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第1話 その2

 一緒に登校した美穂と悦司は、1年A組の教室に入っていった。

 高校生活が始まってから二週間。クラスの中にはすでにいくつものグループが出来上がっていた。

 鞄を置いた美穂は、すぐにスクールカーストの上位にいる女子たちの輪に入っていった。一方、悦司はお笑い好きなフツメンのグループの輪に割り込んでいった。

 友人たちはスマホゲームの話題に花を咲かせていた。その中に入った悦司は、話が途切れたタイミングを見て、ダメ元で切り出してみた。

「……あのさ、誰かオレとコンビ組んでくれないかな?」

 友人たちは顔を見合わせ、次々と言葉を投げてきた。

「えっ?コンビ?」

「何?悦司たち解散したの?」

「いきなりコンビはムリっしょ」

「ハードル高すぎ」

「ワンチャンあるとしたら委員長じゃね?」

「あー、それな」

 この「委員長」というのは、文字通りクラスの委員長を務める、メガネをかけた堅物の男子生徒のことだった。

「委員長か。う~ん、どうだろう?……ちょっと確かめてみるか」

 悦司は委員長が自分とコンビを組むのに相応しいセンスがあるか、直接話して確かめてみることにした。

 「相応しい」という言葉が上から目線のようにも思えるが、かつて一世を風靡したお笑い芸人である悦司にしてみれば、相方になる人物には最前線で戦えるセンスが必要だと考えていた。


 悦司が委員長の席まで歩いて行くと、委員長はすでに今日の授業の予習を始めていた。

「ねぇ、委員長」

 委員長は横に立った悦司をチラッと見て、すぐ教科書に視線を戻した。

「なんだい。今、忙しいんだ。耳だけそっちを意識するから、用件だけ言ってくれ」

「……あのさ、委員長は漫才とか興味ある?」

「無い。用は済んだな。行ってくれ」

 ツッコむ間すら与えてくれない冷ややかな対応に、悦司はあっけにとられ、元のグループのところに戻ってきた。

「おいおい、やべーよ委員長。一瞬もツッコめなかった」

「かつての『ツッコミエッジ』も錆ついたな」

「やめてくれ、その名前で呼ぶの」

 ――その昔、小学5年生の時、子役としてパッとしなかった椎名悦司は、同い年のちょっと太り気味の男子、宝月高雄と「しいな&ポケッツ」というコンビを結成した。

 否、「した」というより「させられた」という表現の方が正しいのかもしれない。

 大人の事情で結成させられたコンビながらも、小学生が大人のような漫才をする物珍しさからか、「しいな&ポケッツ」は結成直後から毎日のようにテレビに出まくる人気コンビになった。

 特に悦司は、その小学生らしからぬ切れ味の鋭いツッコミから、彼の名前をとって「ツッコミエッジ」というキャッチフレーズがつけられるほどだった。

「ってことはさ、悦司すらムリめな委員長にガンガンつっこめたら、面白くなるんじゃねえの?」

 友人の一人がそう言った。しかし悦司はすぐさまその言葉を否定した。

「いや、それは無いかな」

「なんで?」

「委員長は言葉が鋭すぎる。あれだといくらツッコミがフォローしても、笑いに持っていく前にお客さんに引かれちゃうよ」

「あーなるほど、確かにそれはあるな」

 友人たちも納得した様子だった。さらに悦司はコンビを組めない最も致命的な理由を口にした。

「あとさ、委員長には申し訳ないんだけど、笑いのテクニック以上に、なんかさ、一緒に並んで立ってるイメージが沸かないんだよ」

「ふーん、そんなもんなの?」

「うん。そのイメージが沸かないとさ、ネタが作れないんだよ、オレ」

 悦司にとっての勝負の場――テレビスタジオの眩しい照明や、劇場の舞台のスポットライト。

 その下に並んで立つ二人のイメージが浮かばないのは、悦司にとっては相方として許容できないことだった。

(やっぱりこのクラスではムリか……)

 悦司が諦めかけたところで、タイミングよく始業のチャイムが鳴った。

 それでも諦めきれない悦司は、その日の授業中、男子生徒から女子生徒まで全員、一人ずつ順番にコンビを組む姿を想像してみた。

 しかし誰一人として、あの輝くステージに並んで立つ姿をイメージできなかった。

 ――実はその日、あるクラスメイトだけが登校していなかったことに悦司は気付いていなかった。

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