第6話
「やばい! パパとママ来ちゃった!」
「舟! どうする?!」
「とりあえず、隠す方向で! これから俺の部屋に彼女を連れていく!」
「わかった!」
「OK! それじゃ僕達は大地さんと伊万里さんを足止めしておくよ」
そう言って行動しようとした所に、声がかかる。
「なーにー? 私とパパをどうするってー?」
伊万里さんがリビングの戸を開ける前に、3人の漏れ出た声を聞いていた。
「何悪巧みしとんじゃー!」
伊万里さんは、料理を両手に持ったまま、足で横開きの戸、ふすまを開く。行儀が悪いなんて言ってられない。悪ガキ3人が何かしようとしているのだ。面白そ……ではなく、止めなくてはと急いで開けた。
「あれ……伊万里さん……、鍵開けないでどうやって……」
「鍵閉まってなかったぞ?」
晃はどうやってこの状況を乗り切ろうか、頭の中をフル回転しながら伊万里に対して質問をする。質問の答えは、伊万里さんの後ろから大地さんが顔を出し、晃と陽向の失策を伝えてくれた。
「それで、陽向、何するの?」
「えーと……(舟! もう無理!)」
「晃君。何するの?」
「それはですねぇ……(舟……すまん、無理だ)」
「そう。なら舟君なら教えてくれるよね?」
伊万里が舟に対して優しい口調になる理由。それはいつも晃と陽向が悪巧みをして舟を引っ掻き回しているからだ。それを知っているからこそ、二人に厳しい口調で聞き、舟には呆れたから、回答お願いね。と言うような口調で聞くのだ。
だが、今回に関しては、舟が言い出しっぺだ。その為、舟も黙り込んでしまう。
伊万里さんをどうにかしてもらおうと、舟は大地さんの方を見るが、伊万里さんが作ったと思われる料理と、商店街で買ってきたおつまみや惣菜を、いつの間にか舟の家の食器棚から幾つものお皿を持ち出し、足の低いテーブルの方に、にこにこ顔で並べていた。
舟は観念し、明夫さんの時に味方に回ってもらおうと考え、口にする。
「隣の部屋を、見てください」
そう言ってふすまをゆっくりと小さく開ける。
少し薄暗いが、外の光がまだ入ってきているため、彼女の詳細な容貌は確認できなかったが、遠くからも美人であることははっきりと見えた。
「どーしたのよ! 舟君!!」
身長差約40cm。それだけある舟だが、意図も簡単に伊万里さんにガクガク体を前後させられてしまう。
「おお! べっぴんさんだ!」
大地さんは、舟の背中を思いっきり叩いてくる。パーンと言う破裂音が大きく響くが、これをどうやって説明したものかと悩んでいる舟には痛みは全く感じていなかった。
「で、彼女は誰なのよ」
全員座布団に座り、大地さんが切り出す。
既に持ち寄っている日本酒を一杯飲み干してからと言うのは横に置いておく。
「ラメールさん……、庭に光る球体が現れて、そこから出てきた……」
大地さんは2杯目を口に含んだまま、そして伊万里さんはもう一口飲もうと口に運んでいる所で固まる。
普段からジョークを言うような性格はしてないし、嘘をつく性格もしていない。そんな舟から出来の悪いジョークが聞こえてくるのだ。矛先は直ぐに変わる。
「陽向! 舟になんてこと教えるんだ!」
「私じゃ無いよー! と言うか、ホントなんだよー!」
「嘘おっしゃい! また、舟君に迷惑かけて!」
「ちょっと!ママまで! 信じてよ~!」
「伊万里さん、これは本当の事なので……」
「晃君まで巻き込んだの?!」
日頃の行いというか、なんというか。
本来であれば、舟が晃と陽向に説明したことは、この様な反応になるだろう。それだけ、二人は舟の事を信頼してくれているという事がわかる。その為、陽向に感謝するため、援護をする。
「陽向、嘘付いてない。本当のこと」
「えっ?! 本当なのかい? 陽向をかばうような事はしなくて良いんだからね?」
「かばっていないです……」
こうまで言っても信用されてない陽向は、なんか可哀想になってくる。だが、本当の事な為、真剣な表情になり、もう一度伝えた。
「うーん、にわかに信じがたいが、それを証明できる事はあるのかい?」
「それは……」
舟は言葉に詰まった。その様子を見たのは自分だけであり、動画など取っている暇も無かった。それ以外で、彼女が突然現れた人と表現できるもの。そんなものは無い。彼女が身につけていた物も、あの衣服だけ。やたらと乾くのが早く、しっかりと洗ったが、少し色がついてしまい、落としきれなかったと思った場所も、実は既に綺麗になっていた。だが、それが納得させるような物とは到底思えなかった。
「まあ、明夫ちゃん来るまで待つか。っと、もう18時か。連絡してくるよ」
そう言うと、大地さんは立ち上がって縁側で明夫さんに連絡しにいってしまった。
説得は失敗。大地さんと伊万里さんは味方に付いてもらえなくなってしまった。
18時半頃、晃の母親、花さんが料理を持って訪ねてくる。
「こんばんわ、舟ちゃん。明夫さんはもうちょっとで来ると思うわ。先に行ってって電話あったから」
「花さんいらっしゃい。もう皆中で待ってますよ」
刻一刻と刻限、執行時間とでも言おうか、近づいてくる。
明夫さんは、全てが上回っていた。お金でも、人柄でも、器でも。
身長と体重だけが勝っていても、何の慰めにもならないくらい、大きい人だった。
そんな人が後見人になってくれた。とてもありがたく、そして、嬉しいことだった。大人として、男性として目標にしている人なのだから。
しかし、無断と言うのは違うかもしれないが、公序良俗に反することと言えそうな状況を作ってしまっている為、最悪後見人では無くなってしまうかもしれない。
それだけならまだ良い。ひょっとしたら、今日を境にこの家に来てくれなくなる、いや、家族のように付き合ってきた中だったが、完全に赤の他人の様な扱いになってしまうかもしれない。
それと、万が一彼女を国に任せる、もしくは、他の機関に任せる様な事になれば、注目されてしまう。いや、そんな事はどうでも良い。彼女から離れてしまう事になってしまう。
それが怖かった。
まだ18歳の大学一年生程度だ。小学校入学前、幼稚園の時からだから、14年になるだろうか。それだけ付き合ってきたのだからと大丈夫なんじゃないかと思わなくもない。でも、今は不安でいっぱいなため、全てが悪い方向へと考えてしまう。
皆と一緒にいる為、そして、周りが騒がしいために、多少は気が紛れているが、緊張はほぐれず、時が経つに連れて少しずつ増して行った。
「舟、来たぞー」
花さんから遅れること15分。とうとう明夫さんが来てしまった。
いつもなら、嬉しいことなのに、今日は不安のため、素直に喜ぶことが出来ない。どうやって説明すれば良いか、どうやって信じてもらえばいいか、彼女と一緒に居るにはどうすれば良いのか。様々な言葉が頭に浮かぶが、良い言葉、そして良い回答は全く出てこなかった。陽向から借りた小説であれば、何か閃き、相手を屈服させる事が出来たりするのだが、そのような事は全く無かった。
「いらっしゃい」
余り感情が表情に現れることが無いと自覚している自分だが、今日はより笑顔と言うモノが作れてなかったと思えた。
「どーしたよ。そんな顔して?」
しかし、そんな事お構いなく、明夫さんは舟の表情を読み取る。長年の感か、それとも自分を見続けてくれたおかげか。どちらにしても気づいてもらえたことは嬉しかった。だが、気づかれてしまった事に、窮地に立たされてしまった。
「おー、明夫ちゃん。こっち座んなよ!」
大地さんが、自分の隣に座布団を置き、叩きつつ明夫さんを呼ぶ。普段の光景の為、本来は何もおかしな行動ではない。だが、今の舟には、大地さんが明夫さんに何か言うのではないかと、怖くて仕方がなかった。
「とりあえず、かんぱーい!」
舟の不安をよそに、宴会は始まる。
騒がしい中、全ての会話を聞き取る事は出来ない。その為、大地さんと明夫さんの小さな声は、反対側に座っていた舟にとっては何も聞き取ることができなかった。
そんな時、突然舟に声がかかる。
「舟、明夫ちゃんに話があるんだろ?」
大地さんからだった。明夫さんに話してなかったということで安堵するが、執行時間がついに来てしまった事も同時に告げていた。
「なになに? 舟にも彼女が出来たとか?」
心臓が大きく跳ねる。やっぱり話してしまっていたのか、それとも、何かの感で気づいてしまっていたのかと。
「そんなの、舟から言わないと面白くねーだろ」
「大ちゃん、良いから教えてよ」
「いやいや、ここは舟からな」
「そうかい。んじゃ、舟。なんだい?」
緊張からか、喉が渇く。用意されているお茶を一口飲むが、それでもまだ言葉が出せない。ハーフパンツの裾を思いっきり握りながら、緊張と戦う。明夫さんは興味津々な表情で舟の顔を覗いている。何を言い出すのだろう。何を言ってくれるのだろう。早く言ってほしくて、そして何が出てくるのか楽しみで、ワクワクしている顔だった。
「隣の部屋を見て欲しい」
なんとか絞り出した言葉。だが、それだけで力を使い果たしてしまい、動くことができなかった。
「大ちゃん知ってる?」
「おうよ。ふすまちっと開けて中覗いてみ。ほら、花ちゃんも」
そう言うと二人は、ただ単にエアコンの節約という為だけに閉めていたと思っていた隣の部屋をゆっくりと開ける。
磨りガラスの為、隣は見えないが、電気はついていたのを、今更に気づく。
そして、布団に寝ている髪の長い女性が一人。しかも銀髪だった。こちらから眺めているのに気付き、彼女もほんの少しだけこちらを向く。思わず明夫が上、花が下で覗いていた二人だが、見られていることに気付き、挨拶をしてしまう。
ゆっくりと戸を閉め、二人は席に着く。
舟は何を言われるのかわからず、処刑台の上に立っている気持ちだった。
「舟、彼女は誰だ」
少し低い言葉で舟に質問する明夫。だが、本当に素直に言って良いのか。それとも、何か別の言葉で彼女を表現するべきなのか。何もかもまとまらない状態で答えなくてはならなかった。
「4日前の朝、光る球体の中から突然出てきた」
結局、これしか言えなかった。信じてもらえないだろう。明夫さんにがっかりさせてしまっただろう。彼女とのお別れかも知れない。様々な負の感情が湧き上がり、泣きたくなって来た。
「大ちゃん、知ってた?」
「今日来るまで知らんかった」
「どんな関係なんだ?」
「よくわかんねぇ」
「陽向、晃、知ってるか?」
「僕達も、今日知ったばかりだよ。ラメールさんって名前で、体が弱くて殆ど動けないみたい」
「よくそれがわかったな」
「体が弱いのは声も出せないみたいで、すぐにわかったけど、名前はラメちゃんが来てた服を舟が見せて、頷いてくれたからそうなんじゃないかって……」
「その服を見せてみろ」
舟は足がしびれて動けなかったが、なんとか立ち上がり、廊下に干していた彼女の白いスーツを持ってくる。
「これがそうか。首元に、ラメール=ヴァルゴで良いのか? 書いてあるな」
明夫さんは色々と確かめつつ、彼女の名前を読む。
「で、舟。どうしたいんだ?」
そう言えば、どうしたいかは一言も言ったことがなかった。どうしたい。それを自問自答するが、一つの答え以外無かった。
「一緒に居たい」
何か特別な事をしたかったわけでもなく、ただ単に一緒に居たかった。ただそれだけしか自分の中に湧き上がってくる言葉は無かった。
明夫さんは暫く沈黙の後に短く一言答える。
「そうか」
その後は、暫く目をつぶり、黙り込んでしまった。
舟にとってどう転ぶか今はわからなかった。だが、自分の中から湧き出た本心を短いながらにも答えた。これ以外の言葉は無かった。自分の中では正解かも知れないが、明夫さんにとって不正解かもしれない。僅かな希望と大きな不安と。この場から立ち去りたかったが、その様な事も出来ず、ただ立ち尽くしているだけだった。
そして、唐突に明夫は口を開く。
「いーんじゃない?」
「は?!」
「だって、舟に彼女、で良いのか? 出来るんだよ? おめでたいじゃないのよ!」
「おいおい、明夫ちゃん、そんなんので良いのかよ」
「だってよー、ずーっと気になってたんだもんよー。彼女出来るのかな、結婚できるのかな、良い子なのに口下手だから、誤解されやすいし、でっかいから怖がられるし、ずーーーーっと悶々としてたんだ
よ? 良いじゃないのよ、どこから来たのか、別世界から来たのか、未来から来たのかわかんないけど、彼女になってくれそうなんだから」
「いやー、彼女ってまだなってないと思うけど」
「あれは大丈夫。なんとなくそう思った。舟! 押しまくれ! そして押し倒せ!」
「ちょっと、明夫さん! 舟ちゃんにそれは早いでしょ……」
「そーか? 晃なんて、アオちゃんとの初体験で避妊失敗して、結婚するつもりだからって俺達に言ってきたじゃないか。お前も一緒に聞いてただろう」
「お父さん!! それ、今出さなくたって良いでしょ!」
「おー! 晃くんも男になってたのか!」
「うちの娘は多分、もう女になってるんだろうねぇ。雄樹君、ちょっとキリッとしてきたから」
「ママー!! 何いってんの!」
「どうせ、この旅行中も、色々と楽しんでたんでしょ?」
「ママっ!! もう言わないで! 舟! どうすんのよ! とばっちり受けちゃったじゃない!」
「そうは言っても……」
「陽向ちゃん、舟にあたんなよー。大人になったらどうせ通る道なんだから」
「明夫さん、それセクハラ」
「うぉっ! それは不味い。女子社員にもこの前それで怒られたんだよな」
「貴方……、今なんですって?」
「ちょ……、やべぇ、ボロが出た! 舟! 助けて!」
「いーえ、これから説教します!」
「明夫さん、ごめんなさい」
「そりゃないよー!」
フローリングの床な為、座布団ごと、ズルズルと明夫さんは花さんに引かれていく。説教部屋として今回選ばれたのは、舟の母親の部屋だった。通路挟んで隣の部屋だから、聞こうと思えば聞くことが出来たが、戻ってきてからとばっちりを受けたくない全員は、とりあえず、居なかったことにして宴会を進める。
「舟、良かったね!」
「一安心だね」
「うん……」
二人に祝福、いや、言葉は無くとも、この場にいた全員が祝福してくれていただろう。
おかげでようやく、気持ちが落ち着いてくるのを感じた。
「あ!」
だが、そこで一つ思い出す。
彼女に晩御飯を食べさせて居ないことを。
そーっと隣の部屋を覗くと、笑顔だが、とても怖い目をした彼女がこちらを見ていた。