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空が薄暗くなり、星が少しずつ見え始めた頃、僕と結夏は並んで歩いていた。
少し暑さがマシになったとはいえ、すごい人の量だ、少し気を抜けば、すぐはぐれてしまうだろう。
「すごい人だね……私2年くらい前から来てないから、忘れてた……」
「僕もだ。すっかり忘れていたよ。この花火大会って、なんか遠い地方からわざわざ見に来る人とかいるらしいよ?」
この周辺の人達だけじゃ、ここまで会場が埋まることはないだろう。
それにしてもすごい人だ。
これじゃあゆっくり話すこともできない。
はぐれないようにするのが精一杯で、時々言葉を交えて互いが近くにいることを確認することしかできない。
「ちょっと……人少ない所まで行こ……」
「そうだな、これはちょっと辛い。それに、花火を見る場所も決めないとな……」
「屋台とかもいろいろ見たかったけど、今年はこれで十分……かな?」
2人で回った屋台は、射的、金魚すくい、りんご飴、拳銃タイプの射的、焼きそば……。
射的に関しては、一勝一敗といったところだ。
猟銃タイプの射的は、僕は1発も当てられなかったのに対し、結夏は3つくらい景品をゲットしていた。
拳銃タイプの方は、僕は全弾命中だったのに対し結夏は2回ほどしか当てられていなかった。
なんで、猟銃が当てれて拳銃が当てれないのか疑問だが、それはまたの機会に聞くとしよう。
「……何気に結構回ったくないか?」
「そうだね、結構回ってたね……」
「……どうする? がしみゃん達と合流する?」
なんかこう、互いを意識してしまうような距離感と空気は、やっぱり僕には耐えれない。
照れくさいというか、なんというか。
この気持ちは、なんなのだろうか。
「……ううん、合流しなくてもいい。…………というか、したくないの。今は、今だけは二人きりでいたいから……」
「ぇっ…………とっ…………」
「ほ、ほら、場所取り行こ? いい場所無くなっちゃう」
今、結夏が言った言葉は、どういう意思を込めたものだったんだろうか。
その意味はきっと、結夏自身しか知らないことだろうが、少しからかわれた感じがして悔しかった。
互いに、少しだけ距離を空けて歩く。
……僕は結夏のことが好きなのだろうか、まだ答えは出ない。
だが、少なくとも意識しているのは確かだ。
それはきっと結夏も同じ。
いつもはあまり照れたりすることのない結夏の頬が、微かに赤く染まっているのが見えた。
でも、その結夏の表情はどこか寂しそうで。
これを絵にできるなら、とても美しいだろうなと、そう思ってしまった。
「そうだ、いつも姉さんに連れてって貰ってた、いい感じの場所があるんだ」
「ホント? じゃあ、そこにしよ。文綾のお姉さんのことなら、間違いはないと思うし」
いつも姉さんに連れてって貰っていた、花火を1番綺麗に見れる場所。
それは、近くの公園の、1つの階段だった。
そこから見る花火はいつも、僕の瞳にはとても大きく映っていた。
たぶん、まだ小さい頃だったのもあるとは思うが……。
それでも、綺麗に見えていたのに変わりはない。
それに、そこまで行く人がほとんどいないから、静かに花火を見ることが出来る場所だった。
「えっと、花火って何時からだっけ?」
「たしか、8時くらいだったはず……って、もう時間ないな。急ごう」
母が選んだ装備品セットに添えられてた、左手の腕時計を確認する。
すると、現在の時刻はなんと7時の45分辺りだ。
少し急がないと最初の花火を見逃すことになる。
僕は結夏の手を取り、少し急ぎ足で公園へと向かった。
「その公園って、もしかしてあの高台みたいになってるとこ?」
「ん。そうだよ。よく見えるうえに、人が少ないから静かなんだ。いい場所だよ。うん、時間が無いな、急ごう」
僕らは、その階段へと走る。
走って、走って、走って。
階段を急ぎ足で上り、最上段に腰掛けた。
7時56分、ぎりぎり間に合ったみたいだ。
ここから1時間弱、空には花火が打ち上げられる。
それが、たまらなく楽しみで、そして、懐かしくて。
そうだ、嬉しかったんだ。
結夏と一緒に花火を見にこれたことが、何より嬉しかった。
そうか、やっぱり僕は、結夏のことが好きなのかもしれない。
あーあ、これじゃがしみゃんの思惑通りじゃないか。
一杯食わされたよ。
今度は僕が奢ってやろう。
打ち上がる花火に、僕らは心を奪われる。
ここで見る花火は特別大きく、綺麗に見える。
だからだろうか。
僕の悩みが、不安が、何もかもが、全て小さくどうでもいいように思えてくるのは。
そうだ、スランプなんてどうでもいいんだ。
結局問題なのは、僕がどんな絵を描きたいかだ。
その心ひとつで、全部変わるんだ。
絵を描きたい。
大好きな、絵を。
どんな絵を描きたい? それはもちろん、心の奥底で想っていた、僕の大好きな人の絵を。
そう、結夏の絵を、描きたい。
だから、今。
僕は結夏に、言わなきゃいけないことがある。
今夜、この場所で。
この夏が終わる前に。
この花火が、消えてしまう前に。
ずっと、思っていたことがある。
いつも仲良くしてきたから、文綾は思ってないかもしれない。
でも、彼に伝えないといけないことがある。
この夏が、消えてしまう前に。
だから、私はこの静寂を破り、口を開いた。
「……ねぇ、文綾……」