第13話
先日の少年少女4人は、幾度もラメールの歩行訓練に付き合ってくれ、舟としてはとてもありがたく、彼、彼女達の親からも、相手を思いやる心を学ばせて貰っているとお礼を言われたことがある。舟がラメールの歩行訓練に付き合う時は、彼女が全面的に信用し、多少無理なことをしても良いと思い、無茶をしてしまう。しかし、4人の子供達の時は、無理をすることが出来ず、自分の限界をちゃんと見極めるようになっていた。しかし、子供達も、ラメールを4方向に立ち、どちらに倒れても良いようにと囲みながらだった。しかも、前で立つ人はラメールの手を握りながら後ろ向きで歩くことになるため、初めはじゃんけんで決めていたが、負け続けていた政輝の事を気にして、直ぐにローテーションになっていった。そして、子供達はまだ小学4年生であり、放課後の時間は自由に使うことが出来た。そして、子供達を信用し、ラメールに鍵をもたせ、舟が大学で居ない間も歩行訓練をするようになった。雨や、子供達の都合により、出来ない日もあるが、ラメールの事を気に入ってくれているようで、ほぼ毎日の様に舟の家に来てはラメールを連れて出ていた。その為、ラメールに緊急事態があった時を考え、彼女に一番簡単な携帯電話を持たせる。料金プランは子供用携帯にすれば、安くなるらしいのだが、年齢が非対称の為、簡単スマホにする。更には、万が一自分にも連絡がつかなかった場合を考え、いつもの面々に加え、子供達の親とも携帯番号の交換をしておく。
そのおかげでか、彼女の歩ける歩数がどんどん増え、家の中だけであれば、車椅子を使わなくても良くなってきた。その代わりに、部屋のあちこちに休憩用の椅子を置くようになったが、回復してきた事を喜んでいる舟にとっては、その程度、気にすることは無かった。
歩行訓練には晃や陽向、蒼衣さんに雄樹君まで付き合ってくれ、一番多い時は舟を除き8人が補助に付くという大所帯になることもあった。子供達の方は、実は晃や陽向の事は知っていて、自己紹介することが省けたが、男の子達は蒼衣さんの紹介の時はドギマギし、女の子達は雄樹君の紹介の時に小さな歓声を上げた。自己紹介してる方としては、特にかわいいな程度にしか感じてなかったのだが、そのパートナーが何故か嫉妬の炎で燃え上がっていたのはどういうことだろうか。
あの日以降、常田とは大学内でたまに会う程度になっている。そして、友人と談笑している姿が見え、何か問題を抱えてた様だが、解決出来たのではないかと思え、少しほっとする。
7月中旬過ぎ。
部活連の部長さん達が代替わりしたのだが、何故か舟を捕まえようとする事だけは慣例化し、既に目的を見失ったお祭りになってきていた。今の所は部長さん達だけで行っているので、まだ逃げ出す余裕はあるのだが、部員まで使われるようになったらどうなるのだろうかと怖くなったこともある。だが、4月の時、そして今回もまだ部長さん達だけなので、少しだけ安心するが、回を重ねるごとに巧妙化し、逃げるのに苦労しはじめる。
今回はWの形の陣形を組み、それで挟み込む様にして突撃してくる。両端に居る者は4人共フットワークが軽く、足の早い人を入れ、左右に逃げ出そうとした所を足で捕らえるという戦術を取ってきた。その為、今回は簡単に逃げられないと悟った舟は、真正面から走り込み、体の圧力を持って相手をひるませ、そして連携が崩れたポイントを付き、走り抜けた。
ちなみに、今回の騒動も映像として残っており、日常シリーズの第4段の動画としてアップされ、極一部の熱狂的なファンに支持されていた。
「舟は相変わらずねぇ」
「モテモテだね」
「あんまり嬉しくない」
「この前、ラメちゃんにその動画見せたらすごいすごいって喜んでたよ」
「あの動画結構良い角度で取ってるんだよね。ひょっとしたら映研とかかな?」
「うちに映研なんてあったんだ」
「マンモス校だから無いとは思ってなかったけど、一応あるのは知ってる」
「一応?」
「この入口から一番離れた文系部活棟の一番最奥らしいんだ。だから、行ったこともなくてね」
「あー、あそこかー。自転車でも無いと遠いからねぇ……」
「文化祭の時に発表してたみたいなんだけど、蒼衣さんと一緒だったから行けなくてね」
「お気楽で良いわ。私なんか商店街のおばちゃん達に捕まって、文化祭で行き来する人達に売るために仕事してたわよ!」
「蒼衣さん見てたって言ってたな。でも、楽しそうだったって言ってたよ?」
「うー、たしかにキライじゃ無いけどねぇ」
「なら良いんじゃない? 雄樹君とも一緒に働けてたんだから」
「蒼衣さん、何処まで知ってるのよ! 雄樹君表に出てきたのほんの5分なんだけど……」
「どうだろうねぇ……」
いつもの日常。ゆったりとした空気が流れ、二人はいつもの通りに騒がしく、そして舟はそれを微笑ましく眺めている。家に来れば、ここにラメールも今では入り込み、冗談を言いあっている。舟はその様子を眺めているのがとても好きだった。いつまでもこの暖かい、大好きな人達と一緒に居たいと思っていた。
「あー、そう言えば、明日から私旅行行くから」
「なんだよ、陽向もか」
「あら、晃はまた頑張りすぎちゃって、アオちゃんから怒られちゃったりするんじゃないの?」
「う……、そう言う陽向こそ、青少年保護条例守れよ?」
「ナンノコトカナー?」
二人とも痛くない腹を探られたくないため、どうするべきかと悩む。そしてふと思いついた、いや、思い出した陽向から声がかかる。
「そーいや、ラメちゃんの来た日って明日?」
「あー、そう言えばそうだね」
「それじゃ、帰ってきたらまたお祝いしなきゃ!」
「それ、良いね。って曜日は大丈夫かな?」
「次の週末だから、7日後か8日後じゃないと無理そうだね」
「うーん、そうなるとお土産は、新鮮なの選べないねぇ」
「そうだね。って今年はどこに行くの?」
「今年はねー、千葉の館山!」
「は!? また遠い所行くね……」
「それがね、バスで殆ど一本なんだよ!」
「へー……それは知らなかった」
「晃はどこに行くの?」
「箱根」
「地味ー」
「いやいや、あそこの温泉は最高だよ」
「う……、温泉……それには惹かれるなぁ……」
「だろ? 浴衣でしっぽり大人のデートさ」
「また高い所予約してアオちゃんに怒られないでね?」
「う……」
「今年も怒られるのか」
「まだ決まってないから!」
「そんな事で、舟、お土産は期待しててねー。それと、次の週末は襲撃するから覚悟してね?!」
「あー、あの子達、くーや君とかも来たがるかもしれないから、連絡よろしく!」
「うん」
大人達の酷い宴会にあの子達を混ぜて良いものか悩むが、多分花さんが見てると言う事で許可が簡単に出てしまうだろうとも思っていた。
しかし、もうあの日から1年経つのかと思うと、今までの想い出が色々と思い出される。
初めて見た光の球体。その中から出て来る彼女。臨戦態勢を整えて緊張していた自分が反応できないくらいに意図も簡単に倒れてしまった彼女。そして、想像も出来なかったほどの虚弱体質。彼女に何かあっては不味いと思い、色々と助ける日々。こちらが恥ずかしい事や、彼女が恥ずかしいこと、そして、彼女と居れて嬉しかったこと、彼女と食べて嬉しかったこと、彼女と行えて嬉しかったこと。
中には嫌な思いでも無くはない。しかし、それらすべてを総合して考えて、その嫌な思い出等、微々たるものだった。そんな彼女との出会ってから1年目の記念日、何をしようか、何で祝おうか。何をすれば彼女が喜ぶか、何をすれば彼女が楽しむか。色々と思いつく。
まず、食事系。あの日初めて食べたおかゆ。それの元のおにぎりを出すのも良いだろう。でも、お気に入りなのはピザだ。しかし、甘い物でホットケーキはいつまで経っても食べたがる。しかし、ようやく熱くなってきたので、そうめんも食べてもらいたい。うどんは苦労して食べていたが、意外と気に入ってくれたようだし、そうめんも気に入ってもらえるだろう。他にも、たこ焼きやお好み焼きも良いだろう。そう言えば、クリスマスに食べたケーキもいいだろうし、チョコレートも彼女は好きだ。何を準備すれば良いのか頭のなかでぐるぐる回り続けるが、散々悩んで、あるものに決めた。
「舟、おかえりー」
「ただいま」
家に帰ると、帰宅を喜ぶ声が聞こえる。祖父が居た時以来、殆ど聞くことが出来なくなっていた言葉だ。そして、その言葉は今舟が言われて一番嬉しい相手から言われている。それだけで少しニヤついてしまうのも無理はないだろう。
今彼女は、玄関からすぐの部屋、舟の隣の部屋に居る。既に一人で色々と出来るようになり、舟が手を貸さなくても良くなってきために、本来男女が同じ部屋で寝るのは間違っているのだろうと、そして、一人の部屋も欲しいだろうと考え、空き部屋となっていた舟の隣の部屋を彼女の部屋にしたのだ。新しくベッドを買い、彼女の好きな薄いピンク色の掛け布団を買い、クローゼットも買い足し、一人で過ごす事の出来る部屋づくりを準備していた。初めは一緒にいるのが嫌になったのかと責められたが、本来、男女は別の部屋で居るものだと説得し、なんとか納得してもらった。
今では車椅子も、家のあちこちにあった椅子も必要なく、家の中だけであれば、普通に歩くことが出来ている。ただ、まだ外を一人で歩くには不安が残る状態だった。子供達にお願いしても、抱きかかえて帰ってこれるはずもない為、始めから一人で歩く、外用の車椅子を使わない事は、舟が居ないと出来ないことだった。家の中であれば、最悪体を引きずりながらでも自分ひとりで部屋まで戻ることが出来るので、家の中であれば完全に彼女は自由だった。
翌日朝、舟は6時半頃、ラメールに向かって伝える。
「ここに来てからちょうど1年経ったね。初めは死んじゃうかと思ったラメールだけど、今ではこんなに元気になって、凄く嬉しいよ」
舟にとっては珍しく長い文章だった。しかし、声はすべて本心であり、心の底から湧き出た言葉だった。もっとコミュニケーション能力が高ければ、伝えたい言葉がたくさんあっただろう。だが、今の舟には声が限界だった。
「憶えてくれてたんだ……」
当時記憶が曖昧だったラメールだが、舟や晃、陽向の話しを総合して、一年前の今日、ここに来た事がわかっていた。自分の部屋のカレンダーに、今日の日付を丸付けていたのも、舟には知らなかった事だが、ラメールにとってはとても大切な日になっていた。
感極まって涙するラメールを、舟は泣き止むまでずっと軽く抱きしめながら頭を撫でていた。
夜、二人だけのお祝い。
そんな大切な日なのに、舟が作った食事は随分と質素だった。
五目煮、それと、漬物、ちょっとしたサラダ。そしてメインはつけ汁を工夫したそうめんだった。ラメールは一瞬、特別な料理が食べさせてもらえると思い、一瞬がっかりしたが、自分の所に置かれていた一品を見て、全てを悟る。
「舟、これって……」
「うん。二人会った日の初めての食事」
ラメールの所に置いてあった一品、それはおかゆだった。
ちょうど一年前の昼だが、これと同じメニューを舟は食べていて、そしてラメールはおかゆだけを口にしていた。実際は吐き戻してしまい、スポーツドリンクだけ飲んだだけだが、それでも、二人にとってこの食事はとても意味のある物だった。
「このおかゆ、舟が作ったのじゃないでしょ、もうちょっと甘かったもん!」
「ごめん、それわざと合わせてレトルトのにしたんだ……」
「美味しい方が良かった!」
プンプン怒りながらだが、結局全部平らげる彼女。その怒っているのもわざとだと直ぐに気づいていた舟も、一応本当に済まなさそうにして謝る。
半年前は毎食食べていたおかゆ。しかし、久しぶりに食べると、当時を思い出してラメールは少し涙する。それがわかった舟は、優しく抱きしめ、泣き止むまで一緒に座っていた。
翌朝、いつもの修練始め。ラメールも毎朝同じ時間に起き、舟の修練を毎日飽きずに見ている。まだ、庭の剪定作業等はどうやれば良いのかわからないので、やっていないのだが、興味は持っているらしく、たまに舟に聞いていた。そして、そんな穏やかな時、毎年同じところに巣を作っているツバメの巣から飛び立つ者が。
今年は4羽。ツバメ達の巣立ちだった。
始めの3羽は、促し隊のツバメたちから誘われて直ぐに飛び出すのだが、一匹のほんの少し小さい子。この子が勇気を出せず、飛び立てないでいた。巣の端に足で捕まり、何度も羽ばたく練習をする。だが、疲れては休み、疲れては休み。そして、兄弟達の飛んだ方向を眺め、羨ましそうに、そして、飛び出すのにも怯えていた。
だが、幾度も兄弟たち、促し隊の者達から呼びかけられ、意を決して飛び立つ。
フラフラとよろめきながら飛び立ち、なんとか近くの木の枝に捕まると、息を切らして暫くじっとしていた。
その様子をラメールと舟はじっと見ており、最後の子が飛び立った瞬間、思わず小さな歓声を上げてしまっていた。
「がんばれ」
ラメールは、子供達に言われた言葉、神坂家、立華家の人々に言われた言葉、そして、舟から言われた言葉の思いを乗せ、飛び立った子達にエールを送った。
金曜日、皆が集まる予定の前日、舟はラメールを連れて買い物に出ていた。車椅子では何度か来たことがあったが、自分の足で歩いてでは初めてだ。歩いていく気になったのは、あの子達、ツバメの子達に負けまいとしてかもしれないが。しかし、舟はようやく一緒に歩くことが出来るということで、少し舞い上がっていた。
「あら、舟君。それと、ラメちゃん、歩いて大丈夫なの?」
例の肌に優しいタオル等でお世話になっているお店の女性店員さんから声がかかる。外に居るのに、わざわざ店外に出てきてまでだ。彼女のことを心配してということであれば、とてもありがたいことだ。しかし、彼女の性格はなんとなく読めてきている。これを期にラメールを見ておこうというのだろう。やはり車椅子で座った状態での体型観察は無理があるようで、ほうほう言いながらぐるぐると回っていた。自分の記憶している体型を今頭の中で修正して居る所だろう。だが、彼女の協力があってこそ、今の快適な彼女の生活があるのだから、あまり邪険にすることが出来ない。あとちょっとすれば直ぐに満足して店に戻っていくだろう。
「舟君、ちゃんとエスコートするんだよー」
そう言うとニコニコしながら店の中に戻っていった。また後で色々と買わされるのか、茶化されるのかと思うが、まあ、お世話になっているから諦める。
「舟ちゃん、お? 奥さんも居るのかい。今日はコロッケ買ってかねーか?」
「舟ちゃんにラメちゃん。こんにちわ。舟ちゃん料理上手いからうちであんまり買ってくれないけど、今日は買っていくよね?」
「ラメちゃん、旦那さんになんか言ってやってよ。ここの所うちで買ってくれないんだよ」
普段はここまで話しかけられないのに、二人でいる事がよほど珍しいのか、それともただ単に茶化したいだけか。しかし、ラメールの機嫌が良い。先程からずっとニコニコしている。そんなラメールを見ているのが嬉しくて、茶化されるのもたまには良いかと思い始めた。
『奥さんだって、旦那さんだって! やっぱりそう見られちゃってるのねぇ。そうだ、ふふっ』
「舟、ちょっと寄りかかっていい?」
「うん?」
曖昧な返事をする舟だが、ラメールは特に気にせず、腕に捕まるように寄りかかって歩く。
『こうなれば、よりそれっぽいよねー』
買い物するのに少々大変だったが、荷物は右手で、支払いはラメールがする事で解消することが出来た。しかし、その様子がよりそう思えたのか、次のお店から皆ニヤニヤしながらの接客だった。
翌日、今日は皆との宴会の日。何を準備すれば良いかと考えたが、メインは昨日。それを挟むものを今日買ってきてある。
まずは下ごしらえ。大きめの牛肉の塊を二つ。常温になるまで放置した後、型崩れを防ぐために糸で縛る。塩コショウ、その他香草を使い、肉に擦り込んでいく。強火で肉の表面だけを焼いていき、全部の面に焼き目が付いた辺りで取り出す。乱切りした様々な野菜の上にその肉を乗せ、予熱してあるオーブンで焼く。ある程度火が通ったあたりで取り出し、アルミホイルを使い、予熱を持って中まで火を通す。作ったのはローストビーフだ。
その間に一緒に火を通した野菜を別のフライパンで炒め、味付けをする。野菜を取り出した後、焼いた鉄板に付いた野菜の焦げや肉汁等をワインを使って溶かし、水とコンソメを加え、塩コショウで味付けし、少しとろみを付けるために片栗粉を溶かした水を使い、仕上げる。
仕上げたソースを器に入れ、予熱が通り、冷めてきた肉を薄く切っていく。分厚く食べたい人も多いのだが、今日は14人来るため、厚く切ってたら直ぐになくなってしまうため、2ミリ未満で切れるよう慎重に切っていく。全ての肉が切終え、それを挟むもの、フランスパンの準備にもかかる。完全に切り離さない様に一回切れ目を入れ、2回目は完全に切り離す。いわゆるサンドイッチだ。
他に、氷水にさらしたレタスと、少量の酢を入れた水にさらした薄切りの玉ねぎ、庭で取れたきゅうりを薄切りにし、皿に盛り付けていく。皿の盛り付けはラメールが手伝ってくれ、よく見る前衛芸術の様な飾り付けはせず、舟の盛り付け方を真似ていた。
仕上がったローストビーフをそのまま食べたいという人も多いが、舟はこの出来上がったローストビーフをレタス、玉ねぎ、きゅうり等を挟み、塩コショウとオリーブオイルで味付けしたものが実は大好きだった。皆にそれをそのまま食べて欲しいというわけではないので、ご飯党の陽向のためにもご飯を炊いておく。すべての準備が終えた辺りで、子供達4人が家に来る。
「こんばんわー!」
4人の声がそろって聞こえ、仲の良い証拠がそこに現れているようだった。ラメールと一緒に玄関に向かい、扉を開ける。
「ラメールさん! 1周年おめでとうございます!」
そう言いながら代表で空也がラメールに花束を渡す。ラメールは花が大好きで、昨日も商店街の花屋でじっと眺めていた。余りにも動かないのでどうしようかと思っていた所、売り物にならない花を利用して15cmくらいに纏めた小さな花束を作ってくれ、それをご満悦になりながら貰って帰っていた。でも、今回のは小学生が買うには大きい花束で、ラメールはとても喜びながら花束を受け取る。
「ありがとう! ありがとう! キレイ! 舟! キレイ!」
興奮しすぎて若干片言になりかけていたが、とても喜んでいる事がわかり、子供達もとてもその様子を喜んでいた。
他にも、今日食べるであろう夕食用の料理も持ってきてくれ、舟は台所に政輝と紗矢華を呼び、準備させ、空也と紅には、ラメールと一緒に花を花瓶に移してもらった。
そうこうしていると、神坂家の面々が来る。
「舟! ラメちゃん! 来たよー!」
勝手知ったる他人の家。鍵も持っているため、廊下を歩いている時に陽向はそう伝えてくる。雄樹君もその中に漏れずに入っている所はもう家族と言って良いだろうか。
持ち寄った料理をテーブルの上に並べている内に、立華家も来る。
「舟、来たよー」
晃達も、勝手知ったるなんとやら。蒼衣さんも何も思わず入ってくる所も染まったというところだろうか。
全員がそろい、料理を並べ、コップと中身が行き届き、宴会の口上を明夫さんが述べる。
「今日はラメールさんが舟の家に来てから1周年というめでたい祝いだ! 初めは殆ど身動きできず、言葉も解らず、とても苦労しただろう。ラメールさんだけじゃなく、舟もな。ラメールさんも今では街を歩けるくらいにまで回復し、商店街ではラメちゃんの相性で呼ばれるようになった。誰のせいとはいわんがな」
そのあたりでそっぽを向く一人。まあ、誰とは追求しまい。
「そんな大変な事を辛いと一言も二人は漏らさずに今日までやってこれている。そんな二人を祝福し、これからの幸せを願って、乾杯!」
「かんぱーい!」
やや恥ずかしい事を皆に伝えてくれた。しかし、胸を張って彼女のために全力を着くしているという事が出来る。恥ずかしいのは言われ慣れてないから、褒められてないから。だが、その恥ずかしがっている余裕は貰えなかった。すぐに小学生達にサンドイッチを造って欲しいとせがまれ、全員分を作る。しかし、そのおかげで食べ初めにかなり出遅れてしまった。
「楽しかったね」
夜も更け、出来上がった大人達が個々に脱落し、小学生達も風呂に入れてから寝かせ、晃と陽向、雄樹君は小学生達の相手をしていたため、既に布団に撃沈している。その為、今起きているのは舟とラメールだけだった。
舟の為にとラメールは一つずつだが、お皿をもって台所まで運んでくる。9割方食べつくされた為、殆ど片付ける物は無かったが、食器や割り箸、既に置いてあるマイ箸等は洗っておかなくてはならない。食洗機や専用の乾燥機等は無い為、手で一枚一枚洗い、乾燥器の皿立てに入れていく。先に洗ってしまうのは、皿の枚数が多いため、一回では洗いきれないからだ。ラメールは、その間に一枚ずつ持ってきてくれる。バランスを取りながら歩くため、ゆっくりとした歩みではあるのだが、本当にゆっくりと持ってくる。この様な手伝いは結構前から行っているため、大分慣れてきている。舟も一喜一憂しなくて済むようにななってきた。しかし、大丈夫と思った時に限ってアクシデントは起きるものである。
「あっ!」
ラメールが今まで舟が居なければ持つことがなかった大きな皿を持ってきた時、足が上手く運べず、前のめりに倒れてしまう。
「ラメール?!」
慌てて手を拭き、ラメールの元へと駆けつける。割れて散った皿を踏まないようにし、ラメールを抱き起こし、安全な所で横たえ、怪我を確認する。見える所には怪我らしい傷等は見えなかったが、骨の方も気になり、各部を触れていく。手、腕、肩、鎖骨、肋骨、膝、そして顎や頬。幸い、何処も骨が折れているような所は無く、舟は一安心する。
「ごめんなさい……」
「大丈夫。怪我してない事が重要」
「でも、舟の大切にしているお皿壊れちゃった……」
その言葉を聞き、改めて何のお皿を割ってしまったかを確認すると、祖父が戦時中知り合った陶芸家の所で作った大皿だった。出来栄えはさほどよくなかったが、大きさ的に色々と使い勝手がよく、祖父もどんどん使えと言ってくれた物だった為、常用していた物だった。以前大切にしているとラメールに言ってしまった事を思い出し、それが彼女の心を傷つけてしまっている事を理解する。しかし、ここで気にしなくて良いと言っても何処まで本気で取ってもらえるだろうか。今までの彼女の失策は、全て自分の物や事に関しての失策だ。舟の持ち物を壊した事は一度もない。それがより彼女の心を傷つけてしまっていた。
しかし、舟には他に持てる言葉が無く、ありきたりな言葉しか言うことができなかった。
「大丈夫。ラメールが怪我してなければ良い」
しかし、彼女の心には届かず、うつむいたままになってしまった。
今日回復することは無いだろうと思い、彼女にお風呂に入って寝ることを進めると、とぼとぼと風呂場に歩いていった。
翌朝、ラメールの機嫌があまり良くない事を察した花と伊万里が様子を聞いてくるが、昨夜のことを話すと任せてと請け負ってくれ、安心することが出来た。
昼には、ラメールの機嫌が治り、いつもの通りに過ごすことが出来た。
しかし、問題はその日だけでは無かった。
「舟! やだ! 私死んじゃう!」
皆で集まった日から数日後の夜、ラメールが大きな声で叫び、部屋の入口で座り込んでいた。何事かと思い、慌ててラメールの元へと駆け寄る。
「どうしたの?」
泣きじゃくりながらしゃがんで泣き続けるラメールを軽く抱きしめながら質問する。
「やだ! 別れたくない!」
何を言っているのかさっぱりわからない舟は、とりあえず、先程まで居たトイレの様子を確認してみる。すると、便器の中が真っ赤になっていた。慌ててラメールの元に走って戻り、その事を確認する。
「ラメール、便が赤かった?」
重要な事なので、しっかりと両肩を掴んで聞く。それで少し我に返ったラメールは首を振り、答える。
「ううん、ちがう。おしっこかと思ったら違った」
とにかく、体の中から血が出ている事だけは間違いない。そう理解し、どうするべきか頭を悩ませる。病院、保険証やその他諸々が無い。保険外でも診察受け付けてくれる所はあるが、保険証のない外国人、ひょっとしたらパスポートが必須になるかもしれない。その様な事を考えると、病院にも連れて行くことが出来ない。だが、どうするべきかと考えていた所、ふと気づく。
しかし、確実ではないため、そして自分には経験したことが無い為、わからない事が。
それを誰に相談しようとした所、ラメールから声がかかる。
「舟! 私死んじゃうの? 嫌だよ!」
「大丈夫。大丈夫だよ」
ゆっくりと抱きしめ、ラメールをなだめる。しかし、この位の年齢の女性であれば、既に経験していそうなのだが、ラメールには未だに無かったということなのだろうか。ひょっとしたら、体があれだけ痩せ細っていた為にまだだったのかもしれない。しかし、舟にはその様な詳細はわからないため、ラメールに話す。
「ごめん、僕じゃ役に立てない。だから花さんに聞くね」
「なんで? 舟じゃなきゃやだ!」
自分から出る大量の血ということで、不安になっているのだろう。先日、奴隷商人の悲しい物語を読んだばかりだから、余計になのかもしれない。
「大丈夫。花さんならちゃんと説明してくれるから」
「舟は私がどうなってもいいの?」
「大丈夫。大丈夫だから。僕が信用する花さんを信用してあげて」
何度も何度も大丈夫。大丈夫と声をかけ、ようやく落ち着かせてから花さんに電話をかけ、夜に申し訳無いが、家に来てもらう。
「舟君、お疲れ様。後は任せて」
「あの、大丈夫なのでしょうか……」
大丈夫と何度も言っても、彼女の様態は自分の中では仮定でしかないのだ。心配だから聞いてしまうのは致し方がないだろう。
「大丈夫でしょ。話を聞いてる限り、生理よ。心配しないで」
「はい……」
「しかし、今まで無かったのねぇ。あれだけ細かったから体が準備出来てなかったのかな?」
そうつぶやきながら花さんはラメールの元へと行く。やはり女同士の方が話が早いだろうと思い、行かないことにした。が、この判断がこの後こじれることになる。
『舟は、私がどうなっても良かったのかな……。あんなに不安だったのに、一緒に居てほしかったのに、どうして一緒に居てくれなかったのかな……』
花との話を終え、自室に戻り、一応自分の体に問題がなく、いい方向への成長だと言うことがわかり、少しは心の不安が取れた。しかし、今までどんなことがあっても舟が一緒に居てくれたのに、今回に限って居てくれなかった事が、とても心に残り、多くの血が出たことより、傷がついてしまった。
そんな時、クローゼットの中から電子音が鳴り響く。ラメールにはよく聞いていた音であり、驚きながらその音源に近づき、スイッチをタッチする。
「姫様……?」