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未来からの帰宅  作者: 圧縮
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第8話

(しゅう)は居ないのかな?』


 ゆっくりと首を動かし、そして目を動かして部屋の中を探す。

 しかし、部屋の中からは見えず、開け放たれていた戸から外は見えるが、そちらにも舟が居る様には見えなかった。


『こんなに色々な色のある世界があるんだな……』


 ラメールにとって、世界のすべては植民船団の中だけだった。

 こんなに土や木、そして生物の多い世界は見たことが無かった。

 彼女が今まで見た一番多い土を有している場所、それは食料栽培プラントの水耕栽培出来ない食物を育成している所だけだった。

 その食物も口に入る時には既に完全に原型を止めておらず、全てを濃縮し、必要最低限の栄養とエネルギーを含めた錠剤になっていた。

 彼女達の食事は、その錠剤を2錠と規定量の水を飲む事だった為、過去の映像でしか食事を楽しむと言うことを知らなかった。


 そうなった理由だが、人類が住める土地が余り無く、食糧供給が滞り、完全管理下に置かれることになり、全てが配給制となっていた。そして、そのまま植民船団に移るのだが、過去の遺産となってしまった食事と言うものを再現できる者は居た。だが、それを実現させるだけの食材を植民船団では用意できなかった。結果、成長、そして生活に最低限必要なエネルギーを有した錠剤。これだけで250年以上過ごしてきた。胃や腸は余り多くのものを処理する能力を必要通せず、尿や便も殆ど出すことが無かった。便を出すとしても、管理下に置かれ、専用の薬を飲み、排便を促し、それを乾燥、分解させ、畑の土にしていく。こうやって循環させていた。


 尿に関しては、殆ど汗として、呼吸から排出してしまうため、ほぼ出る事は無く、もし出たとしても、常に垂れ流していた。それを可能にしていたのが、全員着込んでいた白いスーツなのだ。内側に柔らかな毛、腸絨毛の様なものがあり、それらが吸収、分解し、空気中に微粒子として放出していた。垢や油等も同じように出来るため、便も時間をかければ分解可能だった。

 更に、そのスーツは、肉体補強用としてのスーツも兼ねており、過去の健全なる人類達と比べて、遥かに栄養が少ないラメール達にとって、体を動かす筋肉の様な物でもあった。おかげで、省エネルギー、低消費を実現させ、250年という長い年月を生き存えていた。


 そんな狭く、管理された世界から、一気に開放された自由な世界に飛び込んだラメール。体の不自由は来る前と比べて計り知れないものになっていたが、恐怖はさほど残っていない。舟の献身的で付きっきりの介護もあるだろうが、この美しい世界をもっとみたい。もっと体験したい。そして、まだ不可能だが、もっと話してみたい。そう思うようになり、不安等のマイナスの感情より、好奇心等のプラスの感情が勝った結果になっている。

 だが、この心の天秤は、いつ均衡を崩すかわからない。

 彼女の体に自由は無いのだから。


『あ……』


 その不自由な体は、以前の生活と合わせて、より不都合を生じさせてしまう。

 以前の生活では、とても便利なものだったのだが、今はそれを利用していない為に、そして、始めの3日とは違うために、慣れず、そして、抑えるための筋肉もまだ無い為、起きてしまった悲劇。


『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』


 ラメールは尿を漏らしてしまった。




 持久走を何本も走った直後以上の精神的疲労感を感じ、足取りが重い舟。しかし、彼女の生活をより改善するため、良い結果を導くため、頑張ったと自分を褒めながら一歩ずつ重い体を動かして帰宅する。

 遠くですれ違う近所の奥様方も、不安げな表情をしながらこちらを見ているが、会釈さえする余裕も無く、ただひたすらに歩みを重ねていた。

 自分の家が見えると、ようやく元気が少し戻ってきたようで、鉛のように重かった足が少し軽くなる。家の中であれば、寝転んでも良い。力を抜いて座り込んでも大丈夫。そう思えたからか、歩みが早くなる。


「ただいまー」


 鍵を開け、家に入る。もちろん返事をする者の声は無い。人は居るだろう。だが、彼女はまだ話すことが出来ない。もし返事が来たら誰か知らない人が居る可能性があるため、警戒しなくてはならなかっただろう。

 そんなことはまったくなく、食材を冷蔵庫に入れるために台所に向かう。一人暮らしにはかなり不釣り合いな大きな冷蔵庫。だが、よく晃と陽向の二人が来るため、そこそこ食材が詰まっている。自分もよく食べる為、と言うこともあるが。

 彼女へのプレゼント、のような形になってしまったお店の袋を持ち、ラメールの寝ている部屋へと向かう。

 中を覗くと彼女は起きていた。だが、顔を見ると、涙を流していた。


『舟……ごめんなさい……』


 何かとても悲しい事があった様に見える。それ以外の表情が読み取れなかった。


「何かあったの?」


 言葉は通じない。だが、彼女はずっと周を見続けて謝り続ける。

 何があったのかわからなかった舟は、布団を剥いで彼女の体を確かめようとする。

 だが、薄い毛布を剥いだ所で直ぐにわかった。

 股のあたりが濡れていた。

 舟にはなぜ今になってこの様な尿もれをしているのかすぐには繋がらなかった。

 3日間便が出なかったのは、今まで食べてなかったからだと勝手に判断していた所もある。

 だが、尿が出ていない事こそ、一番問題にしなくてはならなかったはずなのだ。

 あれだけ水を、スポーツドリンクを飲ませて居たのだから。

 しかし、検証や解決策はまだ後だ。彼女の体を洗わなくてはならない。

 だが、その前に、彼女の心を平常に戻さなくてはならなかった。


「大丈夫。大丈夫」


 泣いている彼女を起き上がらせてから、軽く抱きしめ、耳元でゆっくりとそう伝える。言葉を理解できているかわからないが、今の舟にはこれが精一杯だった。しかし、ここ数日付きっきりで彼女に接していたため、ラメールもなんとなく言いたいことがわかり、涙も落ち着いていった。


『ありがとう』


 抱きしめていた腕を、頭に起き、ゆっくりと撫でると、少し重そうな顔をしたが、撫で終えると少し嬉しそうだった。

 その顔を確認して心が満足した後、彼女を抱きかかえ、風呂場に連れていく。

 早く綺麗にしないとかぶれてしまうかも知れない。それと、小さい時の記憶に、ズボンをはいたまま出してしまった時、ものすごく気持ちが悪かった事を。水遊びで濡れた時とは違い、体に妙に纏わり付く事を思い出し、彼女もそれだけ気持ちの悪いことになっていると思い、急ぐ。


 しかし、ちょうどタイミングよく低刺激の石鹸を買ってこれたなと、恥ずかしかったがあの女性店員さんに感謝した。

 風呂場に彼女を連れていき、服を脱がす。しかし、脱がした時まで忘れている記憶力の良さ。それは、女性を裸にするという事。脱がした直後に今更ながらに恥ずかしくなる。

 だが、およそこれからほぼ毎日やらなくてはならない事になるだろう。それを理解し、彼女を体で支えつつ両手で自分の頬を叩き、気合を入れる。

 昨日と同じように、椅子に座らせてから、ゆっくりとシャワーを自分の腕に当て、彼女の体をぬるま湯で流していく。今日は、髪の毛も洗おうと思ったので、髪の毛はまだまとめて居ない。

 まずかぶれてしまうかも知れない、股のあたりをお湯で洗い流し、彼女の髪の毛を濡らしていく。長い髪の毛なので、床についてしまって居るのに気付き、慌てて洗面器の中にまとめて入れる。


「目をつぶってー」


 頭を上に向け自分の肩口にのせる。そして、こちらを見ている彼女に対し、目をつぶるジェスチャーを加えながら言う。一回目はわかっていなかったが、2回目には理解してくれていた。

 目をつぶった辺りで、ゆっくりとおでこからお湯をかけていく。

 なんとなくくすぐったいような表情に変わる彼女だが、次第に気持ちよくなっていったのか、落ち着いた表情に戻っていった。


『ほわー』


 頭皮と、髪の毛を優しく触りながらまずはお湯で汚れを落とす。そして、天然素材の低刺激シャンプーを取り出し、ゆっくりと上から下に擦っていく。両手で丁寧にやりたかった所だが、体を支えつつ行うには、流石に難しかった。そして、彼女の体が冷えないように、左手は彼女の体に巻きつけるようにしていた為、右手一本でゆっくりと洗った。

 もう一度お湯で髪の毛を流し、一緒に買ったリンスも付ける。何分付けておいて欲しいとか言ってたような気がするが、恥ずかしさで舞い上がっていた為、覚えていない。だが、

 ある程度時間が経ったから良いだろうと思い、流す。


『頭スッキリ!』


 次は、昨日も色んな意味で苦労した体だ。

 低刺激石鹸を一つ取り出し、もう一つの洗面器で勝った時に貰った泡立てミットで泡立てていく。首元からゆっくりと泡を使い優しく撫でていく。肩、腕、指。胸、腹、股、腿、足と。

 程よい香りで、彼女もご満悦なのか、いい表情をしていた。


『なんかいい匂いー』


 お湯で洗い流し、そして、サービスで貰った低刺激用洗顔用石鹸を使い、彼女の顔も洗っていく。

 全てを洗い終え、タオルで拭き、彼女を抱きかかえてリビングに戻る。

 洗っている間完全に忘れていた敷布団。2日連続で汚してしまった為、もう一枚の敷布団を彼女を座布団に寝かせて取りに行く。

 敷布団にシーツを引き、裸の彼女を横たえる。

 そして、本当は一度洗ってから使いたかったが、彼女のために買ってきた下着、そしてパジャマを取り出し、ゆっくりと着せていく。


『可愛い色。陽向のかな?』


 ブラジャーに関しては少々大きかったが、スポーツブラタイプだったので、そこまで問題ないと思い、そのまま付ける。

 髪の毛のタオルドライを終え、根本からゆっくりと微風のドライヤーで乾かしていく。時間が掛かるがしっかりと乾かしていく。、

 一つ驚いたことが。プレゼント包装して貰っていた中に、シュシュが2つはいっていたのだ。あの店で売っている物の中ではほぼ一番安い分類の物でしか無かったが、髪の長い彼女にとって、とても必要な物だったと、それを見て初めて気づく。ありがたく使わせてもらい、彼女の普段散らばっていた髪を纏め、体の前に垂らす事にした。




 陽向の羽毛の掛け布団は、被害を受けていなかったが、念のために軽く干すことに。

 その為、薄い毛布を何枚か重ねて彼女にかけておく。


『ごめんなさい』


 掛け布団を干している時、彼女は少し悲しそうな顔をしていたが、まあ、気にしない。

 万が一を考えもう一つ買おうかと思った所で気づく。

 自分が居ない時に、トイレに行きたくなったらどうするんだろうと。

 第一、まだ彼女がトイレに行けた例がない。昨日、今日と失敗している。その前に、彼女とのトイレのサインも決めていない。第一、近くに居た時でも、声をまだ殆ど出せない彼女にとって、知らせる事も難しいだろう。

 その様な時どうすれば良いか。頭を悩ませた。


 ナースコールみたいにボタンを押して貰う。彼女にその握力があるかわからないので却下。

 その時が来たら、笛を拭いてもらう。彼女にその肺活量があるのかわからないので却下。

 来た時みたいに光ってもらう。どう考えてもムリ。

 考えが脱線し始めた辺りで、ふと良いものを思い出す。

 赤ちゃんが付けるもの。おむつだった。

 確かに名案だと思ったが、彼女にとって屈辱では無いのかと思った。だが、そう何度も布団を洗ったりすることは出来ない。一般家庭であれば、敷布団の予備なんて殆どありえないからだ。たまたまこの家には多く泊まりに来る事があるため、数が準備してある。それらを鑑み、申し訳無いが、ラメールには紙おむつをしてもらう事にした。




 昼ごはんは、いつものおかゆにスポーツドリンク、フルーツにはバナナを細切れにして食べさせる。少し繊維質が強いかと思ったが、今の時期の旬のフルーツと言えば、簡単に浮かぶのはスイカくらいだ。バナナは企業努力のおかげでほぼ通年手に入る。桃も今の時期からだが、来週立華家が山梨の知り合いの桃園から買ってくるのをおすそ分けしてもらうため、その美味しい方を食べてもらいたかったので、買っていない。他には、何故か今ドリアンが旬らしいが、自分でも食べるのに苦労するものを彼女に食べさせるわけにも行かず、却下する。

 バナナの食感が最初びっくりしていたが、香りと甘みを感じ始めると気に入ったらしく、次を再即してきた。


『ぬちゃっとしてるけど、甘いねぇ』


 そんな細かなことにいちいち反応してくれる事が楽しくて、ここの所、食事する時が楽しみで仕方がない。だが、その食事も快適な生活が行えるから、楽しめるのではないかとも思う。その為、食後、彼女が寝てからまた外出する。今度は紙おむつを買いにだ。




 2時間ぶりくらいに商店街につく。目的のお店が、先程死線を彷徨ったお店の斜め前と言う事で、お店の人に見つからないように、隠れながらそそくさと入っていく。シュシュのお礼もしたかったが、今はその心の準備が出来ていないため、申し訳無いが、後にさせてもらう。

 目的の店は薬局の為、色々と置いてあるが、おむつまではどこにあるのか知らなかった。そして、店内をウロウロし、ようやく見つける。だが、ここでもサイズの問題が出てきた。

 身長的には大人用のおむつになってしまうが、体重的には多分、子供用の最大サイズでも可能だろう。しかし、子供用の最大サイズはパンツタイプしか無かった。立って動くわけでもない上に、万が一付け替える時を考えれば、パンツタイプより、テープ止めタイプの方が好ましい。デザイン的に可愛くないので、子供用の方が良いのかもしれないが、利便性を考え、大人用のを選ぶ。そして、水ウェットティッシュ。トイレに流せるタイプがあると知り、そちらを選ぶ。簡単にスマホで調べると、大きな方は中身をトイレで流してからおむつをテープ止めしてゴミ箱という方が通説の様な書き方をしていた為、ついでに流してしまおうと考えたからだ。


 そして、もう一つ必要なものがある。それを探しに商店街の駅側、舟の家とは反対側にある、日曜生活品雑貨屋に向かう。

 先程調べたサイトに買いてあって、完全に失念していたこと。蓋付きのゴミ箱だった。

 毎日積み重なっていくおむつ。赤ちゃんであれば、一日数回変えることもあるらしい。それらを普通のゴミ袋に入れておくと、なかなかに匂いが漂ってくるそうだ。それに、毎回きっちりと閉めるわけにも行かず、更には簡単に開け閉め出来ないと育児ストレスにもつながるとも。

 なるほどと思い、足で踏んで開けるタイプのゴミ箱を購入する事にした。運良く、蓋が深くかぶるタイプがあり、少々高かったがそれを選ぶ。

 満足行く買い物が出来、ホクホク顔で帰ってる所に、例の店員さんに窓越しに見られ、慌てて会釈する。

 先程の羞恥心が全て蘇り、真っ赤になって早歩きで帰宅した。





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