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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第13話  林冲、絶叫する

 約束された時間の約束された場所に林冲、魯智深、宋江、公孫勝はやってきた。もちろん縄で縛った高球の妻も一緒である。

 高球側からは陸謙が一人である。他に人影はないが、荷車には大きな布に包まれたなにかが積んであった。

 林冲は高球の使いとしてやってきたのが、自分の旧友であったことに驚く。だが陸謙は気まずげに目を逸らしたままだ。


「約束通り高球の妻はこの通り連れてきた。それで陸謙……俺の妻は、貞娘はどこにいる?」


 蛇矛を陸謙の鼻先へ向けて威嚇する。


「…………林冲。お前の、お前の妻は」


 そう言って陸謙は布に包まれた肉の塊を、宝物を扱うように林冲の前へ置いた。

 林冲は一瞬怪訝な目をした後、徐々に顔面を蒼白にしていく。そして額に血管を浮かび上がらせながら、陸謙の胸倉を掴み上げた。


「陸謙! おい陸謙ッ!!」


「…………」


「まさかテメエはそれが俺の女の成れの果てだなんて言うつもりじゃねえだろうな! 答えろ陸謙!!」


「そうだ……っ!」


 どうか違ってくれ。そう願いながら放たれた叫びは、袖にされた。

 陸謙は悔恨と絶望と羞恥がぐちゃぐちゃに混ざった顔で悲鳴をあげる。


「これが私が友情ではなくつまらぬ出世欲を選んでしまった結果だ! 彼女は高球により禁制の薬物を呑まされ」


「黙れッ!」


 林冲が陸謙の顔面を殴りつける。だが頬を膨れ上がらせても陸謙の口は止まらない。


「一晩中凌辱に次ぐ凌辱を受け――――」


「黙れってのが聞こえねえのか!」


 もう一度、林冲が顔面を殴りつける。口は止まらない。


「死ぬほどの苦痛を味わいながら、心は折れず! お前に会いたい一心で、地獄を生き延びたッ!!」


「――――!」


 もう一度殴りつけようとした林冲の拳が止まる。

 それに反応するように、布に覆われた肉の塊がかすかに動いた。


「……生きている……『まだ』生きているんだ……早く、会って話して――――」


「退け!!」


 林冲の頭から陸謙などという木っ端のことは吹き飛んでいた。

 陸謙を突き飛ばして布をめくる。目は片方が刳り貫かれ、髪は引き抜かれ、全身には汚物が纏わりついている。勝気で綺麗だった顔は見る影もない。けれど生きていた。呼吸をしていた。


「…………良かったよ、林冲。最期に顔が見れて。ごめんね、豹子頭の妻だったのに汚れちゃったよ」


 妻の声だった。林冲は涙腺を溢れさせた。


「汚れてなんかいねえよ。お前は俺には勿体ないくらいの良い女のままだ」


 一体誰がこれほど惨い凌辱を受けて、死なずにいられるだろう。

 彼女はその魂の高潔さをもって、高球に勝ったのだ。誰にも否定などさせはしない。否定する者がいれば、林冲はその者を殴り殺すだろう。


「おかしいな。これまでずっと必死になにがなんでも死にたくないって思ってたのに、林冲の顔見たらホッとして力が抜けてきたよ……」


 死ぬな! 生きろ!

 林冲はそう叫びたい衝動を必死に抑え込んだ。もう妻は十分すぎるほど頑張ったのだ。男のエゴで女を苦しめてはならない。


「よく頑張ったな、もう休め。俺が傍で見ていてやるからよ」


「うん! おやすみ、林冲…………ありがとうね」


 微かな呼吸が、止まる。彼女の瞳は永遠に閉じた。

 もう彼女は自分に春風のように笑いかけてくれることも、秋の紅葉のように話しかけてくれることもないのだ。


「う、おお……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ~~~~!」


 天を貫く絶叫が轟く。誰も何も、声をかけられなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 改めて文章にして読むときっついなぁ 当時、リアルタイムでスレに張り付いて絶叫してた展開でした
[一言] きっつい 流石は俗物水滸伝三大胸くそ案件(残り二つはあえて言うまい) 思えばこの事件さなければ宋江様が後に立ち上がることもなかったでしょうなあ
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