第12話
「舟センパイにそんな女は不釣り合いです!」
日課になってきている舟とラメールの神社への散歩、靴を買い、境内で歩く練習も兼ねてだが、今は車椅子に乗り、その練習に行こうとしている時、突然声をかけられた。
「常田さん……?」
「嫌です! 朝花と呼んで下さい!」
突然声をかけられたのは、舟の高校の時の一つ下の後輩、常田 朝花だった。身長150cmと舟と比べればかなり小柄な子。同じ柔道部だったが、彼女はマネージャーとして部活動に従事していた。
洗濯やスポーツドリンク作り等をしっかりとやってくれ、活発な性格、しかし、意外とドジな子ということで、男子部員、女子部員共に居た中でも、マスコット的な扱いをされていた。舟が知っているだけでも何人も告白され、好きな人が居るからと断っているという話を聞いたことがある。そんな女の子が神社の参道入り口で遭遇した。
「久しぶり」
「お久しぶりです! 舟センパイ! せっかく一緒の大学になったのに、今日まで一度も会えませんでした! そんなに大きな体なのに何でだろう?」
小さい体なのに、勢い良くお辞儀をして返事をする。
「同じ大学なんだ」
「そうですよ! 頑張って勉強して入ったんですよ! 舟センパイの学部には入れませんでしたけど……」
「そうなんだ。よろしく」
「はい! また一緒になれますね! それと、舟センパイは部活何か入ってないのですか? 柔道部にも居ないし、バスケットにも居ないし、バレーボールも。ひょっとしたら空手とかですか?」
「いや、入ってない」
「そんな! 勿体無いですよ! 柔道部最強のセンパイが何も部活をやってないなんて!」
舟はふと思い出していた。いつも色々とまくし立てられ、どうやって会話を終わらせたら良いか常に悩んでいた事を。だが、コミュニケーション下手な舟にとって、いつもそう簡単に終わらせられる相手では無かったし、方法もわからなかった。
「やるつもりもない」
「一緒に何処かに入りましょうよ! 絶対世界狙えますぜ!」
「いや、いい」
「大丈夫ですって、舟センパイの事ちゃんとサポートします! それで、世界一になりましょう!」
「あの……、それは、いい」
「良いんですか?!」
「いや、やらない方」
「良いじゃないですか! そんな女なんてほっといて! 世界、いや、まず日本一になりましょう!」
舟も良い子とは思っていたので、初めに言われた言葉が聞き間違いではないかと未だに耳を疑っていた。しかし、今言われた言葉はラメールの事を無碍に扱った言葉だった。
とても大切にし、そして伴侶というにはまだ恥ずかしいが、将来的にはそうなって欲しいと思い始めている彼女に対してその言葉は、舟には感化出来なかった。
いや、それどころか、ここ数年感じたことの無い怒気が表に現れ初め、彼女の事を睨んでしまった。
「ひっ!?」
彼女が怯えたことにより、自分が怒ってしまった事に驚き、慌てて取り繕う。
「ご……ごめん……」
「い……、いえ……」
彼女もそうなってしまうとは想定外だったらしく、相当怯えてしまっている。なんて言えばいいか悩んでいる所で、状態から回復できた彼女は舟に言う。
「舟センパイがそんなに乱暴になったのはその女の人のせいだ! 絶対に別れさせてやるからね!」
そんな言葉を言いながら走り去ってしまった。
追いかけるべきか、いや、追いかけてどうなる、そして、追いかけてしまった時、ラメールは一人きりになってしまう。大事な後輩の一人ではあるが、彼女を放って置いてまで追いかける理由は無い。それに気付き、いつもの散歩を続けようとした所で、視線を感じた。
「舟、なんか私のわるぐち言われてたみたいだけど、なにあれ」
不機嫌な声で、不機嫌な顔をしている彼女が下から見上げていた。なんて答えて良いのか解らず、悩む。確かに彼女の事を悪く言っていた。だが、自分の知っている性格の彼女であれば、そんな言葉を言うことは想像できなかった。1年会わなかっただけでそんなにも変わってしまうのかと悲しく思ったが、商店街の遠くの方に走っていく常田の小さな人影が、一本だけ残っている古い電灯にぶつかってうずくまっているのを見て、根本的には変わらないのかもしれないと思い直し、ラメールに伝える。
「彼女は、昔の学校の後輩。本来あんな事言わない娘。本心じゃないと思う」
「ふーん。あっそ」
ラメールはそのまま真っ直ぐ向き直してしまったが、とても不機嫌になっていて、その後の歩行訓練も始終ムスッとした表情で行っていた。
『なんであっちの肩を持つのよ! 守ってやるとか言ってくれればいいのに!』
別の日、またラメールと散歩に出かける。まだ色々な所に連れて行ってあげたいが、歩くような場所が多いため、この車椅子で行けそうな所、そして安全な所と考え、明夫さん所有のマンション付随の大きめの公園に来ていた。
「ひろいね」
「ここは、公園というところなんだよ。」
「こーえん?」
「皆の場所の様な意味かな」
「ふーん」
土曜日の昼過ぎであった為、小学生達がその公園で遊んでいた。サッカーをやっていたり、離れた砂場では小さな子達が砂山を作って遊んだりもしていた。
「ここ、明夫のいえ?」
ラメールはマンションの方を指差し、舟に確認する。
「この中の一番高い所に住んでるよ」
「たかいところ。行ってみたい」
「今日は無理かな。また今度ね」
「うん!」
「それじゃ、今日の歩く訓練はここでやろう」
今は誰も使っていない鉄棒、高くても舟の腹くらいの高さしか無い鉄棒の所で歩く練習をする。ゆっくりと一歩一歩、だけど、着実に毎日その一歩が強く、そして歩ける歩数も一歩程度かも知れないが、増えていく。彼女の根気良い頑張りと、舟の付き添いがあるからこそ、ここまで回復が早いのだろう。
その訓練も30分ほどで終え、二人は元気に走り回る小学生達を眺めていた。
「舟、みんな走るの早いね」
「そうだね。ラメールもすぐあのくらい走れるようになるよ」
「なれるかな」
「大丈夫。家に来た時は殆ど動けなかったのに、今はこうやって少しでも歩けるんだから」
「そうだね。がんばる!」
薄く汗を書いているラメールに、ハンカチを渡し、そして水分補給の為にスポーツドリンクを飲ませる。車椅子には色々と持ち運べるようなバッグがついているので、ちょっと便利だなと思っていた。
「ちょっとトイレ行ってくる。ラメールは平気?」
「大丈夫。いってらっしゃい」
舟はふともよおして来たので、トイレの方に駆けていった。
ラメールは、まだボールを蹴って遊んでいる小学生達を眺め、その様子を楽しんでいた。
『うまくボールを返すんだね。昔の資料映像にあったサッカーっていうスポーツ。舟のTVでも何度か見てる
からわかるけど、あんなにちっちゃいのにおんなじような動きできてるって凄いな……』
今の彼女にとって、普通に歩いているだけでも凄いと感じているのに、その上もっと激しい動きなのだ。そして、自分の身長の半分くらいの小さな子達がTVで見た大人達と同じような、そっくりとは行かないが、そんな動作をしている事に、ラメールは驚き、感心していた。舟が昔やっていたスポーツのバスケットボールや、柔道、そして、晃の得意なバレーボールと、陽向の短中距離走。TVでの映像でしか見ていないが、こんなに激しい動きをして大丈夫なのか、体が壊れないのか凄くハラハラしながら見ていた記憶もある。
いずれ、この子達のように動ける日が来るかも知れない。そう考えると、嬉しくなった。
じっくりと観察していると、TVで見ている所と幾つか違う所がわかった。まず、女の子が一緒に混ざってやっていたことだった。舟から聞いた話だとルールで別けられていると言っていた。だけど、小さい子達の遊びではその様なルールは関係無いのかもしれない。そして、二つの陣に別れて対立する様な戦いだったはずなのに、皆で輪をつくってボールを渡し合ってるように見えた。
それで気づく。試合ではなく、遊びだからこういう事も良いのだと。皆が優劣を競い合うわけでもなく、一緒に楽しんでいる様子はとてもラメールを安心させた。それもそうだろう。舟の所に来る直前までは、民衆が反旗を翻して自分の父の王や側近たちへ攻撃しにきて居たのだから。この様は平和な光景をラメールはいつまでも見ていたいと思っていた所でそれは起きた。
「あっ!」
一人の少年が蹴った所、タイミングが完全に合ったと言うか、合ってしまったと言うか、かなり強くボールが飛んでしまった。そして、そのボールを反対にいた少年が上手くトラップ出来ずに高く跳ね上げてしまい、そのボールがラメールの方に飛んでいってしまった。
「お姉ちゃんあぶない!」
少女の叫びが飛ぶ。しかし、ラメールは反応出来る知識と反射神経は持ち合わせていた。だが、筋力が圧倒的に足りなく、動くことが出来ず、そのボールは頭に当たってしまい、そのまま重心が傾くままに車椅子ごと倒れてしまった。
「お姉ちゃん!!」
少年少女達4人は慌ててラメールの元へと駆け寄り、心配しながら声をかける。
「お姉ちゃんごめんなさい! 大丈夫?!」
「大丈夫ですか?」
次々に声を駆けてくる4人だが、ラメールは舟の所に来てから初めての痛みを感じ、いや、正しくは今まで生きてきた中で、殆ど感じたことの無かった痛みを感じ、混乱していた。
何か物が右側から頭に当たった衝撃、そして、その頭を保護するために耐えた首の筋肉。だが、耐えきったはずなのに、体は車椅子ごと倒れ、左肩を強打する。頭は先程のボールの当たった衝撃を耐えられたのだが、体の落下する速度には耐えきれず、頭は少し地面にあたってしまう。
ラメールには、視界が一気に転がり、めまぐるしい変化があり、何が起きたのかさっぱりと理解できなかった。冷静になれば直ぐにボールが当たって転んだと理解出来ただろう。だが、彼女にとっての初めての痛みを伴う衝撃。しかも、体の芯に響く痛み。首の痛み、様々な体の変調を伝える信号が頭に流れ込み、それらを処理しきれないでいた。
しかし、その信号を理解し、反応していくに連れて新たな感情があらわになってくる。
いたい、いたい、痛い、痛い!
助けて! 舟! 助けて!
呼吸は荒くなり、心臓の鼓動も一気に跳ね上がる。
息苦しい。そして、痛み。体の各所から来る痛みで、正常な判断と、正常な行動が出来ず、そのまま倒れたままになってしまった。
「お姉ちゃん!」
「ごめんなさい!」
「くーやが強くけるからだよ!」
「僕のせいかよ!」
「あんなに強かったらまさくんだって取れないよ!」
「なんだよ! べにちゃんだったら余裕で取れてただろうよ!」
「あんた達! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「さやかちゃん、ごめん」
くーやと呼ばれた少年とべにちゃんと呼ばれた少女が言い合っていたが、さやかちゃんと呼ばれた少女の一言で二人は言い合いをやめた。まさと呼ばれた男の子は一人オロオロし、だが、ラメールの事を一番心配していた。しかし、その4人で何をどうすれば良いのか、さっぱり検討がつかず、悩んでいる所に、公園内で井戸端会議をしていた女性たちが集まってくる。
「ほら、こうなった。だから、ボールは禁止すべきなのよ!」
「そうですわね。危ないったらありゃしない!」
「それにしても、あのくらい避けられないって鈍くさいわねぇ」
「車椅子に乗ってるんですもの、行動も遅いじゃなくて?」
「それに、何、この銀色の髪の毛、気持ち悪くない?」
「どこの国の人なのかしら」
少年たちは助けが来たのかと思ったが、少年たちの非を責める上に、ボールをぶつけられた被害者まで責め始めた。
なぜ大人達はその様な事を言うのか、何故助けてくれないのか、僕達が悪いことをしたのだから、怒られるのは間違いない。だが、何故お姉ちゃんの事を悪く言うのか、それらが信じられなかった。
「おばさん達、怪我人を放っておいて、ただ言葉でいじめるしか出来ないんですか?!」
少年たちにとって、救世主と思えるような言葉が裏から聞こえた。活発そうな女性、いや、まだ少女から抜け出し始めた辺りだろうか。大人とは呼べそうだが、目の前に居るおばさん達に比べてかなり若かった。だが、少年たちにとっては、何をすべきか、示してくれそうで、そして、このよくわからない怖い大人達を追い払ってくれそうな希望を持てた。
「なによ、小娘。私たちはただ、危ない事を危ないと言っただけでしょ」
「ボールをぶつけたのはその子供達よ。なんで私達が責められなきゃならないのよ」
「怪我人を放っておいて、喋ってるだけというのが気に入らないんですよ!」
「貴方だって喋ってるだけじゃない」
「ほら、助けてあげたら?」
売り言葉に買い言葉。完全に頭に血が登ってしまっていたが、彼女はなんとかラメールの事を助けようとうずくまる。そんな時、大きな声が聞こえた。
「ラメール!!」
トイレから出て、周りを確認してみると、ラメールの居た辺りに人だかりが出来ている。
少年少女4人と、先程少し離れた所で井戸端会議をしていた女性4人、それと一人の若い女性だった。少年少女達は座り込んでそして悩んでいるようにも見える。
大人達は立ちながら見下しており、その様子をただ見ているだけだった。
一人だけ、若い女性がうずくまっており、何かをしようとしていた。
そしてようやく気づく。見慣れていなかった為に、何か障害物程度にしか判断出来ていなかった物、車椅子の底面に。
ラメールが倒れてしまった事に気付き、慌てて走り寄る。
大きな声で彼女の名前を呼び、その集団に飛び込む。
ラメールは倒れているが、痛みに耐え、苦しんでいる様に見えた。そして、舟の事を見て、ようやく安心できたのか、少しだけ笑みを浮かべていた。
少年達は、次々に謝ってくる。
「お兄ちゃんごめんなさい! 僕達がボールをぶつけてしまって……」
「そうよ。私たちは関係ないわ。ただ、いつまでも立たないで寝転んでいるのには関心しないわね」
「そうね、私痛いんです。助けてって言ってるようで気に入らないわ」
ボールをぶつけてしまってごめんなさい以外にも色々と言葉が聞こえるが、内容はそのようなことだった。しかし、大人達からの言葉が舟の心に怒りの感情を沸かせた。
「何?!」
血管が切れそうなほどに怒り、目を吊り上げながら大人達を見上げる。
怒気が発せられ、少年達も怯えてしゃがみこんでしまう。だが、大人達は怯むが反論する。
「なによ! 助けようとしてたじゃないのよ!」
「私達は関係ないわ!」
「自分がこんな所に連れてきたのが悪いんじゃないのよ!」
多分、過去にここまで怒りを感じたことは無かっただろう。この公園は、今余り外で遊べない子供達の為にと明夫さんが行政に説明し、ボール遊び等を許可して貰えるようにかなり苦労した場所だった。その為、この公園は入り口が4箇所あるが、その4箇所以外すべて2メートルほどのフェンスで囲まれていた。そこまでしてようやく行政はボールの仕様を許可してくれたのだ。それらの苦労を聞いていた舟は、明夫さんの隠れた労力を馬鹿にされ、そして、ラメールの存在を否定され、彼女の頑張りは無意味なものだと言われ、その怒りで全力で拳を握りしめ、今にも殴りかからんとしていた。そんな時、新たに女性の声が聞こえた。
「どうしたのかしら?」
「あら、立華の奥様、聞いて下さい。私達何も悪くないのに、この人が殴りかかろうとしてくるのですよ?」
大人達は強い味方が現れたと思い、舟から脅されてるかのように説明する。
しかし、その女性はその大人達の話しを一つも聞かずに、慌てて駆け寄る。
「ラメールさん!? 大丈夫?! 舟君! これはどうしたの!?」
そう、大人達の言う立華とは、舟のある意味もう一人の母親、花さんだった。
「少年たちがボールをぶつけてしまって、倒れてしまったみたいです。それをこの大人達が何もせずにただ少年たち、そしてラメールさんを言葉による攻撃をし続けてただけです」
「常田……?」
舟は改めてもう一人の若い女性に気づく。今の状況説明と、舟やラメールの事を擁護してくれたのは、自分の後輩である常田 朝花だった。
「そう、わかった。舟君。ラメールさんを抱き上げて。少年たち、車椅子は起き上がらせられるね?」
「うん!」
花さんの指示で舟は慌ててラメールを抱き上げ、そして少年たちは力をあわせて車椅子を立ち上がらせる。
立ち上がった後に舟はラメールを椅子に座らせ、痛む所を探していく。肩や腕、そして鎖骨、肋骨。左肩を強打しているはずなので、重点的に探していくが、骨には左右ともに問題がなさそうだった。単なる打ち身だけで済みそうだとようやく一安心することが出来た。
ラメールも、その痛みは慣れてきた様で、なんとか舟に対して笑顔を見せる。
その笑顔で、ようやく周りを見る余裕が持て、擁護してくれた後輩の彼女に礼を言う。
「常田、ありがとう」
「舟センパイ、私の事は朝花って呼んでください。すみません、ラメールさんを助けようとしてたんですけど、出来ませんでした」
「擁護してくれた」
「そのくらいしか出来ませんでした」
済まなそうにうつむいてしまう彼女の頭に手を置き、撫でながらもう一度言う。
「それでも嬉しかった。ありがとう」
彼女はようやくいつもの笑顔に戻ってくれた。
「舟君、災難だったわね」
花さんから話しかけられ、慌ててそちらに向くと、ふと文句を言っていた大人達が居ないことに気づいた。
「ああ、あの人達? 大丈夫よ。皆知ってるから。うちの賃貸部分の人達よ。大丈夫。もう二度と文句言わせないから」
「ありがとうございます」
本心からありがたかった。こんな強い大人になりたい。そう心から思えるほどに。
「それと、ラメールさんと舟君にこの子達から」
ラメールと舟の前に、先程の少年少女4人が並んで立っていた。
「ごめんなさい!」
「本当にごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
「ごめんなさい! ケガ大丈夫?」
次々と頭を下げ謝ってくる。ラメールはその様子に驚き、どうすれば良いのかわからず、舟の顔をみる。舟は、ラメールに顔を近づけ、小さい声で、もう痛くないのかを確認し、痛くないと聞くと、もう大丈夫だよと言ってあげると良いよと助言する。
「もう、大丈夫だよ」
ラメールからその言葉を聞くと、4人は一気に頭を上げ、嬉しそうによかったと言い合う。
悪いことをしたら謝る。そして、挽回出来る様な事、手伝わせる事ができれば、手伝わせる方が良い。花さんの教育方針はそう聞いている為、それを出来うる限りさせたのだ。車椅子の位置を直すだけとはいえ、ただ単に怒られただけでは少年たちの心に傷が残ってしまうだろうと考えてだ。それにも気づけた舟は改めて凄い人だなと思った。
「さて、千浦さんとこの、空也君と、平永さんとこの、政輝君。大江田さんとこの、紗矢華ちゃんと、鼓さんとこの紅ちゃんだね」
「うん!」
「ここはボール使って遊んでも良いところよ。でもね、ちゃんと周りを見てやろうね」
「うん!」
「はい、いい返事」
ようやく緊張がとけ、座り込んでしまう子供達。そうなると、次は好奇心を満たすために次々と質問が来た。
「お姉ちゃんの髪の毛キレイ」
「どうして車椅子乗ってるの?」
「肌も真っ白でキレイね」
「服汚れてないですか?」
矢継ぎ早に質問され、ラメールもまだ他の人達の言葉、いや話し方に慣れていないため、返答に困ってしまった。
どうするべきかと悩んでいた所に花さんからもう一度声がかかる
「このお姉ちゃんはね、舟君ってこのでっかいお兄ちゃんのトコに住んでる、ラメールさん。病気で体が弱くなっちゃってね、今は一生懸命体を治しているところなの。今日もがんばって歩いていたでしょ?」
そう説明を受けると、次々に納得していく少年少女達。そして、更に続ける。
「そうだ、君達、お姉ちゃんの事助けてやってくれない? 暇な時でいいからさ」
「うん! わかった!」
「それじゃ、自己紹介かな?」
そう花さんが言った時、ラメールから声がかかった。
「右から、くうや、まさてる、さやか、べに、でいいのかな?」
「うん! お姉ちゃんすごい!」
彼女の記憶力はいつも凄いと思う。一発で少年たちの顔と名前を一致させてしまったのだから。
「それと、ともか。ありがとう」
突然常田の名前を言うラメール。常田も名前を呼ばれるとは思っていなく、そして、礼を言われるとも思っていなかったらしく、慌てていた。
「わ、私の方こそ、ごめんなさい! 初めて合った時、酷いこと言っちゃった……」
「大丈夫。ほんとうはそんなことおもってないんでしょ?」
「ごめんなさい!」
常田はラメールの言葉を聞くと、泣き出してしまった。彼女の性格はやっぱり変わっていなかった。元の活発の良い性格のままだったと理解でき、舟も嬉しかった。
しかし、それ以上にラメールも、心も、体も痛かっただろう。だけど、それを許してくれた事が嬉しかった。大切な人が痛む所は見たくない。だが、痛んだ時、その本性が見えたりする。その本性が優しいもので嬉しかった。自分の中で描いていた彼女の人物像通りで嬉しかった。それらが、ついついこみ上げ、ラメールの頭を撫でてしまっていた。
ラメールはいつもの事と捉えて何も動じてなかったが、少年少女達4人と、常田は流石に驚いてしまった。そして、常田にとって、舟がどれだけ彼女の事を考えているかを知ることが出来、そして、自分の3年思い続けた恋が終わった事を悟った。舟に会い、思いを告げ、そしてその先に進む事を常に夢見ていた彼女にとって、とても苦しい結末だった。しかし、舟の彼女の頭を撫でる仕草と、その表情を見て、彼の幸せを邪魔するわけには行かないと、何も告げずに退くことを決意した。