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「あなたの真っすぐな気持ちはとてもうれしいわ。私達のような存在を、本気で助けてくれようとしているのが伝わってくる。でもね……」
「若いの。頭を上げなさい」
冬子は頭をあげなかった。
このままでは帰れない。まだ何も手がかりを掴めていない。ここで頭をあげてしまえば、この会談はそこで終了してしまう――その思いがそうさせた。
「――せめて手がかりとなる情報だけでも、教えていただけないでしょうか。もし生き残りがいれば、我々だけで必ず救出します」
「ごめんなさいね。それでも、あなたと私達は違うの。生きている日常が違うのよ。何も教えてあげられることはない」
「どうか御一考を。お願いします」
必死の思いをこめて食い下がる。
「すまんの。たとえ手がかりを知っていたとしても、教えるつもりはないんじゃ。――そろそろ帰ってくださるかの。久しぶりの客人で、ちと疲れてしもうた」
屋敷の土間が静まりかえった。
誰も何も語らないまま時間がすぎていく。
しばらくして、冬子は断腸の思いで頭をあげた。
「……はい。お時間をいただき、ありがとうございました」
三人の長老衆と冬子の会談が、終わった。
◇◇◇
ふたたび男三人に黒頭巾を被せられ、手首を縛られた冬子は、またワゴン車に乗せられた。
〝行き″と同じ形ではあったが、〝帰り″の扱いは若干異なった。
〝行き″のときは乱暴に腕を捕まれたり、背中を小突かれたりしたが、〝帰り″ではそういった乱暴な扱いはまったくなく、むしろ丁重に扱われた。
ワゴン車に同乗している男三人が無言なのは変わりないが、ピリピリとした緊迫感は消えている。
冬子は客人として認められていた。
だが客人と認められたことなど、冬子にはどうでもよかった。
(何も成果を得られなかった。救える命が、すぐそこにあるかもしれないというのに……)
〝悔しさ″と〝もどかしさ″でいっぱいだった。
冬子の左腕がずきずきと痛んだ。一年半前に失敗した伯爵殲滅作戦の古傷だった。
(……このまま諦めたくない)
その冬子の思いに答えるように、突然、車内に携帯電話の音が鳴り響いた。
「――はい。……承知しました。ではそのように」
運転席のほうから声がする。
その短い会話のあと、車のハンドルが大きく切られた。
(Uターンした? どこへ向かうつもりだ?)
特に敵意や殺気は感じないが、万が一に備えて、冬子は意識をきりかえた。
◇◇◇
Uターン後、すこし走ってから車が止まった。
拘束された状態で降ろされた冬子は、また指示通りに歩き、五十歩ほど進んだところで、黒頭巾を外された。
今度は、窓の少ない廃ビルの一階だった。
電気がきているらしく、頭上の蛍光灯がいくつか点いている。
フロア全体までその薄暗い光が届いていた。ぐるりと見回すと、ワゴン車に同乗していた男三人は、背後の出入り口のところに立っている。
家具など何もない。
むき出しの床・柱・天井など、いたるところがヒビ割れている、なんの変哲もない廃ビルだ。
そして廃ビルのフロアのちょうど真ん中あたりに、杖をついた小柄な老人が一人立っていた。
白い外套のフードを深く被っているため、表情はよく見えない。
その服装から、さきほど会談したばかりの長老衆の一人だと分かった。三人いた中で、ほとんど言葉を発しなかった三人目の長老衆だ。
猫背で土間に座っていたときと違い、いまはピンと背筋が伸びている。
そして外套のフードの奥から、まっすぐ冬子を見据え、しっかりとした口調で〝禅問答″のような問いかけをしてきた。
「もし今ここに化け物がいたら、倒せるか?」
「倒せる」
「一人だけでもか?」
「倒せる」
「もしまだ生きていれば、救えるか?」
「救える」
冬子は迷いなく答えた。
「……昔、ある人に同じ質問をしたことがある。その時も、まったく同じ答えがかえってきた。迷うことなく、躊躇することなく、澱みのない言葉と決意に満ちた答えだった」
「化け蜘蛛を倒したという西洋の娘のことだな」
「その通りじゃ」
「何のために、わざわざ私を呼び戻した? それもあなた一人で」
「……情報を提供したいと思っておる」
一瞬なにかの罠かと考えたが――そのつもりなら、先程の土間で仕掛けてきたはずだ。
冬子は余計な考えを捨て、とにかく答えを急かした。
「ならば早く教えてほしい。時間がないのはお互い承知しているはずだ」
「……じゃが正直まだ迷っておる。このまま教えてよいものか。もしもおまえさんが失敗すればこの集落は終わる。ワシらの命運を託すことになる」
「信じてほしい。それだけしか言えないが、パラ研ではなく、私個人を信じてほしい」
「一つだけ約束してくれんかの。必ずあの売人を殺してくれ。情報取引を理由に生かすようなことはしないでくれ。そうでなければワシらは滅ぶ」
「必ず殺す。約束しよう」
そこでようやく緊張が解けたのか、老人は大きく息を吐いた。
そして迷いを打ち消し、冬子に情報を与えてくれた。
「昨日の深夜。RTCという少年チームがファンタジーの売人を襲撃した。チームのリーダーは雪人。メンバーは十五名。襲撃は失敗に終わり、あの子らは逆襲を受けた。数名は逃げ出し、集落の南側へ向かった。わしらの集落には『平穏は北に、抗争は南に』という暗黙のルールがある。集落のチーム同士が抗争をはじめた際などは、無人の南側に向かう。じゃからあの子ら以外に、いま南側におる者はおらんじゃろう。ここまではよいかの?」
「ああ、問題ない」
「南側からは何度も銃声が聞こえてきていた。しかし今日の夕方、ちょうど雨が激しくなったあたりで、その銃声も途絶えてしまった。もうすべて死んでしまった可能性が高い……が、わずかながら生きている可能性もある。売人がまだワシら長老衆に接触してきておらん。もしもあの子らをすべて殺したのであれば、今回の件で何らかのペナルティを課すために、すぐにワシらに接触してくるはずじゃ。それがまだない」
「あなたはどう思っている?」
「……まだ生きていてほしいと思っておる。雪人は、ワシが拾ったんじゃ。雪の降る夜に捨てられておった赤子じゃ。我慢強く、とても賢い子でな。少々ひねくれておるが、根はとてもやさしい子なんじゃ。ワシの誕生日になると、勝手にやってきて、ワシの肩やら足やら揉んでくれての。『爺、長生きしろよ』なんぞ生意気なことを言いよる。血縁のいないワシにとって孫のようなものじゃ。だから、もしもまだ生きておったら、どうか……どうか助けてやってくれんか」
「必ず助けだそう」
「本当に迷いがない。あの方を思い出す。姿は違えど、おまえさんはよく似ておる」
「西洋の娘のことか?」
「ああ。おまえさんに会う前は、雪人の件は、何も教えないつもりじゃった。……そのまま見殺しにするつもりじゃった。だがおまえさんを見て気が変わった。ワシは、ワシの目を信じる」
「もしも助けだせたとき、何か伝えることはあるか?」
「『たとえ何があろうとまっすぐ生きろ』と、伝えてくれんか。ルールを破ったあの子は、もうこの集落には戻れない。だから、ただそれだけを伝えてほしい。それから……これを渡してもらえんか」
「――この短剣は?」
「あの方の形見じゃ。化け蜘蛛を倒した短剣――『命よりも大切なもの』と、あの方は言っておった。もしも雪人が死んでおった場合は、おまえさんがもらってくれ。戦うことを諦めたスラムの老人がもっておっても、仕方のないものじゃから……」
「預かろう」
「ありがとう」