからなかった。しかし欲深な行商人の一人が、酒売りの目を盗んで、手付かずのもう一つの桶から椀で酒をよそう。


「ちょっと! そっちは売った覚えはありませんよ!」


 欲深な行商人が一口だけ飲む。索超は飲んだ行商人を凝視する。なにも起こらない。


「おいやめろ馬鹿野郎! すまねぇな、うちの若い者が」


 欲深な行商人を、さっき痛々しい男を殴りつけた男がぶん殴って椀を奪い取る。どうやら彼は行商人の中でも説教役らしい。

 そして椀を酒売りに返しながら一杯分の駄賃を渡しながら謝罪する。酒売りもお金を貰い引き下がると、椀に残った酒を桶に戻した。


「索超様。みんな普通に飲んでますが痺れたりしてないですよ」


「まぁこのままでは仕事にならんし止むを得んな。金はワシが出そう。飲め!」


「え、いやなにを勝手に。僕は酒を売るなんて……」


「三倍出そう。それでも嫌か?」


「いえいえ。ありがとうございます、どうぞどうぞ!」


 またしても酒売りは金の前に屈服して、桶を差し出した。

 この様子ならさっきの行商人と同じ二倍の額でも問題はなかっただろうが、索超は北京大名府の軍人だ。つまらないと余人は思うだろうが、少なからずプライドがある。そのへんの行商人に気前の良さで負けたくはなかった。

 部下達は次々に桶に殺到し、酒を流し込んでいく。それを眺める索超に、巨漢の行商人が声をかけてきた。


「おい。索超とか呼ばれておったか? お前はいいのか?」


 もしも索超が万全であれば、巨漢の男の瞳にある緊張を見逃しはしなかっただろう。

 しかしまったくの飲まず食わずで大荷物を背負ってきた索超は、部下達には見せないだけでかなり疲弊していた。その疲れが索超の目を曇らせる。


「はは、もちろん飲むぞ! 仕事中だから我慢していたがワシも喉がからっからだったからな!!」


 誰より疲れきっていた索超は、誰よりも多くの酒を飲んだ。そして全身に痺れが回った時、索超は漸く自分の失態を悟る。


「うっ……し、痺れ薬……だと?」


 次々に倒れていく部下達。索超は根性で耐えるが、飲んだ酒の量が多すぎた。

 もはや立っていることもままならず倒れこみ、最後の力を振り絞って犯人である行商人を見上げる。


「すまないな索超殿。酒売りが椀の中身を桶に戻しただろう。痺れ薬はあの時に入れたのだよ」


 書生風の男の一言を最後に、索超の意識は急速に落ちていく。

 盗賊共め。最後にそれだけ負け惜しみをして、索超は意識を手放した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 流石智多星呉用、こんな大勢の前で妙な発言をする中二病な盗賊なんぞいる筈がないと思わせるつもり……でもなさそうですねw
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