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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第27話  楊志、諫言する

 高球の一生に一度くらいのド正論により、就職活動に失敗した楊志は、宋江の勧め通り北京大名府に来て、再就職に成功していた。

 北京大名府は北の遼国に程近く、富も多く集まる、軍事・政治・経済の全てにおいて重要な場所である。そんな場所の長官を任せられる梁中書は人格はともかく優秀で、有能な人材集めに余念がない。これまた人格はともかく能力は高い楊志を、梁中書が拾い上げるのは当然のことであったかもしれなかった。

 昼時。呼び出された楊志は、梁中書の執務室に来る。


「楊志、参上したでござる」


「きたか、入れ」


 暗い酷薄そうな瞳に、高い知性を感じさせる顔立ち。梁中書はどっしりと座りながら楊志を出迎えた。

 梁中書の傍には屈強な体躯をもつ武人がいる。梁中書の右腕とも呼ばれる大刀・聞達だ。梁中書に対して鉄の忠誠心をもつ、楊志にとってもそれなりには手強そうと感じる相手である。


「何用でござろうか、長官」


「任務をやる」


 余計な前置きは不要だと、梁中書はいきなり本題を簡潔に切り出した。


「10万貫の生辰綱を開封府の義父上の下へ送り届けろ」


「10万貫!? それはまた大金でござるな……」


 わざとらしく驚いたふりをする楊志。

 楊志も楊業の末裔で、方々に顔が利く男だ。梁中書が莫大な生辰綱を、義父である宰相・蔡京に送ろうとしているという話くらいは聞き及んでいた。しかし敢えてそのことを話して警戒されることもない。


「額が額なだけにも盗賊に襲われて奪われる……なんてことは万が一にもあってはならんからな。楊無敵の子孫で無双の達人と評判のお前に運搬を任せることにした。

 この任務が成功すればお前も義父上との面識を得られるし、悪い話じゃないだろう」


「…………そうでござるなぁ」


 梁中書の言う通りだ。

 宰相・蔡京は宋王朝の政の頂点に立つ大物中の大物。皇帝からの寵愛では高球が勝るが、それ以外の全てで蔡京は高球以上だ。

 もしも任務を成功させて蔡京からの覚えが良くなれば、中央に元の地位以上で返り咲くことだってできるだろう。

 しかし問題もある。単純に世間体が悪いのだ。

 生辰綱などと恰好をつけているが、これがただの賄賂なのは誰の目にも明らか。ならばそれを運搬して蔡京に気に入られてしまえば、楊志もその仲間入りをすることになってしまう。先祖の名にも傷がつくだろう。


(むむむ。どうにか拙者の世間体を悪くせず、任務を引き受け、蔡京に気に入られるよう立ち回る……そんな方法はないものか)


 楊志は自分に都合のいい展開に導くため、思考を巡らせる。

 時間にしては数秒ほどだっただろう。楊志の脳裏に閃きがあった。


「梁中書殿!!」


「な、なんだ? いきなり大声を出して」


「この10万貫は民の血税で蓄えたものでござろう! それを私的な賄賂に使うというのは如何なものでござろうか?

 どうかこの金を困窮している民に分け与え、政治を良くしてくだされ! それでこそ宰相殿の覚えも真に良くなるというものでござるよ!」


 まるで漢の袁盎の如く苛烈に直言をぶつける楊志。もちろん本気ではない。


(言ってやったでござる! 腐敗に一言物申す拙者かっこいいでござる! あとは『五月蠅い! いいとかやれといったらやれ!』という長官の命令を渋々聞けば、ちょっとした悲劇の武官っぽくなってかっこいいでござるよ!)


 これで運搬の仕事を見事完遂しても、周囲は無理やり汚れ仕事を押し付けられただけだと同情的に見てくれるだろう。諫言により梁中書の好感度が多少下がるのは仕方ないが、任務さえ完璧にこなせば挽回は容易い。我ながら完璧な作戦だ、と楊志は自画自賛で小躍りしたいくらいだった。


「……楊志」


 だがご機嫌な要素とは反対に、梁中書は顔をしかめてわなわなと肩を震わせた。

 漸く楊志が梁中書の様子に己のミスに気付くが、時はすでに遅し。


「就職できずに困っていたお前を取り立ててやった俺に対して意見するとは恩知らずめ! さてはまた任務に失敗するかもと臆病風に吹かれたな!」


「え!? いや拙者にそういうつもりは毛頭……」


「やかましい! 貴様のような口だけで仕事しない男など牢獄に叩き込んでやる! 兵士共、こいつを監獄に連れて行け!」


 楊志は必死に媚びへつらい弁明しようとするが、それよりも早く兵士に周囲を取り囲まれる。

 これを切り伏せるのは容易いがそんな暴挙をすればいよいよ終わりなので、楊志は仕方なく従うことにした。

 そして執務室には梁中書と聞達の二人が残される。


「長官。楊志はどうされるんです? まさか諫言した罪で処分というわけにもいかないでしょう。あんなんでも一応は宋王朝開闢以来の名門出身者ですし」


「この前、賄賂をもらったから揉み消してやった公金横領があっただろう。それを楊志の罪ということにして、クビにしてしまおう」


 梁中書にとって自分に逆らった楊志は、どうでもいい存在だった。興味なさげに吐き捨てる。


「分かりました。で、楊志はそれでいいとして奴にかわる運搬役は誰にするんです?」


「楊志の代役ができる者はこの北京といえど一人しかいない。奴と試合で互角に戦ってみせた豪傑……急先鋒・索超だ」


 索超の名前を聞いた聞達が厳しい顔になる。


「官。あんまり言いたかありませんが索超は腕っぷしはあっても猪ですよ。戦で突撃させるのにあいつ以上の奴は中々いませんが、生辰綱運搬なんて任務ができますかね」


「かといって奴以上の猛者はいないだろう。お前や李成は俺の右腕左腕だから動かせんしな。いいから索超を呼べ」


 聞達もこれ以上反対すれば楊志の二の舞になるかもしれない恐れがあったので、素直に従い索超を呼んできた。


「お呼びですか、梁長官! 急先鋒・索超参りました!!」


 現れたのは常人の二倍の体積を持つのではないかと思わせる、熊のような巨漢だった。

 顔や手の甲など肌が見える場所には、幾つもの戦疵。どれもこれも戦で先鋒を買って出て、果敢な突撃をした勲章だった。


「デカい顔でデカい声を出すな、喧しい」


「はっ、申し訳ありません」


「お前にはクビになった楊志のかわりに生辰綱の運搬をやってもらう。必ず送り届けろよ」


「生辰綱ですか……」


「不満か?」


「いえ、それが長官のご命令であれば粉骨砕身! 全力で任務に当たる所存です!」


 力強く言う索超だが、どことなく空虚だった。命令だからただ従うだけという心が透けて見えるようである。

 所詮は戦しか能のない猪か、と梁中書は索超の評価を下げた。



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