第20話 劉唐、儲け話に誘う
自分の屋敷に入り、朱仝と雷横の目がないことを確認すると、晁蓋はつまらない演技を止めた。
勝手に自分の甥を名乗った不審者を解放すると、服を放り渡す。見苦しい全裸の男と話す趣味はない。
「いやぁ。そっちが上手い具合に話を合わせてくれて助かったぜ! ありがとうな晁蓋伯父上!」
「伯父上はやめぬか。これまで俺は様々な人間を見てきたが、貴様ほど堂々と嘘を吐く者は初めてだぞ」
「そういう晁蓋殿こそ中々の名役者っぷりだったぜ! あの役人二人、完全に騙されてたからな!」
役人相手に一杯食わせてやった劉唐は機嫌が良さそうであった。
無頼漢は権力に対して反骨的なものである。権力に従順な無頼漢がいないわけでもないが、少数派だ。劉唐は多数派なのだろう。
「ところで自分で言うのもあれだが、よく俺みたいな見ず知らずの怪しい男を助けてくれたね。理由を聞いてもいいかい?」
「お前の堂々たる嘘に感心したというのが一つ。もう一つはお前自身が持っているのではないか?」
「へぇ」
「俺は人相見の真似事くらいはできる。貴様、ただ役人に引っ張っていかれるのが嫌で、その場しのぎで俺を頼ったのではあるまい。
最初からこの俺に会うことを目的に、この東渓村にきたのだろう? あの時、嘘をついたお前には俺がそれに乗るという確信めいたものがあった。俺の性格を予め調べていたのではないか?」
「こっちの腹はお見通しみてぇだな。こりゃ話が早ぇ。実は上手い儲け話があるんだがのらねえかい? 一人じゃ難しいヤマだが、俺と晁蓋の旦那が組めば必ず成功するはずさ」
役人に連行されることを強く拒絶したことといい、明らかに真っ当ではない儲け話だった。
そもそも楽して安全に大儲けなんて都合のいいものは存在しない。大きく儲けるには相応の危険を覚悟しなければならないものだ。
晁蓋は保正である。名声は宋江や柴進と並ぶほどだし、財産の蓄えも十分だ。一生を安楽に生きるには十分だろう。危険を犯して劉唐の誘いにのる必要はない。
しかしそれは自己の安寧のみで良しとする小人の理屈である。この圧制と混乱の世にあって、閉塞した思いをもつ晁蓋には、劉唐の誘いは興味がそそられるものだった。
「……面白い。続きを言ってみろ」
「北京大名府の梁中書が義父の蔡京に誕生祝の生辰網を贈るって話を掴んでな。その額、実に10万貫!」
途方もない大金であった。
生辰網などと格好つけておるが、要するに娘婿が賄賂を贈ろうとしているのだ。それもその金は自分の懐から出したものではなく、民の血税であろう。
「読めたぞ、劉唐。さては貴様」
「北京大名府の長官ともあろうお人が堂々と賄賂だなんて許せねえよなぁ。そういう不義の金は、俺たちで有効活用してやったほうが世のためじゃねえかい」
「回りくどいぞ。要するにその10万貫を俺たちでかっぱらおうという話であろう」
「おうよ! どうだい? いい考えだと思わねえか?」
「無謀だな。10万貫の移送ともなれば、長官も信頼のおける兵士と腕利きに仕事を任せるだろう。俺達二人だけで強奪するのは不可能だ。確実に失敗する」
「見損なった……とは言わねえよ。二人だけなら無理ってことは、もっと人手があれば成功するってことだろ」
「ほう。この俺に目をつけたことといい、やはりただの浪人ではなさそうだ。その通り。このヤマは我等だけでは人手不足。もう一人加えたい人材がいる」
晁蓋は常人の11倍の怪力の持ち主だ。その気になれば精鋭100人くらいは薙ぎ倒せる。
だから必要なのは武力よりも知力。古の大軍師・諸葛孔明に匹敵する知恵者だ。
諸葛孔明に匹敵する知者などそうほいほいいるものではないが、幸いにして晁蓋には心当たりがあった。
「名前を聞いても?」
「智多星・呉用」
三顧の礼以前の孔明の如く、今は隠棲して晴耕雨読の日々を送っている学者の名を告げる。
孔明と同じなのはそれだけではない。あの男は伏竜だ。今は地に臥せているが、天高く飛翔する時を待っている。そしてあの男を惰眠から叩き起こせるのは自分だけだという確信が晁蓋にはあった。
「俺の腕力にあいつの知恵が加われば、10万貫強奪の大事もなせよう」
「そりゃ凄ぇや! 早速その呉用だか無用だかの先生のところに行こうじゃねえか!」
「無用はやめてやれ……」
呉用と無用。読みは同じウーヨンであった。




