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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第18話  楊志、強盗する

 再就職に失敗した楊志は深刻な危機に瀕していた。金欠である。

 宋清から貰った8000貫も、それまでに稼いだ金も全て就職活動という名の賄賂に費やしてしまった楊志。再就職に失敗したからといって方々に送った賄賂は戻ってこない。

 宿代も今日で尽きる。このままだと明日以降は乞食に転落だ。

 それを回避するためにも金を稼ぐしかないのだが、楊志は武官と賞金稼ぎしかしたことがない。武官への道は途絶えたばかりだし、流石に都近くに賞金首はいないだろう。

 楊志は腰にある剣を見る。

 吹毛剣。髪の毛を剣に吹きかければ、それだけで髪の毛が切れることからそう名付けられた、楊家に代々伝わる宝剣である。達人である楊志が振るえば鉄すら容易く両断することができた。

 楊志は決断した。生きるためには仕方がない。この吹毛剣で――――


「そうだ! 強盗するでござる!」


 強盗を決断した。

 きっと冥界で先祖の楊業は嘆いているだろう。まだ質屋に出すだとか、他人に売りさばくほうがましだと叫んでいるはずだ。

 しかし楊志はご先祖の草葉の陰の嘆き声はスルーして、強盗するにベストな家を物色し始める。


「やはり狙うなら貧乏人より金持ちがいいでござるな。都で金持ちといえば官僚……いっそ拙者の再就職を邪魔してくれやがった高球をぶっ殺してやろうか。

 うーん、しかし高球は屋敷にとんでもない数の警備兵を置いているそうでござるし、事が済んで逃げることも考えれば厳しいか。むむむ……」


「――――なにやら強盗だの物騒な話が聞こえてきましたが、まさかやるつもりではないでしょうね?」


「むっ。誰でござるか?」


 背後から声をかけられた楊志は、反射的に剣に手を伸ばす。

 そこにいたのは浅黒い肌をした小柄な男だった。背丈はともかく腕はいいだろう。殺気がないといえど、腕のない男に背後をとられるほど鈍っていない。

 口封じに殺すにしても、少し手間取りそうだと思った。


「私は官僚の宋江というものです。腰に下げた吹毛剣に青痣……貴方が青面獣・楊志殿ですね。弟の清から話は聞いてますよ」


「おおっ! 宋清殿の兄上でござったか。その節は世話になったでござる」


 楊志は剣の柄から手を離した。

 もし彼が楊志のことを密告する気だったとしても、相手が恩人の兄であれば殺すことはできない。


「いえいえ。清も楊志殿の腕を手紙の中でよく称えていましたよ。で、強盗というのはなんのことです?」


「いやぁ。全財産を賄賂につぎ込んじまったので、強盗するような凶悪な賞金稼ぎを斬って金を稼ごうと思ってたでござるよ。拙者が強盗なんて真似するはずがないでござろう。楊業様の末裔なんでござるよ」


 楊志はすっとぼけた。宋江もなんとなく楊志の心中は把握していたようだったが、それ以上突っ込むことはなかった。


「そうだ。再就職に失敗したなら北京に行けばどうです? 北京の長官の梁中書は佞臣ではありますが、人を見る目はあると評判の男です。彼ならば再就職の手配をしてくれるかもしれませんよ」


「本当でござるか!」


 宋江の提案に飛びつく楊志。なにも楊志も好きで強盗しようとしたわけではない。強盗せず再就職する道があるなら、そちらに飛びつくのは当然のことであった。


「しかし高球によって再就職の道を断たれた拙者を登用するのは、高球に目をつけられる行為なのではござらぬか?

 果たして梁中書とかいう男は、そうしてまで拙者を雇ってくれるでござろうか?」


「心配いりません。高球は確かに高位にありますが、彼をもってしても迂闊に敵を回せない者はいます。

 例えば宿元景。彼は皇帝になる以前から陛下の信頼を得ていた腹心中の腹心。直言家であるせいで鬱陶しがられてはいますが、一方で絶対の信頼を得ているため、高球をもってしても彼を排除することができません。

 もう一人が宋国宰相の蔡京。彼は現皇帝である陛下を含め三代に仕えてきた古狸です」


「蔡京殿になら拙者も何度か会ったことがあるでござる。誰にでもいい顔をする人でござった」


「そしてここが大事なのですが、梁中書は宰相の蔡京の娘婿なのですよ」


「成程。それなら高球の圧力などはどうってことないでござるな」


 高球が持ちうる権力のすべてを費やして圧力をかければ別かもしれないが、良くも悪くも楊志は高球にとってそこまでする価値のある男ではない。

 梁中書に気に入りさえされれば、楊志の再就職は成功するだろう。そして金はなくても、楊志には能力はあった。


「まったく宋清殿に金を貰い、宋江殿には再就職先を紹介してもらい、まったく恩を受けっぱなしでござるな。返せる機会があれば絶対に恩は返すでござるよ」


「期待して待っていますよ」


 それから楊志は北京への旅費を宋江へ借りてから、開封府を出発した。

 楊志を見送る宋江に、黙って様子をうかがっていた王倫が話しかける。


「なぁ。良かったのか宋江。お前が勧めたことが知られれば、梁中書はともかくお前が高球に目をつけられるかもしれないぞ」


「構いませんよ。それに先日北京へ異動した公孫勝さんが気になることを言ってたのでね」


『北京の方角に北斗七星が落ちる予知夢を見た。俺の占いにも北京でなにかしらの出来事が起きて、俺もそれに関わると出ている。

 万が一の場合、俺は官僚でいられなくなって、野に下ることになるかもしれない。その時は頼んだぞ、宋江殿』


 人格はともかく能力は本物の公孫勝の占いだ。信用性は高い。

 楊志を北京へ送ったのは、宋江なりの友への援護射撃だった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 題名だけ見て楊志、おい本当にやったのかよとドキッとしましたが流石に良心、ではなく安全に稼げる方を優先しましたね。 青面獣という仇名の楊志ですがこの作品の彼はむしろ、他人の顔色を青くさせる男で…
[一言] 心根がそこらの悪党より邪悪で行動もひたすらバイオレンスなのに義理人情には厚くて憎めない ほんといいキャラしてますよね
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