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明後日8月7日、花火大会がある。
小さい頃はよく姉さんに連れて行ってもらったが、高校生になった今、“祭り”に行くことすら少なくなった。
今日だって、午前中は学校で文化祭の準備があるし、花火大会当日だってそうだ。
僕は無意識に、そこへ行くのを避けているのかもしれない。
「あ、そういや明後日花火大会だったよな……にっしー、ちょっと見に行かね?」
「がしみゃんと一緒は死んでもゴメンだよ」
がしみゃん、つまり、東宮。
僕のクラスメイトであり、小学校の頃からクラスを離れたことがないという、腐れ縁みたいな人だ。
ちなみに、僕のにっしーとというあだ名も、ただ西宮だからという単純な理由だ。
「おー、にっしーまさか、好きな人でもできたか?」
「あのな。僕はそんな柄じゃないのは知ってるだろ? それに、僕のことを好きになる人とかいないだろ……」
「いやいやにっしー。おまえめっちゃ人気だからな? 隣のクラスからも狙われてるらしいからな? あ、そこのボンド取って」
りょーかい、と答えて、目の前のボンドをがしみゃん目掛けて放り投げる。
それを軽快に受け取り、小道具の部品を組み合わせるがしみゃんは、職人の手つきで作業を進めている。
さて、僕も大道具を作らないといけない。
今日のノルマは、木の役をする人のための着ぐるみ3つ。
あと少しでそれも終わる。
……大道具で木を作れば済む話だが、なんか木の役がいつの間にかできてた。
「うっし、今日のノルマ終わりっ! そっちは?」
「もうすぐ終わるよ。って、そこの女子達そろそろ起こさない?」
正直そっとしておいてあげたいが、そういう訳にもいかない。
女子達は、来て早々にノルマを終えて、僕らを待ってる間に疲れて寝てしまったらしい。
「がしみゃんあと30秒以内に起こして。もう終わる……終わった。」
「おいにっしー!? ……まいいや。……ていっ!」
ゴンという、骨に響くような音を立ててがしみゃんのデコピンが女子達2人に炸裂する。
がしみゃんの、独特の型から放たれるデコピンは、とてつもなく痛い。
特に、額の骨に響いてくるデコピンが痛い。
「っっ、たぁ〜……って、あれ、終わったん?」
「うん、終わったから帰るぞ……おーい、結夏ちゃ〜ん起きろ〜」
仕方ないな、つつくか。
僕はがしみゃんと軽くアイコンタクトをとって、人差し指で彼女の頬をつついた。
「んにゅ……すいかばー……」
「……は?」
ガブリ。
その表現が似合うだろう、僕の人差し指は南原結夏に噛みつかれた。
……痛い。
「ん…………むぁ……? はっ! ご、ごめん文綾!」
「……結夏……後でラーメン奢りな?」
「えぇ……うーん、なにかお昼作るのは……ダメ?」
手料理と言うやつか。
まぁ悪くは無いむしろ良い。
のだが、結夏、僕はラーメンが食べたいっ! というのはたぶん聞いてくれないんだろうな……。
「まぁいいけど。がしみゃんは昼どうすんの?」
「ふっふっふ、今日はなんと、家でカップ麺を食べる予定で──」
「えっと、ちなっちゃんは?」
「ちょっおまえ俺まだ喋ってた〜」
いやなんかうるさかったからつい遮ってしまった。
すまんすまん。
そんな感じで返したら怒られた。
「うち? うち今日は、弟の面倒見なあかんから……」
「そっか。……じゃあ、また明日になるな」
ちなっちゃん……北原は、西から転校してきた関西人で、未だにそちらの言葉が抜けてない。
まぁ抜けてなくても分かるからいいけど。
ちなみに家にはたこ焼き器が存在するらしい。
なにやら、大阪の人達は一家に一台あるとか噂されてたな……。
「じゃあ、教室だけど、解散するか」
「だな。じゃあながしみゃん。腹減ったから先帰るわ」
「おいおい俺にぼっちで帰れと?」
当然じゃん、だってがしみゃんだもん。
僕は結夏と帰るつもりだ。
ついでにご飯食べて、少し駄弁ってから帰ろうか。
あぁ、でも。
家に手付かずの動画があったな。
撮影してそのまま放置してたから、編集やってしまわないと、時間がなくなるな……。
「なぁ待ってくれよにっしー……」
「悪いな、僕も空腹は耐えられない。頑張って1人で家まで辿り着いてくれ……」
と、いうことで、がしみゃんを教室に置き去りにして、結夏と並んで歩き始めた。
「そういえば明後日、花火大会だね……。行くの?」
「んー、行く予定は無いかな。姉さんはまだイギリスだし」
「そっか……」
それっきり、家に着くまでは僕らは花火大会のことを口にしなかった。
きっと、僕がその話題を避けていたんだろう。
がしみゃんの扱い方、数学の課題の解き方、最近のオススメの本、夏休みの予定。
お互い、そんな他愛ないことを話した。
そして、僕が結夏の家から帰ろうとする頃には、既に日は沈んでいた。
「なんか、遅くまでごめんな結夏」
「ううん、大丈夫。また明日ね。おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
僕は結夏にそう告げて、自転車に乗った。
夜の虫の声が鳴り響くなか、僕は花火大会のことを考えていた。
僕がそこに行くとするなら、隣にいるのは誰だろうか。
……ひとりの可能性もあるな。
そんなことを考えても仕方ないだろうが、どうせ行くのなら隣には、結夏が並んでいてほしい。
「……何考えてんだか…………」
ちょっとした田舎みたいな街だからだろうか、この街は星が綺麗に見える。
その星空が、夜空こそが。
僕が描きたいものだ。
家に帰ったら夕飯を食べて、未完成の絵を描こう。
それが完成したら……僕は何をすればいいのか分からなくなるはずだ。
その時は、また新しい街へ出かけることになりそうだ。
「今度はどこへ行こうか……行きたいところがありすぎて迷うな……」
今度姉さんに聞いてみよう。
夏だというのに、今夜は少し肌寒い感じがした。
……明日、がしみゃんになんか奢ってもらおう。