第1話
「ようやくテスト終わったー!」
ショートカットでタンクトップに薄めのアウター、ハーフパンツの活発そうな女の子が伸びをしながら友人二人に話しかける。彼女は神坂 陽向。160cmでいつも朗らかな笑顔で周りをかき回していくムードメーカーだ。
「陽向は薬学部だもんな。大変だろう」
頭半分以上高いTシャツに半袖のジャケットタイプのアウター、濃いめのジーンズをはいた美男子が陽向に話しかける。彼は、立華 晃。178cmという高身長の美男子。頭脳明晰、落ち着いた性格。絵に描いたようなイケメンと言えよう。
「でも、好きだからね。晃は宇宙科学ってどうなのよ」
「難しいよ。でも、自分だけの星見つけたいし、やりがいはあるよ」
「ふーん。舟はどう、コミュニケーション学科」
「うん、楽しい」
「しかし、舟がそんな学部選ぶとはねぇ。思いもしなかったよ姉さんは」
「誰が姉さんだ。同い年だろう。俺も舟がそっち選ぶとは思わなかったけどね。運動系か、運動科学とか行くかと思ってた」
「運動好きだけど、話したいから」
「相変わらず口下手ねぇ。でも、そんな図体してその喋り方ってやっぱり怖いよね」
舟と呼ばれた男、彼は新開 舟。舟は陽向より頭一つ分大きい、身長195cm、体重110kg。しかも、体型はアンコ型ではなく、完全なる逆三角形型であり、体脂肪も10%という筋肉質だ。そんな男が甚兵姿で歩いていれば、どこぞの危ない人と思われかねない。実際は口下手な人畜無害なのだが、筋肉による威圧感は半端なく、陽向が待ち合わせでナンパされている時も、晃が女性に囲まれて困っている時も、舟が来るだけでそそくさと逃げていく。
これだけの肉体美と呼べる体を持っているが、特に運動に特化して過ごしてきたわけではない。
陽向は陸上の中距離をインターハイ出場まで頑張っていた成績はある。晃も、バレーボールを都大会ベスト4まで行った。しかし、舟は中学は晃に誘われてバスケットを。しかし、高校では何故か柔道を選んだ。しかし、大会に出場したことはなく、選手に選ばれても出場を辞退していた。
高2年の終わり頃、昇段審査を受けに行き、一回で黒帯を取ってきたので、弱いということは無かっただろう。しかし、それで満足したのか、その後も試合に出ることはなく、段位を取ってからはレギュラー陣から一度も負けること無く、次の昇段審査に向かうことも無く引退した。
ただ、陽向と晃にはわかっている。ただ単に黒帯が欲しかっただけだと言うことが。
今でも、当時を知っている人から柔道への誘いが来るが、一度も頷いたことは無い。
それに、毎朝、1時間かけて祖父から習った剣術の様なもの、祖父も戦時中に友人から習っただけなので、正式な流派も、更には戦時中に独自に磨き上げていった物なので、完全自己流なのだが、それをやっている為、肉体的には非常に充実している。
それだけ仕上げてある肉体なのだから、運動系の部活等からはひっきりなしに勧誘が来る。時には、晃の逆ナンより人数が多いくらいに。
「舟君! 是非わがアメリカンフットボール部に!」
「いや、我がラグビー部に!」
「一匹狼と聞いている彼にそれはないだろう。剣道部は君を歓迎するよ!」
「経験者なんだから、こっちの柔道部が最適だろうよ!」
「舟君はチアにこそ来るべきよ! リフトもこなせるし、彼の身長を活かすにはこちらが最適よ!」
「オリンピック種目になった空手がおすすめだ!」
「あの……美術部に……」
「その身長はバスケットに!」
「ジャンプ力強化してバレーボールをやろう!」
「ハンドボールでキーパーをやらないか?!」
「キーパーならサッカーが良いだろう、プロ化もしてるし、君なら将来有望だ!」
「日本男児と言えば相撲だろうよ!」
テスト最終日開けということで、舟の周りには一気にこれだけの人が集まってくる。
何か変なものが混ざっていたりするが、大学の部長達の連絡網に、舟の性格は温厚だということが流れてからこの手の勧誘が止まらない。
そして、舟もさっさと押しのけて逃げればいいのに、口下手により簡単に断る事ができず、孤立してしまう。
「舟ー、いくよー」
陽向から言葉がかかり、慌てて周りに謝りつつ逃げ出す。部長達が前を遮ると意図も簡単にかき分けて逃げ出す。少し抵抗を感じるがそのまま進む。
「ごめん」
「それはぶら下がってる部長さん達に言うべきじゃない?」
腰に二人、ラグビー部の部長と、なぜか美術部の女性の部長がしがみついていた。
「えっ!?」
「部長さん達、あんまり舟に構いすぎると、切れちゃいますよ?」
陽向がそう言うと慌てて二人の部長は手を放して距離を保つ。
「それじゃ、失礼しまーす」
これが普段と言うのもおかしいが、とあるタイミングだけ、そう外れてもいない日常だった。
「舟、気づかないもんなの?」
「わかんなかった」
「舟のパワーも凄いもんだねぇ……」
「それと、明日から3日間、あたし居ないから。もし、うちのごはん食べたくなったら連絡してね」
「あー、僕も明日から居ないんだ。舟の家に遊びに行けないけど、よろしくね」
「なによ、またアオちゃんとデート?」
「そう。そう言う陽向も雄樹君とかい?」
「この頃全く隠さなくなったわねー。大人の女とのデートはそんなに楽しいのか」
「ああ、楽しいよ。ずっと憧れてた人だし。それに、可愛いんだよ。二人っきりだとね」
「クールなOLのアオちゃんを可愛いって。良いわねぇ。大人のデートが出来て」
「陽向こそ、雄樹君と大人のデートしちゃ駄目だよ?」
「えーっとー……」
「青少年保護条例。守らなきゃね」
晃は、昔の家庭教師をしてくれた女性、友藤 蒼衣さんと付き合っている。24歳のOLで、クールな姉御肌の女性だ。晃がずっと片思いし、高校卒業と共に付き合い始める。憧れていた人と付き合うことが出来ている晃は事あるごとに蒼衣さんの話をする。だが、元々この3人とは知り合いであるため、知ってることを何度もループして聞く状態になるのだが、今の所は温かい目で見守っている。
陽向も郡山 雄樹という男性と付き合っている。彼が10歳の頃、怪我して我慢して泣かないで居た所に、陽向が優しく介抱し、号泣させてしまう。そして2年後に告白される。陽向はずっとはぐらかしてきたが、今年の春、彼が16歳になった時に交際を初める。小さくて可愛い子というイメージだった彼は、順調に身長を伸ばしていくが、まだ陽向と同じ身長にしかなっていない。ちなみに、こちらも3人共、怪我して居た時からの知り合いになっている。
二人は、お互いのパートナーと初めての旅行と言う事で、非常に舞い上がっていた。
「だから、舟、一人だからって泣かないでね?」
「大丈夫」
舟は現在一人暮らしをしている。両親は幼い頃に死別し、血縁で残っていたのが父方の祖父、新開 哲夫の所だけだった。新開 哲夫は太平洋戦争に参加した海軍兵士で、航空兵だったそうだ。戦争が終わり、しばらくしてからようやく結婚する。37歳の時に初子が生まれる。それが舟の父親だった。舟の父親も、結婚が遅く、舟は36歳の時に生まれる。
その祖父は、舟が大学入学を決めた後に倒れ、そのまま直ぐに逝ってしまった。92歳の大往生だった
元々、晃の立華家と、陽向の神坂家は祖父の哲夫が繋がりを持っており、その縁で3人は一緒に育っていった。小学校から現在に至るまで、クラスこそ違うことがあったが、全ての学校が同じであり、大学も歩いてすぐのところにあるマンモス大学へと進学する。
葬儀の時も両家は手伝ってくれ、舟もなんとか喪主を勤め上げた。ショックだったが、やらなければならないことが多すぎて、泣いている暇が無かったため、薄情な孫だと言う人も居た。だが、表では普通にし、裏で哭く。そう言う男だと両家はわかっていた。
哲夫の死後、頻繁に家に尋ねてきてくれては、宴会をやって散らかして帰る。
一般的に言えばはた迷惑な話だが、それも、舟の事を考え、心配しているからこそだ。元々、哲夫の所でよく飲んで騒いでを常態的にやっていたからでは無かった。ただ、無差別に集まってくるにしては、昔から持ち寄る料理の質が高いなと思っていたが。
立華 晃の父、立華 明夫は酒を持ち、その母である立華 花からは、幾つもの料理。神坂 陽向の父、神坂 大地からは商店街から貰ってくるつまみや食材。その母、神坂 伊万里からは、畑で取れた食材等が主に提供されていた。
それに、稀にだが、晃の彼女である蒼衣さんと、陽向の彼氏である雄樹君も混ざることもある。
10人の食事にはそれだけでは少ないため、舟は買い足した食材と伊万里の持ってきた物をあわせて何か作る。と言うことが普段行われていた。
飲めや歌え、笑いの絶えない宴は、夜遅くまで続くために、民宿並の布団保持数を用意せざるを得なかった。
ちなみに、祖父の残してくれた家だが、かなり大きく、3家族が寝泊まりしても未だに余裕ある物だった。古い日本家屋の造りな為、どこの武家屋敷だと言われたことがある。
祖父の亡くなった友人に大工の頭領がいて、二人の悪ふざけでこの様な形に。そして、10年前に祖父が「もうジジイだから、ジジイ用パーツを付けるぞい」と言って、玄関、風呂、トイレ、その他通路等を全てバリアフリー化、そして介護用に入れ替える。何故かトイレは二つ作った。陽向が勝手に男子用、女子用と決め、哲夫さえもそれを守っていた。一応緊急事態には両方開放するという盟約があるが、男性達は舟を除き、基本入ることは無かった。舟が入る理由は、単純だ。掃除するためである。
真ん中にある大部屋6部屋に関しては、全てふすま、と言うよりスライド式の戸で仕切っているため、真ん中の柱数本を除けば、かなり広く取ることが出来た。ドッチボールは余裕でできそうなくらいに。
しかし、このバリアフリー化は、一回も有効活用せずに終わることになる。祖父は、無くなる前日まで文字通り飛び跳ねるように動き回っていたからだ。ぽっくりと逝くと言う言葉が適切な程、死を意識させなかった。
その為、10年前にリフォームしたとは言え固定資産税や、相続税がとても高くなり、手放すべきかと考えて居た矢先、年度初めにある大型宝くじで前後賞の片方だけを舟が引き当てる。祖父の生命保険と合わせ、その他税金も全て支払う事が出来ることがわかり、そして支払い終えた後の金額でも、一人でもここで暮らしていくことが出来るとわかり、皆もようやく安堵したのだった。
そんな家に、舟は一人で住んでいる。掃除は毎日一部屋と決め、朝終わらせてから学校に行く。夕方帰ってきてからは、時には晃や陽向の食事。大抵は一人の食事を作り、夜の修練の時間に費やす。修練前に入れておいた熱いお茶は、修練が終わる辺りには冷えており、ちょうどよいくらいの飲みやすさになる。縁側で涼みながら、そのお茶を飲み、庭の様子や、隣の敷地にある古い神社の様子を眺める。日が落ち、部屋からの明かりなので、そこまで細かく見えないが、庭に生えている気になる雑草は修練後によく取る事が多い。庭の手入れ等は、基本早朝修練後に行うのだが、それでも見落とした場所があったりすると、その都度手入れを行ってしまう。
汗を流すために風呂にはいるのだが、バリアフリー化し、介護用の大型バスになっているため、お湯を入れる時間がかかる。水道代もかなり掛かるために、ここの所はシャワーで済ませることが多くなった。だが、何日かに1回は入りたくなるため、その時は修練中に貯めておくようにする。ちなみにカーテンを閉めて使うタイプのミストサウナがあるのだが、舟と陽向はこれがお気に入りである。3人が泊まる時は毎回使うのだが、ミストサウナを使った後の風呂がとても熱くなるため、苦手な晃が毎回怒るようになる。その為、3人の中での一番風呂は自然と晃になっていった。
汗を流し終えると、全ての雨戸、木で作られた物ではなく、リフォーム時に、ステンレス製に錆止めを塗った物や、中にガラスを埋め込んだ物になっていたが、それを閉め周り、自室に戻り、読書や勉強、趣味の時間になる。
実は陽向が重度のアニメオタクであり、毎回色々な物をBDやDVD、そして書籍等で進めてくるため、基本それを見続けることになるのだが、極稀に晃がピンポイントで名作を引き当てて来るため、そちらも見なくてはならなかった。今回は12話の動物の物語だった為、動物が好きな舟は直ぐにそれを見終えてしまい、それに陽向が嫉妬する事があった。
その為、趣味の読書の時間と言うより、アニメを見ている時間のほうが結果的に長くなる傾向にあったが、特に気にすること無く日々を過ごしていた。
翌朝5時。舟の朝は基本このくらいの時間から動き始める。
修練後に飲むお茶のお湯を沸かす為に火にかけてから全ての雨戸を開け、中央のふすまを全て開け、家の中の空気を全て入れ替える。祖父が存命中だったときから取り続けている新聞を取りに行き、お湯が枠まで軽く眺める。お茶を入れ、修練を始める。基本木刀を持っての素振りになるが、かっこいいからこっちにしろと祖父から言われ、太い木の枝でやることもある。今日はなんとなく木刀の気分だったが。
7月中旬。ツバメのヒナが軒先で餌をねだる。
親鳥もひっきりなしに、我が子のためにと虫を捕まえては運ぶ。
その様な穏やかな日常の中での修練。ツバメの親が来る時には自然と剣を止め、飛び去ってから再開する。
毎年ツバメが巣を作るため、気配と言うか、音と言うか、飛んでくるのがなんとなくわかるようになってきた。
好きな花の上位に来る紫陽花は、もう9割方花が枯れ、切り落としてしまっている。両方が揃う事は無いのだが、好きなものが一緒に来てほしいなと思うことはある。
雑念を払いつつ、修練を終え、簡単な手入れを終わらせる。
蓋を締めていたお茶は、殆ど冷めており、冬に飲むには厳しい温度だが、今の時期にはちょうど良い温度になっている。
午前6時過ぎ。縁側で、ツバメのBGMを聞きつつ、参道を通り、早朝のお参りをしている人達の柏手の音がかすかに聞こえる。
この様な穏やかな毎日。祖父が亡くなってからは、久しぶりのことだが、気持ちもようやく落ち着き、穏やかと思えるようになってきた。お茶を飲み干し、そんな穏やかな日常が続けばいいなと思っていた矢先、庭先に雷をまとった真球の白い光が現れた。
舟は慌てて衣服を整え、木刀を構える。
上半身が半裸状態になっていたため、木刀を振るった時に引っかかる恐れがあるために着る。
舟にとっても、このような現象は初めてだ。雷をまとった物に対して、木刀なんかが何の役に立つのかもわからない。だが、好奇心、いや、恐怖心か。その様な感情で、その場から逃げ出す事を選べなかった。
しかし、その発光球体は、いつまで経ってもその様な状態を維持し続けている。
すぐ何かが起きるわけではないと、判断できた舟は、思考に余裕ができ、ふと陽向から借りていた書籍の内容を思い出す。
その何種類かの例であれば、この様な光の現象は、物の数秒で終わるような表現になっていた。
しかし、目の前に起きているこの発光現象は10分経っても収まることがない。
全身の筋肉が緊張していた中、その様な状態を維持することは難しく、適度に力を抜く。
しかし、木刀だけは常にその発光現象の中心を射抜く位置で構え続ける。
近所のサラリーマンが出社していく足音、そして、ゴミ出し等で遭遇する奥様達の井戸端会議の声が聞こえる。
この発光現象は、表の通りではなく、裏庭の神社側にあるため、誰も気づくことはない。
ツバメの親もその発光現象に少し驚いたみたいだが、離れた位置であったため、次々と餌を運んでは飛んでいく。
舟は、本当に起きているものでは無く、自分の妄想なのか、錯覚なのかと考え始めていた。
およそ30分だろうか、こちらの根気が付き始めて来た辺りで発光現象の中央に影が現れた。
時間が経つに連れてその影も色濃くなり、やがて人型になっていく。
舟はうっすら抜けていた気をもどし、状況に対処できるよう構える。
影の濃さが最高潮といえる時、発光球体の中央から綺麗に避け、中から人が出て来くる。
女性だった。いや、今の所、女性と判断できた。その容姿は美しく、白い肌、腰まで伸びた銀髪、スラリと伸びた手足。服装には白一色の継ぎ目のない進化した宇宙服とでも言おうか、余り美的感覚の良いものでは無かったが、それらがマイナスしても、有り余る魅力が彼女には伺えた。
その彼女と目が合う。ゆっくりと微笑み、こちらを伺う。だが、突然困惑した表情へと変わっていく。周りを見渡し、今までに見たことの無い光景を見ているかのように慌てている。次第に発光球体が、中央から裂け、反対側にまでその裂け目が広がり、完全に裂け目がぶつかり、消滅する。
彼女は慌てて後ろを伺うが、既に発光球体は消えており、真っ青な絶望した表情へと変わっていった。
「****……****……」
しかし、地に足が着いた途端、彼女は地面にうつ伏せで倒れることになる。
舟は何が起きたのかわからず、剣の切っ先を彼女に向けたまま、ゆっくりと近づき、観察する。
すると、顔が真っ青なのと、呼吸が上手く出来ていない様にも見えた。
ゆっくりと仰向けに起こしてみると、ほんの少しだけ呼吸が楽になったのか、薄く目を開けてこちらを見た。しかし、直ぐに目をつぶって苦しそうにする。
「どうした……んですか……」
舟はその女性のことが心配になり、声をかけるが、口を開くだけで声は発せられなかった。
苦しそうにしているし、どうするべきかと悩んだが、意を決して彼女を抱き上げ、家の中に連れて入ることにした。




