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 冬子が長老衆と会談するにあたって、店主から、いくつかの条件をつきつけられた。

 ――長老衆と会えるのは冬子一人。

 ――近藤はラーメン屋に残していく。

 ――長老衆のいる場所に着くまで冬子は拘束される。

 身の安全など保障されない一方的な条件だったが、冬子はそれらに同意した。


 同意後、店主は再びどこかへ電話をした。

 するとラーメン屋の店前に、黒塗りのワゴン車がとまり、ガタイの良い男が三人降りてきた。

 男達は何一つ語らず、冬子に黒頭巾を被せた。さらに手首も縛る。


「冬子さん!」

 近藤が、不安と焦りを含んだ叫び声をあげた。

「大丈夫だ。近藤。もしも二時間経っても私が戻ってこなかったら、緊急回線で東堂課長に報告をしろ」

「……はい、分かりました」

 冬子は近藤にそれだけ告げると、男達に連れられて、ワゴン車の後部座席へ乗せられた。

 三人がけの座席の真ん中に座らされ、その両脇には男が二人座った。

 そして残りの男一人が運転席に座り、すぐにワゴン車が動き出す。

 ラーメン屋の店主は残ったようだ。

 結局、三人の男達は一言も発しなかった。

(――よく訓練されている)

 冬子はそう思ったが、特に脅威は感じなかった。

 この程度の男三人なら余裕で勝てるという自信があった。


   ◇◇◇


 しばらくして、冬子を乗せたワゴン車がとまった。

 両脇に座っていた男達が、冬子の腕を掴み、車から強引に降ろす。

 まだ黒頭巾は被せられたままだ。

 そして背中を小突かれ、真っ直ぐ歩くよう促された。

 冬子は地面を確かめるように、一歩ずつ確実に進んだ。

『一、二、三、四……』

 逃げ出す必要がでてきた場合にそなえて歩数も数える。距離感を掴むためだ。

 そうして百歩ほど歩いたところで――


「止まれ。そのまま動くな」

 背後から声をかけられた。

 男の声だ。おそらく冬子を拘束した三人の中の一人だろう。


 冬子は歩みをとめて静かにまった。

 少しして、ふわっとした感触が頭を撫でた。

 被せられていた黒頭巾が取り払われたのだ。

 冬子の視界に〝ぼんやりとした光″がはいってくる。暗闇に慣れた目を細め、あたりの様子をうかがった。


 どうやら大きな屋敷の土間どまにいるようだ。

 土間はとても広く、その中心に囲炉裏がある。

〝ぼんやりとした光″はその囲炉裏の火だった。そこには鉄瓶がかけられており、湯気があがっている。

 そして、その鉄瓶で暖をとるような形で、三人の老人がぐるりと囲炉裏を囲っていた。

 老人達以外に人の姿は見えない。

 左右・背後と見渡してみたが、土間が広すぎるせいで、囲炉裏の火だけでは隅々まで照らせておらず、囲炉裏の周囲以外は暗闇に包まれていた。


 ただし暗闇の中に、人の気配は感じた。

 どうも土間の壁際あたりに、かなりの人数が配置されているようだ。

 おそらくは正面にいる三人の老人が〝長老衆〟で、暗闇に隠れているのは警護の者達だろう。

 もしも冬子が長老衆を襲おうとすれば、暗闇に隠れていた者達が姿を現し、冬子を排除するはずだ。

 そんなつもりは一切ない冬子は、ひとまず目の前の老人達に声をかけた。


「この集落の長老衆だな」

「ごめんなさいね。こんな呼び方をして」

「手荒なマネをして、すまんの」

 冬子の呼びかけに、老婆と老爺の二人が答えた。残り一人は黙ったままだ。

 気にせずそのまま会話をつづける。


「そちらの領域に踏み込んだのは私だ。気にしないでほしい。それよりも時間がない。手短に頼む」

「ふむ。用件はRTCのことじゃったかの。あれのリーダーは誰じゃったか?」

「雪人よ。とても賢い子だった。あの子には期待していたのだけれど……まだ若すぎたのかしら、残念だったわ」

 すでに死んだものとして扱おうとする態度に、冬子は怒りをおぼえた。

 思わず語尾が強くなる。

「まだ生きている可能性がある!」

「じゃが死んでいるかもしれん」

「見捨てるのか?」

「ワシらはスラムの子らを、決して見捨てなどせんよ」

「ならば何故動かない」

「あの子はね。ここのルールを破ったの。だからもう、この集落の子ではないのよ」

「じゃからワシらにはもう関係のないことなんじゃ」

 長老衆の二人は、まるで他人事のように語った。

 冬子は怒りを抑えこみ、粘り強く語りかける。

「関東多摩スラムはクスリを許さない。それがルールのはずだ。そしてRTCはそのルールを守り、クスリ屋を襲撃して逆襲された。そうではないのか?」

「……クスリは、許さぬよ」

「そうだ。ここのスラムはクスリを許さない。では何故だ? 何故あのクスリ屋を放置していた? RTCを助けない?」

「…………」

「何故そこで沈黙する。答えろ!」

 もはや怒りを抑えきれなかった。

 長老衆はすべてを知った上で、少年達を見捨てたのだ。


   ◇◇◇


「……あなたたちには分からないでしょうね。私達には私達の生きる術があるのよ」

「そんなことを聞いているわけではない!」


 ――と、そこで。

 それまで沈黙していた長老衆の三人目が口を開いた。

「わしらはクスリを許さぬ。……じゃがな。アレは別じゃ。アレには関わらんと決めておるのじゃ」

 三人目の言葉に、冬子は驚いた。

「――ファンタジーを、知っているのか?」

「……ああ、よう知っとるよ。アレは化物を生む」

「何があった?」

「なに昔の話よ。おまえさんがまだ産まれてもいない頃の話じゃ。まだ研究所がこの日本にない頃のな……」

 三人目は悲しそうに語り、ふたたび沈黙した。


 そして、また二人の長老衆だけが話しはじめた。

「何十年も昔にね。あなたたちのような研究所が存在していない頃、この集落でファンタジーが流行ったことがあったのよ。……そして、たくさん死んだわ。本当にたくさん死んだ……」

「その時はどうした? 戦ったのではないのか? だからいまでも、この集落が残っているのだろう」

「確かに、戦いはあった」

「私達以外のね」

「どういうことだ?」

「さての。詳しいことはワシらもよう知らん。知っておることといえば、大きな化け蜘蛛があらわれ、巣をつくり、集落の住民を食い散らかしたことじゃ。それと――」

「それとね。ある時、一人の若い女性がやってきたのよ。日本人ではなかったわ。まるでお人形のような、とても綺麗な女性だった。年頃は……そうね、ちょうどあなたと同じぐらいだったかしら」

「その西洋の娘が倒してくれたんじゃ、化け蜘蛛を」

「……そして、彼女も死んだわ」


 その死をいつくしむように、三人目が、ふたたび重い口を開いた。

「――彼女の最期を看取ったのはワシじゃ。毎日看病したが助からんかった。深い傷と、猛毒に犯されておった。最期まで気高く綺麗な人じゃったよ」

「ほお。看取ったのはおまえさんじゃったか。そりゃ初耳じゃ」

「まあ。もしかして初恋の人? 詳しく聞かせてほしいわ」


 緊張感のない会話に、冬子はイラだった。

 今は時間がない。人命がかかっている。

「悪いが、爺さん婆さんの思い出話に付き合うつもりはない。後で好きなだけ話してくれ。それよりも、いまはRTCのことだ。ここの集落は、その化け蜘蛛がいまだに怖くて、売人の存在を許していたのか? スラムの信念をまげたのか? RTCよりも売人のほうが大事だと?」

「言葉がすぎるぞ!」

 馬鹿にしたような冬子の物言いに、土間の暗闇から怒声があがった。長老衆の警護の者の声だ。

 それを長老衆の一人が黙らせる。

「よい。黙っておれ」


「私達の代では、もうどうすることもできなかったのよ。ファンタジーの売人はこの集落に深く入りこんでいたの」

「……いつからかは知らん。長老衆の立場を、先代から引き継いだときには、すでに密約があったんじゃ」

「密約? 教団とか?」

「教団など知らぬ。何度か代替わりをしているが、ワシらの相手は売人だけじゃ。そして昔も今も、売人の要求は一つじゃ。――『この集落の片隅でファンタジーを売買させろ。見逃せ。見逃せば、スラムにファンタジーは流さない。スラムの住民も殺さない』ただそれだけじゃ」

「そんな約束が、いつまでも守られると思っているのか?」

「……仕方がないんじゃよ。ワシらにはどうすることもできん」

「どうして戦おうとしない? いまなら私たちパラ研もいる」

「戦ってどうなるというのじゃ! 戦ってもスラムの日常は何も変わらぬ! ここは関西や九州のスラムとは違い、平穏を望んでおるんじゃ!」

「もしもの話よ。もしもあなたたち研究所と協力して、あの売人と戦ったとして、その後はどうするの? この集落はきっと恨みを買うわ。売人の組織は許さないでしょう。その時、あなたたちはこの集落を守ってくれるの? 永遠に、ずっと?」

「それは……」

「無理なはずじゃ。おまえたち中央はいつもそうじゃ。おまえたちには永遠に分からぬよ。スラムのことは……。泥水をすすり、寒さにうち震え、飢え、怯え、簡単に幼子が捨てられていくスラムのことなどわかりゃせん」

「もし私達が戦うときがくるとするならば、それはこの国と戦うときよ。あなたが言っているのはそういうことでもあるのよ? 生活を守るために戦えというのは、私達にとっては、そういうことなの」

「じゃが、そんなことをしても意味がない。勝てぬ敵と戦って何になる」

「だから私達は、弱きままでいるの。目立たぬようにひっそりと、潜むように暮らし。見逃されて生きていくの。それが私達の生きる術。もしも武器をとって強大な敵に立ち向かえというのなら、いずれ私達はこの国とも戦わなくてはいけなくなる。そんなことは、誰も望まないでしょ?」


 義憤にかられて長老衆を責めたことを、冬子は恥じた。

 長老衆とて、RTCの少年達を見捨てたくて見捨てたわけではないのだ。

『千を守るために、一を切る』

 長としての決断だ。

 部外者の冬子にそれを責める権利はない。

「……あなたがた長老衆が、大局を見据えているのは分かりました。個人のためではなく、この集落を守るための決断をしていることも。そしてあなたがたに〝戦え〟と促すのは、私の失言でした。申し訳ありません」

 冬子は深く頭を下げた。

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