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 三人目の長老衆との極秘会談を終えた冬子は、すぐにラーメン屋へと戻り、近藤とともにRTC救出作戦にはいった。

 まずは乗ってきた車に戻り、装備の確認から。


「近藤、装備は?」

「装甲車じゃないんで、A装備が二名分だけっす」

「刀は何本だ? あとライフルも」

「刀は三本で、ライフルはニ丁。スナイパーとアンチマテリアルをもってきてます……って、まさか〝銀子ちゃん″を参加させるつもりですか!?」

「ああ。ここから私のマンションまで近い。銀子をひろってから集落の南側に向かう」

「銀子ちゃん、まだ訓練を明けたばかりっすよね? まともなブリーフィングもない作戦で実戦デビューさせるんすか?」

「あの子なら大丈夫さ。一緒に暮らす私が保証する」

「……知らないっすからね。東堂課長に怒られても」

「それから〝ファンタジー″は何本もってきた?」

「打つんですか? 五本ありますけど。タイプB二頭とブリーダー程度だし、冬子さんなら打たなくても大丈夫じゃ……」

「殲滅作戦ならな。――だが今回は救出作戦だ。万が一に備える」

「救出対象が生存不明のスラムのガキなんて……たとえ救出できても、結局は〝戸籍のない人間″じゃないですか。事後報告をあげても作戦内容が却下されて経費おりないっすよ? 弾代とか、薬代とか、どうするんすか……」

「野々宮に頼む」

「また不正経理っすか! 恵美ちゃんにも怒られますよ」

「三毛猫の秘密があるから大丈夫だ」

「……なんすか、それ?」


   ◇◇◇


 ――山吹銀子やまぶきぎんこ

 冬子が〝銀子″と親しみをこめて呼ぶこの少女は、復帰直後の冬子が担当したある事件の被害者だ。

 それは『白の教団』を模倣した国内の新興宗教団体による事件で、冬子が命令違反をおかしてまで強行突入し、唯一救うことのできた少女でもある。



 銀子の家庭環境は劣悪だった。

 父親が蒸発し、母親が新興宗教にはまったことで、銀子はネグレクトを受けて育った。

 ぎりぎり食べるものに困窮することはなかったが、食卓と呼べるような家族の団欒だんらんはなかった。

 銀子が学校から帰宅すると、母親は仏壇に拝みつづけているか、『宗教の大切な会合』と称して出かけているか、どちらかだったという。

 少しでも母親の愛情を享受しようと、銀子は運動にも勉学にも励んだが、どれだけ良い結果を残しても、母親は『わたしが毎日拝みつづけてるおかげね』と答えた。いくら頑張っても一切報われず、その努力は、母親の信仰心を後押しするだけだった。

 それでも銀子は母親を愛していた――あの事件までは。


 中学生となり、二次成長をむかえた銀子は、とても綺麗な少女へと成長していた。

 異性は総じて好色をいだき、同性は誰もが羨むほど美しかった。

 それが仇となった。

 新興宗教の幹部たちの目にとまった。

 母親は嬉々として〝銀子″を献上した。


『外食にいきましょう。まだ中学生になった入学祝いもしてなかったものね』

 中学一年生の二学期の半ばに、なんの脈絡もなく、母親は銀子を誘った。

『ドレスコードのある高級レストランだから』と母親は言い、綺麗なフォーマルドレスから高級下着まで買い与えてくれた。

 まるでシンデレラのような気分だった。

 涙がこぼれ落ちそうになるほどうれしかった。ようやく努力が報われたのだと思った。母親がはじめて銀子に親愛を示してくれたのだと思った。

 しかし母親に連れていかれた先は、地獄だった。


 都内の大きな屋敷――入るところで執事が銀子だけを迎え入れ、母親は帰された。

 そして銀子を含めて八名の美しい少女が集められ、給仕されながら豪勢な食事をとった。

 覚えているのはそこまでだ。睡眠薬を盛られていた。


 次に目を覚ましたとき、銀子らは卑猥な格好で縛られていた。

 薄暗い部屋の床に転がされ、その周りには少女たちの倍以上の数の男たちがいた。

 全員が白いファントムマスクを付け、タキシードを着ており、品定めするように卑猥な言葉をぶつけてくる。

 それは――どれだけの上納金を宗教団体に納めるかを競い合う、幹部専用の闇オークションだった。

 まずシルクの手袋をつけた執事が、銀子らの服を剥がし、触感や感度を調べ、さらに医療用器具まで使い、処女であるかどうかも確認した。

 その確認結果を、まるで牛肉の格付け等級のように、水性マジックで体に書き込んでいく。

『A3・処女』

『B5・非処女』

『B4・処女』

 ――等々。

 そして銀子を確認した執事が、銀子の体に文字を書き込んだとき、男たちから歓声があがった。

『A5・処女――最高級でございます』

 執事も高らかに宣言した。

 身動きをとれない銀子らは、必死に助けをもとめたが、それは男達の劣情を煽るだけだった。

 滞りなく競売は行なわれ、銀子は過去最高額で、太った中年男性の幹部に落札された。


 さらに銀子を落札した幹部は、会場に向けて大声をあげた。

『お集まりいただいた皆様! 我らは今宵にかぎり〝ソドムとゴモラの愚民″となる兄弟! たしかに私は、誰よりも多大な信仰心で、この最高級の少女を手にいれましたが、決して皆様の信仰心より優れているというわけではございません。よって、皆様と一緒にこの少女を愉しみたいと思います。最初は私が犯しますが、その後は、どうか皆様もご参加を!』

 会場が男達の歓喜にわいた。

 銀子は涙を流すことすら忘れ、歯をガチガチと鳴らした。二○人以上の男達に犯されるという恐怖しかなかった。

 注射器をもった中年男性が近づいてくる。銀子の耳元で囁いた。

『安心しろ。これ一本で恐怖など消し飛ぶ。そして発情した犬のように腰をふって快楽をむさぼり、この中の誰かの子を孕むのだ。これ以上の幸せはなかろう』

『イヤ。イヤ』と泣き叫ぶ銀子の首筋に、容赦なく注射器が刺された。

 その中身は『ファンタジー』だった。

 注入とともに体が熱くなり、脳がドロドロに蕩けるような感覚のあと、銀子の意識はぶっとんだ。


 そして意識が戻った時、銀子は一人の女性に抱きしめられていた。

 生きているのは、銀子とその女性だけだった。

 あとは醜い肉塊がそこらじゅうに転がっているだけの空間で――

『もう大丈夫、大丈夫だから』と、優しく抱きしめてくれた女性こそ〝山吹冬子″だった。

 しかし、その心地よい温もりの中、覚醒していく銀子の意識は、体の異変を察知する。

 色白だった肌が、褐色の肌となっていた。

 艶やかな黒髪が、白銀の髪となっていた。

 銀子は変異していた、『人外』に。


   ◇◇◇


 変異は、良性と悪性に区分けされるが、これは少し間違っている。

 変異する者は、ほぼ間違いなく両方の因子をもっているからだ。

 厳密には、良性因子と悪性因子が混じり合って変異する。そして良性因子が勝れば良性変異体。悪性因子が勝れば悪性変異体となる。

 ただし例外もある――『伯爵』だ。アレは良性因子のみで変異した〝特別な良性変異体″と言われており、人外の中でも特異的な存在だ。


 銀子の場合は、かぎりなく悪性変異体にちかい良性変異体だった。

 肌が褐色化したのは悪性因子の名残りで、髪が白銀色なのは良性因子によるものだ。

 理性をなくし暴走する悪性変異体とは異なり、良性変異ゆえに、最終的に理性は保たれたが、事件後、名も姓も戸籍も――すべての経歴を抹消され、銀子はパラ研・生体研究所の生きたサンプルとされた。

 理由は伯爵と同じ『良性変異体・タイプV』――俗にいう吸血鬼タイプだったからだ。


 さらに銀子にふりかかる不幸はそれだけで終わらなかった。

 タイプVは、定期的に、理性では抑えきれない吸血衝動を起こす。

 本来ならば輸血パックの摂取でことたりる事案だったが、保存血液に含まれる『血液抗凝固剤』に対して、銀子は強烈なアレルギー反応を示した。

 要は無添加の生きた血でなければ、銀子の吸血衝動は抑えられないという欠陥体質だった。

 当初は『良性変異体・タイプV』の成長を観察することで、『伯爵』の生体を解明していく計画だったが、このアレルギー問題により頓挫する。

 そしてパラ研・生体研究所は計画を変更――実験解剖による銀子の殺処分を決定した。


 当時、冬子は怒り狂った。

『私の血を与える! あの少女は私が引き取る!』

 いち捜査員の世迷言など、到底受け入れられるはずがなかった。


 しかし冬子の発言に、東堂課長が同調したことで事態は大きく変化する。

『人員不足に陥っている機捜三課の一員として育成する。そして生体研究所には、少女の生体から戦闘まですべてのデータを定期的に提出する』

 何日にも及ぶ議論の結果、この東堂課長の案が承諾された。

 そうして『良性変異体・タイプV』となった少女は、『山吹銀子』となった。



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