第1話 怪しい薬はやってません!!
2DKのアパートの殺風景な一室で、20代後半の男がベッドに横になっている。
男は天井を仰いだ後、ベッドの横に鎮座する猫耳の少女に目を向けた。
彼女の外見は耳以外におかしな所は無い。
サラサラのロングヘアーに、高校生らしいブレザーの制服を着ている。
胸元にある、チェック柄のピンクのリボンが、愛くるしい面立ちの少女によく似合っていた。
(勘弁してくれ…何でこんな…)
男はそう心の中で呟くと、ごろんと向きを変え少女に背を見せた。
(これは幻覚だ…これは幻覚だ…)
男は頭の中で繰り返しそう唱えた。
話は昨日の晩に戻る。
男が就寝しようとベッドに振り向く。
そこに彼女はいた。
ブレザー姿の猫耳女子高生。
訳が分からず、男は固まる。
しかし直ぐに我に返り少女に言い放つ。
「誰!?どっから入った!?住居侵入罪だぞ!?正当な理由無しに許可無く侵入した場合、3年以下の懲役または10万円以下の罰金なんだからな!!」
「…」
しかし少女からの返答は無い。
寧ろ、何やら嬉しそうに涙を浮かべてこちらを見ている。
感極まった表情とはこれだろう。
男はそれを見て困惑しつつも110番通報した。
「はい事件ですか?事故ですか?」
「えー…っと事件です。住居に不法侵入されました。目の前に侵入した本人がいます」
「貴方に危害を加えられそうな状態ですか?」
「いいえ。多分その心配は無さそうです」
「では、そちらの住所を教えて下さい」
通報してから数分でパトカーが到着し、警察官が部屋を訪ねて来た。
「この子です。気がついたら、部屋にいて…」
と猫耳女子高生を指すが、警察官は怪訝な顔をした。
「じゃあちょっと、部屋を調べてもよろしいですか?」
「…はい…?」
警官2名は目の前の猫耳女子高生を無視して、部屋を探し始めた。
別の警察官が男に尋ねる
「お兄さんちょっと…話伺ってもいい?」
「え…!?」
その後は最悪だった。
何故か猫耳女子高生には一切触れられず、男は警察官達に違法な薬の使用を疑われ尿の提出まで求められた。
男は、自分の職業は弁護士だと言っても信じてもらえず、部屋にあった弁護士バッジも「これレプリカ?」とバカにされる始末。
「よく出来てるけど、こんなの持って弁護士だなんて言っちゃ駄目じゃないか~違法だからね~」
警察官が呆れた様に男に言った。
全く聞く耳持たずのクソ警察官に対し、仕方無く自身が働いている事務所の兄弁こと先輩弁護士を呼ぶ。
暫くして兄弁が到着し男を弁護、偽弁護士疑惑は晴らされる。
だが兄弁にもやはり彼女の姿は見えていない。
間違いなくそこにいる少女は、間違いなく存在しないのだ。
「…で九十九里…お前何やってんの?」
兄弁が最強に出来の悪い後輩を心配する。
当然だ。
いきなり呼び出されたかと思えば、薬物疑惑で警察官に取り囲まれていたのだから。
「いえ…すみません。寝ぼけてたみたいで…」
「そんなんで明日の公判、大丈夫かよ?てかもう、今日だけど」
日付はとうに変わり、大幅に時間は過ぎていた。
「大丈夫です。すみません、ご迷惑をおかけしました」
「…まあ…いいさ。また何かあれば無理せず呼べ」
優しい先輩だ。
この人がいなければ、色々な面でやっていけなかった。
九十九里と呼ばれた男は深々と頭を下げ、兄弁は九十九里を残し帰宅する。
その間も彼女は部屋に存在した。
九十九里は少女と再び一対一で対峙し、その顔をまじまじと見る。
「え!?」
猫耳女子高生の顔に見覚えがあった。
先程は慌てていて、よく見ていなかったし、以前見た時と違い眼鏡をかけていなかったので分からなかったが、九十九里は確かに少女の顔を記憶していた。
高校時代の初恋の相手。
小雪。
少女は小雪によく似ていた。
「小雪?」
ここで九十九里はやっと府に落ちる。
(小雪は死んだ…卒業を前にして…)
27歳の誕生日を数日後に控えたある晩、高校時代に死んだ初恋相手が猫耳女子高生姿で現れた。
幻覚としか思えない。
彼女は九十九里をじっと見つめる。
(俺、頭がどうかしちゃったのか?)
九十九里は、そう思いつつ…少女の頬を指で押した。
むにゅ…
「え?触れた?」
実態の無い幻覚の筈なのに、何故か触れる。
不思議に思う九十九里はそれを確かめようと、両手を使い彼女の両頬を摘まむ。
「~っ…」
「やわらかい…温もりがある。まるで本物だ!」
九十九里は妙に感動した。
揉まれている本人の反応もリアリティーがある。
ただし【声】は出ない。
「…て、こんな事してる場合じゃねぇ…。よし寝るか!!」
「!」
九十九里はベッドに潜った。
(何でこんな幻覚みてるんだ…俺…)
疑問に思いつつ無理矢理眠りに着く。
睡眠時間を削れば削った分、仕事に響く事を彼は知っていた。
訳の分からない状況だが、眠らなければならない。
明日は大事な公判が待っているのだから。
そんな九十九里を猫耳女子高生は寂しげな顔をして見つめていた。
次の朝
九十九里は目を覚ます。
起床して直ぐに部屋中を確認した。
小雪に似た猫耳女子高生はもういない。
「なんだったんだあれは?」
九十九里はそう呟き、身支度を整えた。