喜楽の欠けた男の、短い話
最近家にいない時間が多くて、それでも何かを作りたかったので文章を書いてみました。僕もよくわからないです。
『喜楽の欠けた男の、短い話』
ものを作る時のどうしようもない倦怠感
我慢の限界だった。僕は叫び持っていたペンを目の前の男の胸に突き立てる。苦しそうにもがくが、どうでもいい。ペンから手を離し拳でその男の頬を殴る。男は吹っ飛び、床に転がる。男の小さな呻き声が耳に入ってくる中、考える。どうしてこうなったのか。この男は昨日の夜に、僕の彼女を殺したと連絡してきた。その様子を教えてやるからこの部屋まで来い、と。
昨夜、寝る前にスマホを触っていた僕は突拍子も無いメッセージの通知に驚く。驚いた後、ひどく悲しい気持ちになった。その時は犯人の気味悪さは感じなかった。ただ、大切なものが失われたという喪失感が僕を埋め尽くす。すぐに彼女にメッセージを送ったが、いつまで経っても返事は無かった。
指定された日、つまり今日、廃れたビルの8階にある小さな会議室に着くと男は既に部屋の前に立っていた。痩せていて30代前半、少し禿げている。僕を認識すると前置きもなくこう言った。
「君は頭の中で曲線が描けるかい?」
質問の意図がわからず黙っていると男が言葉を続けた。
「昨日家族とラーメンを食べに行ったんだ。親父がビールを飲むと言うから、僕も付き合った。」
意味がわからなかった。さらに続ける。
「母親は嫌な顔をしていたね。家族で来れば親の金でタダで飲む僕の下心を知っていたから。」
男の目は笑っていなかった。
「昨日街を歩いてると隣の大学生の話し声が聞こえたんだ。女子大生が
"昨日バイトしてたら怖い客がいたの、何かと思ったら店長の奥さんだったの"
と言う。それに対して男は
"マジでー!?"
と言って二人で笑う。僕は気になって二人に話しかけた。
"それの何が面白いの?"
僕はただ不思議でね。聞きたかったんだ。二人は黙ってしまった。
"何が面白いの?"
二人は走って逃げてしまったよ。僕は何が面白いか知りたかっただけなのに。」
一つとして理解できなかった。意味は理解出来る。しかし呼び出して、部屋の前でこの話をする意図がわからない。僕の中に「人生を例えるなら何に例えますか?」という一文が思いつく。いつ聞いた言葉だろうか。この言葉も、この状況には一切関係ないのに。
気がつくと、男は会議室の中の椅子に座っていた。僕も中に入り、男と向かい合うようにして座る。
男は黙っている。小さな会議室に流れる静寂に僕は少しずつ怒りを覚える。この男は、どうして黙っているのか。机の上にはペンが置かれている。男の前に一つ、僕の前に一つ。紙は置かれていない。
怒りは大きくなり、男がニヤケながら席を立とうとした時に怒りは頂点に達する。席を立とうとした男に僕は自分の椅子を蹴り飛ばして走り寄り、力の限りペンを突き刺し、右手で頬を殴る。昨夜に巻き戻っていた場面は、ここで冒頭に辿り着く。昨夜から悲しみから驚き、怒りへと移り変わった僕の感情は今までに感じたことのないものへと変貌していく。
小さな呻き声を聞きながら僕は頭の中で曲線を描く。上手く描けず歪な曲線になってしまった。
「人生を何かに例える」
答えは一つとして浮かばない。
親と外食に行くと決まってビールを頼む自分を思い出す。隣の大学生の不可解な会話を思い出す。あれは何が面白かったのだろうか。母親は僕を見て嫌な顔をした。
少しの静寂が場に流れた。
僕は床に転がる男に問う。
「物を作っている時のどうしようもない程の"倦怠感"をどうすればいい。胸の上あたりに迫る疲労、まるで長距離を走り終えたような疲れで僕はベッドに転がってしまう。僕はどうすればいいんだろう。」
男は倒れたまま何も言わない。
僕はふと思い出す、僕の彼女の死を。
どうでもいいか。
そう思い僕は小さな会議室で静かに笑った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
「人生を何かに例える」というのは心理学の講義で聞かれた質問でした。僕は答えられず、「思いつかない」と答えました。あなたは人生を何に例えますか?
そして私は「ものを作る時のどうしようもない倦怠感」をどうすればいいのでしょう。






