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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第15話  林冲、打虎将と出会う

 宋江と別れた林冲は宋家村へ向かっていた。

 幸いまだ追手の影は見えないが、もしも追いつかれれば自分のみならず宋江たちにまで迷惑をかけてしまう。なので林冲は疲弊した体に鞭うって、歩くというより小走りで目的地へ急いでいた。

 だが、


「やべぇな。こりゃ道に迷ったか」


 宋江からはちゃんと宋家村への地図を渡されていた。しかし例え地図があろうと迷う時は迷うもの。土地勘がなければ猶更である。林冲は完全に道に迷ってしまっていた。

 困った林冲は地図を逆さにしたり、異なる方向から見たりするが特に効果はない。暫くあちこちを歩き回っていたら、遂に自分の現在地がさっぱり分からなくなっていた。


「既に俺はお尋ね者だし、あんまり人に接触したかねぇんだが、このまま彷徨ってても仕方ねえ。誰かに道を尋ねるか」


 意を決して待つこと暫し。道を通りかかる男がいた。人を選ぶ余裕などないので、林冲は迷わずその男に話しかける。


「おい、すまん。ちょっと道を尋ねてえんだが、いいか?」


「道だと?」


 男は立ち止まった。男にしては女みたいに長い髪であった。ただお洒落で伸ばしているのではなく、単に髪の毛を切るのが面倒なだけだろう。

 よくみれば彼も武芸者のようだった。自分の背丈よりも長い棒を背負って、体のほうもそれなりに引き締まっている。


「ふふふふ。道を尋ねる相手はよく選んだほうがいい。それとも俺が李忠と知って声をかけたのか?」


「いや、知らんが。有名人なのか?」


「ふんっ! 棒を振るわせれば三人がかりで襲ってきた山賊だって倒す豪傑! 人呼んで打虎将・李忠とは俺のことよ! どうだ恐れ入ったか!」


「打虎将ねぇ」


 虎を打つ将。つまりは虎をも倒す豪傑だと名乗っているのだろう。

 しかし禁軍で槍術師範をしていた林冲の目は誤魔化せない。発する気の量はせいぜいちょっと腕っぷしの強いヤクザ者程度。これでは老いた虎を殺すのだって厳しいだろう。

 よくいる渾名だけがデカい男だ。


「アンタが打虎将だろうとなんだろうと興味ねえよ。それより道を知ってるなら教えてくれや」


「俺を前に恐れる気配がないとは生意気な奴め。まあよかろう。だが無料でとはいかんぞ。駄賃がわりにお前のもってる見事な蛇矛でもいただ……蛇矛?」


 林冲の持つ蛇矛に視線を止めた李忠は、先ほどの増上慢がどこへやら顔を真っ青にした。汗もだらだらと流している。


「あ、あれ? どこかで見覚えがある顔にその蛇矛……。も、もしや手配書にあった元禁軍槍術師範! 豹子頭・林冲では!?」


「テメエ。まさか官軍の追手か賞金稼ぎか?」


 林冲が蛇矛を構えると、李忠は慌ててひれ伏した。


「め、滅相もない! 俺は膏薬売りや棒術を見世物にして、小金を稼いで生きているような武芸者崩れのチンピラだ! 豹子頭・林冲に勝てっこない! こ、殺さないでくれ! 無礼はこのとおり謝罪するから!」


 何度も頭を下げながら命乞いする様は、不覚にも哀れさすら覚えた。

 こんなのを相手に蛇矛を構えた自分が情けなくなった林冲は、武器を下ろす。


「殺しゃしねえよ。お前のどうしようもなさは分かったから道を……」


「そうだ! こうしてあの豹子頭と会えたのも運命の導き! 頼む! 俺をアンタの弟子にしてくれ!」


「……なんでそうなるんだよ?」


 どういう思考回路をしていたら、命乞いをしてすぐに弟子入り志願などできるのか。渾名だけが不相応にデカい小物かと思ったら、案外大物なのかもしれない。

 だからといって弟子入りを受け入れるかは別問題であるが。


「だいたい俺は指名手配中の賞金首だぞ。その弟子になるとか正気かテメエ」


「正気で本気だ! 俺は……このままケチな武芸者として野垂れ死ぬなんて御免だ! 俺だって男。生きているうちになにか一つくらいはデカいことを成し遂げたい!」


「デカいことしてぇなら、景陽岡ってとこに人食い虎がでるらしいぜ。その虎を退治すりゃ名前があがるんじゃねえか? 打虎将なんだろう」


「……俺だって馬鹿じゃない。自分にそんな大それたことをやる能力がないことなんて、最初から分かってる。

 アンタなら察していただろうが打虎将なんて強そうだから名乗ってるだけの虚仮脅しさ。きっと本物の虎を前にしたら竦み上がってしまうだろう。

 けどあの大悪党の高球に真正面から逆らったアンタほどの好漢の弟子になれば、こんな俺でもなにかになれるかもしれない……そう思うんだ!」


 馬鹿だな、と林冲は思った。

 しかしこういう馬鹿は嫌いではない――――そうも思った。

 李忠と名乗ったこの男。今の腕前は確かに全然だが、磨けば光る才能がないわけでもない。それに宋江の目的を思えば、腕っぷしの強い兵は一人でも多く必要だろう。


「いいだろう。一先ずお前を仮の弟子にしよう。だが泣き言を言うようなら直ぐに破門だぞ」


「……! もちろんだ! どんな厳しい修行だって、一人前の男になるためならば苦しくとも耐える! それで俺はなにをすればいい? 素振り一万回か?」


「いや先ずは道を教えろや」


 ちなみに李忠も宋家村の場所は知らなかった。

 振り出しである。


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