君の姿が見えない
私は一人きり。インビジブルぼっち。
私は人には見えないらしい。話しかけても無視される。買い物時には無言で品物を手渡される。目を合わさないように手渡される。忌み嫌われている。
何故だろうか。外見のせいだろうか。出自のせいだろうか。それは私のせいではないというのに……。
生きていく上では問題無いが、誰か話し相手になってはくれないだろうか。
そんな内容の手紙を見つけた。誰が書いたのかも分らないが随分と昔に書かれたようだ。そんな程度で一人ぼっちだなんて平和だな。
私の場合には手紙の主と違って本当に誰にも見えない。その姿は透明であるからして人の目には映らない。故に私は本当に一人ぼっちだ。
声をかければ皆逃げて行く。誰も居ないのに声が聞こえると恐怖に慄き逃げて行く。衣服を着ると存在は確認できるがそういう訳にも行かずに常に裸である。買い物も出来ない。仕事だって出来ない。友達だっていない。私は一人ぼっち。
当然困る事もある。住居を構える事も出来ず食料を購入する事も不可能だ。まあ自動販売機で飲料や一部の食べ物を購入する事は可能であるのでそういった場所で購入している。
とはいっても仕事をしていないので金は無い。普段はセキュリティの甘い家に無断侵入し空き部屋に寝泊まりさせて貰っている。そういった場所を転々としながら暮らしている。そこで最低限のお金を頂戴している。その代わりと言っては何だが、ばれない程度に部屋の掃除をしてから出て行く。そうして得たお金で以って深夜に自動販売機で購入する。路面店であれば食料をそっと頂戴する事もある。身を晒せない状況であるが故、これ位は許して貰わないと生きていけない。
当然何の荷物も無い。持てば即ばれる。いつも裸。言葉通りに裸一貫。だが気付かれる事がある。とはいってもそれは人では無い。赤外線センサーと呼ばれる機械に気付かれる。私に気付くのは機械だけ。
そんな私でも1人だけ話し相手がいる。その人は深夜にだけ公園に来る年老いた男性。目が見えない男性。高齢にも拘らず深夜に出歩くという珍しい人だった。その人とはいつも同じ公園のベンチに座って話をする。私とはかなり世代が異なるようで話が噛み合わない事も多々あるが、落ち着いて話す事が出来る貴重な人である。
私は一人。私は人の目には映らない。私こそがインビジブルぼっちな存在。きっと私が道で死んでも誰にも気付かれる事は無いのだろう。
私は目が見えない。見えないままに長くこの世に棲んでいる。だがもうじきこの世を去る事になるのだろう。それ位は自分でもわかる。
今更ではあるが一度で良いから景色と言う物をこの目で見たかった。色と言う物がどういう物なのか見たかった。自分と言う存在がどういう姿なのかを見たかった。人と言う存在やこの世の全ての存在をこの目で見てみたかった。
私は深夜にのみ行動する。目の見えない私にとっては闇夜は関係ない。むしろ人が少ない深夜は行動しやすい時間でもある。
ある日、いつもの公園のベンチで休憩をしていると若いと思しき男性に声を掛けられた。その人も誰かと話をしたかったという事でこんな私に話しかけてくれたそうだ。年代の違いもあって話題が噛み合わない事も多々あるが、こんな私と話をしてくれる人は貴重な存在とも言える。普通であれば深夜に徘徊する私を怖がるだろうに。
実は私も誰かと話をしたいと思っていた。だが勇気が無かった。それでも諦めきれずに誰かと話が出来ないかと深夜に徘徊していたとも言える。とはいえ何を話すでも無く、話題と言えば今日の天気等の他愛の無い話ばかり。
私はその若者に聞く。空の青さの「青い」とはどういう事だろうか、海の青さの「青い」とはどういう事なんだろうかと。それらの「青さ」に違いはあるのだろうかと。若者はそんな難しい質問を一生懸命に考え私に伝えようとしてくれている。
その若者からは悲しい話も聞かされた。その若者は他人の目には映らないという話だった。それ故に話し相手もいないという。それは噂に聞く「いじめ」という奴だろうかと、なんと不憫な事だろうかと私は聞いているだけで悲しくなった。とはいえ私に何が出来る訳でも無い。折角話相手になってくれているというのに何の手助けも出来ずに申し訳ない。
本当なら触れてみたい。だがそれは不可能だ。実体無き私と話してくれるのは唯一目の前にいるであろうその人間だけだ。でもそれで充分だ。やはり人間と話すのは楽しい。文字通りにもうすぐ消えゆく私と最後まで話をしてくれると有難い。
2019年 12月08日 初版