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未来からの帰宅  作者: 圧縮
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第14話

 舟との初めてのケンカ。ケンカをしたこと自体、小さい時の癇癪レベル以外では、ほぼ初めてだった。

 舟はなんで一緒に居てくれなかったのか、なんで一緒に相談に乗ってくれなかったのか、なんで、花だけに任せちゃったのか。色々と頭の中をぐるぐると回り続ける。


 ひょっとしたら、あのお皿を割ってしまったのが原因なのかもしれない。大切にしていた皿。形見という、とても大切にするべき物。おじいちゃんの想い出のこもった皿。舟の所に来るまでは、皿という存在は資料映像で見て知識として知っていた。食事なんて常時2粒の錠剤を飲むだけだった。女性は月1くらいで特別な錠剤を飲むことになっていたけど。


 そんな特別な事を体験できた。それだけでも嬉しかったのに、色々な物を舟は作って食べさせてくれた。私の口が上手く動かないのに、食べやすいように色々と工夫をしてくれた。そして、食べやすいように抱きかかえて食べさせてくれた。暖かい舟に包まれながら食べる美味しい食事。体は硬いけど、それがとても安心出来た。体が動くようになってから、自分で食べられる様になってから、舟はあまり抱きしめてくれない。私が困っている時だけだ。もっと一緒に居たい、もっと触れていたい。そう思っても、舟は応えてくれない。


 迷惑をかけちゃう事が舟にとって嬉しいことなのかと思うけど、多分違う。陽向や晃がふすまを壊してしまって、舟に怒られている所を見たことがある。短い言葉だったけど、とても重い一言。「もうするな」この言葉を舟の口から聞いた時、とても怖かった。そんなに強い口調で言ってない。普段通りの声。でも、凄く怖かった。だから、迷惑をかけることは多分正解じゃない。


 ならどうすればいいの。ずっと考えてきた。歩けるようになる、走れるようになる。これは私の希望。船団に居た時と同じように動けるようになりたい。今まで出来ていたことができなくなるのはとても辛かった。だから、もう前のように戻りたいとは思わない。けれど、舟とのあの暖かいやり取り。体の状態が戻っていくことの反比例の様に減っていったあの暖かい時間。どうやって取り戻そうかと考え、無理に舟の読書の時間に割り込んで、舟が読んでいる本を一緒に読んでいた。


 そこには、血を多く流して愛する人の目の前で死んでしまう女性が居た。だから、怖かった。今回、あんなに血が出て、自分が本の中の登場人物と同じようになってしまうのが怖かった。舟と離れたくない一心で舟に一緒に居てもらうようお願いした。でも、それは聞き入れてもらえなかった。花は大丈夫と言っていたが、舟がその場に居ない事には間違いない。それが、どんどん舟と離れてしまうきっかけの様な気がして苦しかった。

 そしてあの通信。


 何が正解で、どうすれば一番良い結果を得られるのか、どうやって舟に振り向いてもらえば良いのか。もうわからなかった。




 ラメールとのケンカ。小さいケンカ、例えば、初めてヨーグルトを食べさせた時、初めてみかんを食べさせて、酸っぱい房に当ってしまった時、その様な些細なケンカは幾度もあった。しかし、今回のケンカはそうではない。彼女との間に完全に溝が出来てしまった様に感じる。花さんは気にしなくて良いと言っていた。体のことか、心のことか正直その言葉ではわからなかった。花さんの事を信用しているため、それをそのまま鵜呑みにしている。だが、そのままでは正解にたどり着けない様な気がする。


 しかし、彼女の体のため、心のため、常に自分が側に居る状態を作ってしまうのはよくない。祖父が92歳まで生きた。両親は事故により他界。事故が無ければ自分はラメールの側に多分かなりの長い時間寄り添うことは出来るだろう。彼女にその意志があればだが。しかし、両親は舟が幼い頃に居なくなっている。それを考えると、彼女は一人である程度出来るようになって貰わなければならない。彼女の笑顔を見ているのはとても嬉しい。一緒にいるのもとても嬉しい。読書の時間、肩を当てながらこちらの本を読もうとする彼女の仕草はとても可愛らしい。


 だからこそ、彼女は一人でしっかりと生きていけるようにしたいのだ。


 先日の花さんに全てを任せてしまった事に関しては、女性特有の悩みだ。男の自分が聞いても何処まで解決できるかはわからない。それに、聞いても失礼に当たるだろう。女性が男性の性の話を聞いても楽しくないのと同じことだ。いや、陽向なら面白がりそうだが……。


 小さなケンカをしていた時は良かった。すぐに仲直り出来たからだ。当時の仲直りの方法はもちろん、美味しいものを食べさせる事。しかし、手を使って食べられる様になった彼女に対し、自分の手から食べてもらう事は侮辱に当たるだろう。あれだけ彼女が頑張って自分で食べられるようになってきたのだから、それを尊重するべきだ。


 しかし、それ以外の仲直りの方法が全くわからないし、浮かばない。おかげでこのケンカは長期戦となってしまった。




 8月末。舟とラメールのケンカは表立ってはわからないが、二人の間には未だに溝が出来ており、以前のように一緒にいることはなくなっていた。二人もその状態が良い事とは思っていないのだが、どうすれば良いのか二人ともわからなかった。


「伊万里、花、ありがとう」


「んー! やっぱりラメちゃんキレイね」


「そうね、浴衣持ってきて良かったわー。舟君にも褒めてもらえると良いわね!」


「うん……」


 皆で行ける者だけで夏祭りに行くことに。17時から始まるが、屋台自体はもう少し前からやっているため、15時の今、ラメールは二人から浴衣を着付けてもらっていた。他には陽向と紅、紗矢華も着付けが終え、お祭りを楽しむ、いや、一部は食べる気満々だった。


 ラメールの浴衣は花さんのお下がりで、白の下地に、ピンクや赤の花をあしらえたデザインであり、ラメールの銀髪ともあっていた。今回も髪を結い上げ、色こそ違うが和風美人と言えただろう。

 舟は既に準備を終えていた晃や雄樹君と、子供達2人を引き連れて先に行っている。準備を終えた5人は、先に行って楽しんでいる者達を追いかけていった。


 子供達二人と、大人二人は待ち合わせ場所近くの屋台に目が行き、ラメールと陽向は、既に来ているはずの男達を待つ。美女二人。参道の入り口で待っていると、案の定その手の輩が来る。髪を下手に染めた長身で細身の男だった。


「姉ちゃん達綺麗だねー、一緒しない?」


 随分と古典的な誘い方だと陽向は思ったが、ラメールにとっては初めての経験であり、そして、耳に入ってくる言葉は何かを含んだ物、そして何かとても耳障りな音に聞こえ、気持ちが悪かった。陽向はラメールの前に立ち、相手を威嚇するが、身長差があり、小さい犬が吠えてるようにしか思われていなかったようだ。


「いいじゃん、一緒しようよ。俺もこんなに綺麗な二人と一緒できたら一生の自慢になっちゃうもん、気合はいっちゃうよ?」


「うざい!」


「あら、怒った顔もかわいいねー」


 陽向の額に青筋が浮かび上がり、腰を落とし、全力で突きを放とうとした瞬間、男の後ろから声がかかる。


「あら、良いわねぇ。一緒に行こうかしら」


「そうね、皆、全部このお兄さんが奢ってくれるって。じゃんじゃん頼もうよ」


 すぐ近くの屋台に向かっていた伊万里や花達4人だった。


「げ、ババアもいんのか」


「その言葉は肩を捕まれている時には言わないもんよ?」


 伊万里の額にも青筋が浮かび上がり、表、そして裏から拳が放たれようとした所で大きな影に遮られる。

 男より頭一つ分高い、そして広い大きな影、甚平を着込んでおり、半分開いた前合わせ辺りから腕を腹のあたりに入れたまま男を見下ろしている。

 肉体は、しっかりと鍛え上げられた筋肉がはっきりとわかり、細身の男には勝てる要因が一つも想像できず、慌てて全力で手を振り払って逃げてしまった。


「舟、やっぱり怖いみたいよ?」


 その影の後ろから晃と雄樹君、そして、空也と政輝が顔を出してくる。

 舟にとって、どうすれば良いのかわからず、晃に腕をそこに入れて近くで突っ立ってれば良いからと言われ、その通りにしただけなのだ。なのに、この言われよう。だが、陽向もラメールも、伊万里も花も、紅や紗矢華達も何事もなかった様なので良しとした。

 実際は、ナンパしてきた彼の為にもなっただろう。あのままであれば、前後から全力の拳が彼の胴体に放たれ、悶絶していただろう。それを考えると、良いことをしたなと。そして、伊万里と陽向は、さすが親子だなと思った。

 舟はラメールに微笑みかけるが、ラメールは陽向と話しており、その微笑みは誰にも届くことがなかった。


「舟君、良いとこで邪魔しちゃ駄目!」


「伊万里さん、それじゃ、彼が病院送りですよ……」


「あら、そうだった?」


 その言葉に周りの男性陣は皆頷く事しかできなかった。


「まあ、良いじゃないの! さあ、楽しもうよ!」


 バンっと舟の背中を叩き、参道へと歩いていった。




 祭りは結局始めの彼以外は特に問題が起こること無く、ケンカのような事が何回か起きていたが、舟が近くを横切るだけで沈静化していった。おかげで今年は問題の少ないお祭りだったと屋台を出店していた商店街の人達から舟にお礼があったのは別の話。

 いっぱい食べ、いっぱい楽しみ、疲れたので皆が舟の家に戻る。

 だが、そこには花火を持参した明夫さんと大地さんが縁側で屋台で買った物をつまみにお酒を飲んでいた。


「よう、やってるよ。それと、これは子供達とラメールさんにお土産」


 そう言って手渡してくる物は花火だった。子供達は喜び、そして花火を見たこと無かったラメールは、教わりながら花火をゆっくりと楽しんでいた。

 舟は、そのラメールが楽しんでいる様子を少し眺めた後、そろそろ小腹らがすく者達も出始めるだろうと、そうめんを茹でるために台所に行く。


 花火を全部終えた頃に、そうめんを茹で上げ、テーブルに置くと、次々と皆が食べはじめる。朝の内に作っておいた冷たい水出しのお茶も一緒に置いておくと、どんどん減り、あれだけ食べたのに、まだこれだけ飲み食い出来るのかと関心したくなるほどだった。


 そして、風呂に入り、ラメールや陽向、女の子達はラメールの部屋に。晃や男の子達は舟の部屋に行き、眠ることに。

 夏休みの楽しい一日。実際に楽しかったので、誰も否定はできないが、それでも二人だけは心の片隅で芯から楽しめないでいた。




 舟と初めて一緒に行った散歩。冬の寒い日の縁日。同じ場所だけど、今はもっと暖かい時。色々な物があってとても楽しかった。そして、今回も本当は楽しかったんだろうと思う。だけど、心にずっとトゲが刺さっていて、心の底から楽しんでいるとは思えなかった。ただ、今日一緒にいる皆に心配かけたくなくて、頑張って笑顔を作る。

 知らない男の人が来た時、少し怖くて、でも、舟が来た時、とても嬉しかった。でも、何故かそれを素直に喜べなかった。

 あの日以来一番今日は舟を近くに感じられた日。勇気を持って話に行きたかったが、皆が泊まっていく事であり、舟に話かけられなかった。


 だけど、早く話さなければ来てしまう。


 怖い。


 だけど、舟と話せないまま、そして、嫌われてしまったまま行くのはもっと怖い。居なくなって良かったと思われたくなかった。ただ、どうやって仲直りすれば良いのかわからない。舟が喜ぶこと、笑うこと、何をすれば良いのか、いつもやってもらってばかりだったため、分からなかった。船団のためにするべきことは小さい頃から学んでいる。しかし、この世界にはその様な事は全く通用しない。そして、学んできたことは元々大多数の幸福と言うものだった。今必要なのは、たった一人のためだけに考える幸福だった。そんなことは学んでいない。自分の無力さを呪い、そして、無知をも呪った。

 話せるかもしれない。そんな気持ちを幾日も持ち続けることは出来ない。だが、話せなくなってしまう。そんな気持ちも幾日も、そして、期日が迫れば持ち続ける、いや、抑えきることなんて出来るわけがない。だけど、なんとか押さえ込んでいた。




 祭りの夜から数日間、なんとか抑えていたその気持だが、ある夜、恐怖に押しつぶされ、とうとう暴発してしまう。

 舟の部屋の前で立ち止まり、ノックをすることをためらっていた所、ふと、舟が自分の元から去ってしまう幻覚、いや妄想が頭の中を駆け巡った。


 そして、その去った先には、舟の事を言葉には出していないが、好きだと体現していた常田(ときだ) 朝花(ともか)が居た。そして、舟と朝花の二人はとても嬉しそうに、今までラメールに向けていた笑顔を朝花に向け、見つめ合いながら抱きしめあっていた。その様子が頭のなかにリアルに描けてしまい、それを認めたくなかったラメールは叫び声を上げる。

 その叫び声は、現実でも声となって響き、舟が慌てて部屋の外で起きた異変の元へと走り寄ってきた。




「ラメール!? どうしたの?」


 舟の部屋の前でしゃがみながら頭を抱えているラメールがいたため、恐るおそる声をかける。だが、完全に取り乱してしまっていたラメールは、首を振るだけで舟の話を一向に聞こうとしない。小さくしゃがんで丸まっているため、昔のように後ろから抱きしめ、自分の体を背もたれにさせ座らせる。そして、落ち着くまでゆっくりと頭を撫で続けた。

 いつまで経っても落ち着かない彼女だったが、次第に落ち着いてきて、ようやく話が出来るようになってきた。


「どうしたの?」


「嫌われたくない!」


「大丈夫、嫌ってなんかいないよ」


「離れたくない!」


「大丈夫。離れないよ」


「帰りたくない!」


 舟は最後の言葉には答えることが出来なかった。ひょっとしたら、と頭の中で察してしまったからだ。



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