第5話 その3
女子コンビ「ホワイトブレンド」のことを知った悦司は、すぐに美穂のLINEへ事実確認のメッセージを送った。
しかし「既読」にはなったものの、いつになっても返事は来なかった。
翌朝、悦司は登校するとすぐに美穂の席へ駆け寄った。
「ふふっ、やっぱり来た」
「美穂!どういうことだよ。全部説明してくれ!」
「……ちょっと長くなるけど」
「構わないから!」
「でも……やっぱり放課後にしよっか」
美穂は真幌の方をチラッと見た。
二人の様子を見ていた真幌は、ふっと視線を外した。
悦司はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、放課後を迎えた。
鞄を持った悦司は、急いで真幌の席に向かい、声をかけた。
「真幌、ごめん!今日はネタ合わせできない……」
「……うん。いいよ。なんか事情があるみたいだし」
「助かる」
悦司は頭を下げてから美穂の席へ向かった。
美穂は席に座って帰り支度をしていた。
悦司が席まで来たことに気付くと笑顔になった。
「あー、やっと戻ってきてくれたね」
「なんだよそれ」
「……なんでもない。帰ろう!」
美穂は明るくそう言うと、席から立ち上がった。
帰り道、悦司はいろいろ聞きたいことがあったが、美穂が口を開くのを待っていた。
校門を出てしばらく歩き、青々とした葉が茂った桜並木の下に差し掛かったところで、ようやく美穂が口を開いた。
「……ねぇ、驚いたでしょ」
「そりゃな」
悦司は急かさず、美穂の言葉を待った。
美穂はポツポツと語り始めた。
「最近ちょっと疎遠になってたけど……」
「あれのせいだったのか?」
「そう。でもね、おかげさまで、事務所のオーディションは一発合格だったよ」
――お笑いの事務所に所属する場合は、所属芸人や関係者の推薦、移籍、スカウトなどの他に、事務所のオーディションに合格するという方法がある。
事務所が主催するオーディションでネタを披露し、認められれば所属が決まることがあるのだが、もちろんそれも狭き門となっている――
「それはすごいな。人前でネタなんて初めて披露したんだろ」
「うん、オーディションはすっごく緊張したけどね」
「ネタを披露できるところまで行ったのもすごいけど、よく作れたな」
「ふふっ、私がどれだけ悦司のネタを見てきたと思ってるの?」
「それは知ってるけど……実際に形にできるのはすごいよ、本当に」
すると美穂はとつぜん立ち止まり、悦司の顔を見た。
「……だって、うちには天才がいるから」
そして遠くを見ながらその名前を口にした。
「聖愛ちゃんがね」
――聖愛。その名前は事務所のホームページに書かれていた名前だった。
「それって……あの相方のことか?」
「そう。聖愛ちゃんはね、私が悦司と同じくらい評価してる『お笑いの天才』だよ」
「……お前がそう言うってことは、ものすごい評価じゃないか!?」
悦司は美穂がイヤというほど自分の才能を評価してくれていることを知っていた。
「だから私、本当は悦司の相方に、聖愛をオススメしたかったんだよ」
「あぁ、そういえば、オレに『相方にオススメしたいヤツがいる』って言ってたな」(※「第1話その4」です)
「そう。それが聖愛ちゃん」
――悦司が昨日その名前に聞き覚えがあると感じたのは、その時の会話がひっかかっていたからだった。
「でも美穂はその時『メンタルがもたないかも』って言ってなかったか?」
「だからね、私たちはあのコンセプトを考えたの。気負わず自然体でできるようにね」
――ホームページに書いてあった「かわいくてハッピーになる『ゆるふわチャット』」。
あのコンセプトを考えたのは、事務所じゃなく美穂たちだった。
その事実は、悦司に衝撃を与えた。悦司は心のどこかで「大人が考えたものだろう」とたかをくくっていたのだった。
「美穂、ひとついいか?」
「何?」
「そのコンセプトは偶然思いついたのか?計算した結果できたのか?」
「うーん、私たちもお笑い芸人になって、悦司はもう競争相手だから、ホントは言いたくないんだけど……」
美穂は不敵な笑みを浮かべて言った。
「もちろん計算だよ。聖愛ちゃんのね」