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第4話 その3

 ネタの時間はピッタリ2分。なんとかやりきった二人は、肩で息をしながらその場に立っていた。

(――真幌、よく頑張ってくれた)

 真幌はすでに燃え尽きた顔をしている。ネタを見せ終わったあとは質疑応答の時間が始まる。

(ここからはオレに任せろ)

 悦司はこういう場に慣れていない真幌を気遣って、前面に立つことを決意した。


 質疑応答では最初に主催者らしき人物が発言した。

「さすが天才少年です。結成4日目でよくここまでまとめましたね。不勉強で申し訳ありませんが、そちらの……鮎川さんは芸人さんですか?」

「いえ、お笑いの経験は全くありません。5日前に初めて会話をした同級生です」

「マジか!」「それはすごいな!」

 審査員たちがどよめいた。

 続いて舞台監督らしき人が発言した。

「よく見つけましたね」

「本当に奇跡の出会いでした。彼女がネットで生配信しているのを偶然目撃して……」

「うわ~、そういう時代なんだ~」

 ベテラン芸人のボケの方が素で驚いた。

 一方、ツッコミの方はネタに興味を持ったようで、ネタの作り方について聞いてきた。

「ネタはやっぱり悦司くんが考えたの?」

「はい、そうですね。女子高校生っぽい言葉とかは彼女にアドバイスをもらいましたが」

「なるほどね、リアルな感じが出てて良かったよ」

「ありがとうございます」

 悦司はここまでのやりとりで、かなりの好感触を得ていた。


 すると、それまで黙っていた放送作家が初めて口を開いた。

「えー、ネタの構成は、綺麗に3ブロックに分かれていて、漫才として成立する流れになっていました」

「ありがとうございます」

「特につかみは良かったですよ。ネタ振りのくだりもまあまあ良かったと思います」

「ありがとうございます!」

「ところが、ネタの途中で出てくる“言葉”が間違っていました」

「えっ?」

「例えば、途中で出てきた『ふとももシュシュ』なんですけど、一般的にはそういう名前じゃありませんよね」

「えっ、そうなんですか?」

「あれ『ガーターリング』って言うんですよ」

「ガーターリング……」

「おそらくガーターリングのことを知ってる人にとっては、あそこがノイズになりますよね。「笑い」においても邪魔ですし、そこのくだりが全て間違った言葉を使ったやりとりになりますよね」

「……」

(確かにあの「ふとももシュシュ」っていう名前は真幌から聞いたものだった……)

 悦司は実際にそういうものがあるのか確認せず、真幌の言ったことをそのまま信じて使っていたことを思い出した。

「勘のいい悦司くんなら、もうわかっているかと思いますが」

「……はい」

「あなたたちがリアルに「知ったかぶり」をしてしまうと、ネタが根本からブレますよね」

「はい。その通りです」

「こういうネタの時は、事実誤認は致命傷になりますよ」

「はい……勉強不足な上に、確認不足でした」

「まぁ他にも細かいところを挙げれば、おたまじゃくしのくだりのテンポが悪かったり、オチまでの流れが雑だったり、キリはありませんが……」

(やっぱり鋭いな。大御所だけある)

 悦司は時間がなく妥協した部分が全て見透かされていることに、驚くとともに感動もした。

「最後にひとつだけいいですか?」

「はい」

「コンビ名が「ゆーめいドリーム」ということですが、英語のYou may dreamの意味、ご存知ですよね」

「はい。『夢なんて叶うわけない』って意味です」

「えっ?そうなの?」

 少しだけ意識が戻った真幌が驚いた。

「やっぱり知っていたんですね。ではどうして、そんなネガティブな言葉をコンビ名にしたんですか?」

 悦司は昨日の夜、真幌と一緒にコンビ名を考えていた場面を思い出した。そして微笑みながら答えた。

「このコンビ名はネガティブな意味でつけた訳ではありません。僕らは『夢なんて叶うわけない』って諦めている人たちに、夢が叶う姿を見せたいんです」

「なるほど……。いつかその夢が叶うといいですね」


 その後は事務的な話が少しあって、オーディションは終わった。

 会場についてから出てくるまでわずか30分程の出来事だったが、ものすごく濃密な時間だった。

 真幌は肩の荷が降りたようで、すっかりリラックスしていた。

「あの長々と質問攻めしてきた人、怖かったね」

「あぁ、放送作家って人たちは、みんなああいう感じだよ」

「お笑いを作る人なのにぜんぜん笑わないんだね」

「確かにそうだね」

「へんなの」

 悦司は確かにそうかもしれないと思った。と同時にあの放送作家の発言は全て的を射ていることも事実だった。

「……でもね真幌、ダメ出しをしてくれるってことは、改善する見込みがあるってことなんだよ」

「そうなの?ただの意地悪に見えたけど」

「ああいう業界ってね、本当に見込みがない人には何も言ってくれないんだよ。ましてや一期一会のオーディションの場所であんなに指摘してくれるなんて……。あの人はいい人だよ」

「うーん、そうは見えなかったけどなぁ」

 悦司は絶対的な自信を持っていたネタ作りでの、自らの軽率さを恥じていた。普段なら絶対にしないようなミスを、真幌のことを信じたがゆえに犯してしまった。

(時間が無かったというのは言い訳にならない。家に帰ったらしっかりネタの中身と、お笑いに取り組む姿勢を見直そう)

 心身ともに疲れ切っていた二人は、渋谷からどこにも寄らず家に帰った。


 結果が発表されるのは翌日の月曜日。

 合否はマネージャーからメールで届くことになっている。

 ――はたして「ゆーめいドリーム」のオーディションの結果は!?

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