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かなりの屋台を回った。
でも、回った種類は6年前と同じだった。
あの時と違うことといえば、そうだな。
僕の隣に誰もいないこと。
それが違いだった。
「……もう8時か。早いな、流石に」
これが最後だから、というのもあるかもしれない。
まだ回れていないのが一つだけあったが、僕はあの場所へと向かった。
あの日のあと、時々姉から連絡があった。
それはほとんど、帰国時のお土産の話だった。
でも僕は、お土産はいらないと言った。
その代わりとして、姉が学んできた音楽を聞かせて欲しい。
そう頼んだ。
あの場所には先客がいた。
一人の女性で、浴衣がよく似合っている。
僕は少し距離を置いて、同じ空を眺めた。
「ここ、良く見えますか?」
「ええ。とても。僕が見に来る時はいつもここですよ」
「そうなんですね。誰もいないから、もしかしてあまり見えないのかと思いました」
その声は、遠く。
花火の音に負けそうなくらい、小さく聞こえた。
「どうしてこの場所へ?」
「……私、人を待たせてるんです。ここで約束した人を」
「そうですか……会えるといいですね、その人に」
この、最後の花火大会で。
僕も、人を待っていた。
6年前に交わした約束だから。
「貴方こそ、どうしてここへ? 他の場所では見ないんですか?」
「僕は、ある人にどうしても伝えないといけないことがあるんですよ。6年前のあの人に」
「…………そうなんですね」
それ以降数十分間、僕とその女性は言葉を交わさなかった。
花火に見とれていたからじゃないことを、僕は知っていた。
だが、花火がほとんど終わりかけの時間になって僕は、思わず口を開いてしまった。
「知ってます? この花火大会、今年で最後らしいですよ?」
「え…………そうですか……。それは少し、残念ですね」
「でも、貴女が間に合ってよかった。この最後のチャンスに。」
「………………待たせてるんだろ? あの日の僕を」
「そっちこそ。ずっと待っててくれたんだね。あの日の私を」
「待たないわけがない。だって、約束しただろ?」
「うん。じゃあ、そっちの約束。帰ってきたらちゃんと伝えるって言ったよね」
「今となっては、だけどな」
深呼吸。
この瞬間だけ、僕ら2人はあの日へと。
だから、あの時伝えられなかった言葉を、あの時言えなかった僕の気持ちを。
紡げ、紡げ、紡げ。
あの日言おうとしたこと、ずっと思っていたこと、あの日から変わらない気持ち、全部をまとめて。
「好きだ、結夏。僕はずっと、6年前から。君のことが大好きだ。だから、これからはずっと、一緒にいてくれないか?」
ようやく聞けたその言葉は、勢いを増す花火にも負けないくらい強く、私の心に届いた。
ずっと聞きたかった彼の気持ちを聞いて、私の涙腺は呆気なく崩れ落ちた。
「……ありがとう文綾……! これからは、ずっと一緒にいようね? ずっと、ずっと。何があっても、私達は一緒だよ?」
「もちろん」
「それと。約束、守ってくれてありがとう!」
終わってく。
最後の花火が、空へと吸い込まれて消えていく。
でも、これで約束は果たした。
6年前、僕が僕自身に交わした約束を。
決して、絵を描くことを止めないという約束を。
今日、この場所で。
僕と結夏の2人で描いた夏が、ようやく完成した。
長い時間がかかった超大作だ。
でも、これをアイツに見せることが出来なくて残念だよ。
なにせ、僕らの絵は僕らの心の中にしか残らないのだから。
僕らは、この花火大会が最期を迎える瞬間まで、肩を寄せ合い空を眺めた。
今日ここで、この時間に、6年前の夏が、ようやく終わりを迎えた。
それは寂しいようで、やっぱり嬉しくて。
僕は、静かに涙を流した。